わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
小話 清川桜を観察している_2
面談場所に入ってきて、開口一番に彼女は「あーー……部長さん……人事部長さんだったんですね。さっきはすみませんでした」と言っていた。落ちたな、と思い込んでいる顔だった。
通り一遍の志望動機を聞く。内容はなかなかに鋭かったが、話し方が柔らかく聞きやすい。可愛い……と思考が脱線しそうになるのを何とか軌道修正しながら面談を終えた。
その日の全面談を終えて、採用担当・林からの補足説明を聞きながら、定型の面談シートにメモしていた意見をまとめた。
待合室での様子など、学生に一番身近な採用担当でなければわからない、素に近い部分を教えてもらいながら、最終面接にあげるかどうかを判断する。
「清川さんは……待合に遅刻してます」
「それは理由を聞いたか?」
「いえ、何も言いませんでした」
私が無言だったから、林は自分がミスしたと思ったのだろう。「すみません!次からは理由を聞くようにします」と恐縮していた。それに対して私は特に何も言わず、質問した。
「林くんは、彼女をどうみる?」
「天才肌にありがちな、ちょっと不思議ちゃん系ですね。部長に似てる気が……あーいえ……なんでもないです。常に答えを求めようとしてるのは、彼女の長所でも短所でもあるかと。素直だと思いますよ。一緒に仕事をしたら面白そうです」
「……そうか」
「ただ、ちょっと疲れてるかな、と気になる所です。第一志望ははっきり聞いてませんが、おそらく三菱商事か三井物産。あそこは今週から最終面接も始まっていますが、彼女はまだ呼ばれてないようなので、おそらく難航してるでしょう」
会社側は、当然、採りたい人材から順に最終面接するから、まだ呼ばれてないということは残念ながら下位グループなのだろう。
「疲れている?」
「資料にもある通り、清川さんは入学金・学費ともに全額免除されています。親から仕送りもなく、借りた奨学金とアルバイトで暮らしているようです。就活も終盤戦で、だいぶ疲れてるかなと感じます」
「燃え尽き症候群か?」
「そう見えますね」
通しても、役員面談には来ないかもしれない。そう思った。
だから、翌週の役員面談に彼女が来ると聞いて、私は面談スケジュールを見て、役員面談の控え室へ行った。
ひとつに纏めた髪は、乱れることなく整っている。可愛い。思わず手をのばして髪に触ってしまった。
……触ってしまった。
人前で撫でるわけにはいかないから、叩いておこう。
ぽんぽん叩くところを採用担当の林に凝視されていた。勘がいいから何か気づいたかもしれない。何か聞かれる前に私は逃げた。
経営戦略会議があるが、専務が来ておらず開始が遅れていた。もう始めればいいのに、専務派の副社長が頑として「専務を待ちましょう」と言うので始まらない。時間が無駄に過ぎる。
私は無言で離席した。
会議室に細波のように動揺が広がる。私が気分を害した、そう思ったのだろう。
部屋の隅に控えている秘書連中も慌てていた。杉岡がまず社長の所へ走るのが見えた。謝罪し、私の跡を追うのだろう。このタイミングなら撒ける、そう思った。
役員面談の控え室にいくと、ちょうど清川桜の面談が終わった所のようだった。
「また会えるのを楽しみにしている」
私がそう言うと、彼女は笑った。私を見上げて、うれしそうに笑っていた。その瞬間、彼女の存在は私の中で、特別な何かに変化した。
「橘部長!急にどっか行かないでください!」
案外早くに見つかってしまった。
もう少し会話したかったのだが。
会議室に連れ戻される。専務はまだ来ていなかったが、私が席に戻ったので、会議が始まった。
……新卒採用の役員面談の結果にまでは、さすがに口は出せない。
もちろん、人事部長という立場を使えば多少は可能だが、清川桜の採用に関しては私はどちらでもよかった。
うちに来るにしても、他に行くにしても、もう情報は手に入れているのだから。彼女がどこに行こうが追いかけるつもりだった。
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