わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

24. 橘部長と再び約束する_2



 本格的な京料理のお店で、旬の京野菜がたくさん出てきたので、とてもうれしかった。
 私が笑いながら「この葉とうがらしの炒め煮も美味しいですね~」と言うと、無表情の橘部長から「桜は好き嫌いがないのか?」と聞かれた。

「無いですね! 何でも食べます!」
「そうか。それはよかった……」

「どうしたんですか?」
「一昨日も今日も、私が行きたい店に連れて行ってばかりだから、君の好みに合っているか気になっていた」

「お気遣い、ありがとうございます。橘部長は優しいですね」

 私がそう言うと橘部長の箸がピタリと止まった。そのまましばらく動かなかった。

「どうしました? 金縛りですか? 何かにとり憑かれました?」
「……冷たいと言われることは何度もあった。優しいと言われたのは初めてだ」
「あれ、そうですか。みんな見る目無いですね!」

 アハハと笑っても、橘部長は無表情だった。そして、言った。

「桜、私と結婚して欲しい」

 びっくりした私は、あやうく鱧しゃぶの鍋をひっくり返す所だった。

「急になんですか。来週には婚姻届も出しますよ」
「私なりに考えた。でもどうしても君に対する感情が説明出来ない。君の全てを知りたい。君を誰にも見せたくない。だから結婚して欲しい」

「ストーカーの変態ですね。あ! そうだ! 合鍵返してください!」
「勝手には入らないから持っていてもいいか?」
「住居侵入しないとか当たり前です。その当たり前が守れるならいいですよ」

 もう返してくれないだろうから、約束だけは守ってもらおうと思う。それから橘部長からの「相談」が始まった。


「生計を一に……の話ですね?」
「そうだ。これから卒論準備も本格化するのに、こんな過密なスケジュールで働いていたら、体を壊すぞ。なるべく論文の準備に時間を使いたいだろう?」

 それは確かにそうなのだ。私の研究内容を考えると、附論部分も多いので、整えるのに時間がかかる。時間は欲しい。とても。
 私は大学院に行きたかったけれど、それは諦めた。だから、この卒業論文は精一杯の力で作り上げたかった。誰にも言ってなかったけれど、本当に心血を注いで書いている論文だった。

「全て辞めろとは言わない。君が自由にすればいい。だが、減らして欲しい」

 ここまで甘えていいんだろうかと思う。でも、とてもありがたい申し出であることは否めない。しばらく黙っていると橘部長が言った。

「君の奨学金も、ご両親が使っているんだろう?」

 借りた奨学金を、使うのは親で、返すのは私。一文無しどころか、借金を抱えた妻なんて、夫になる橘部長からしたら迷惑でしかないだろう。咎められた気がして身がすくんだ。

「ごめんなさい」
「謝るな。承知している。だから、家賃や生活費を私が負担したい」
「……すみません」
「それに、私も週末しか時間がとれないことがほとんどだから……」

 そこで橘部長が言葉を切ったから、俯いていた私は顔を上げた。
 ちょうど、コース最後のフルーツが運ばれてきた。給仕の方がさがると、また部屋の中がしんとした。

 ああ、言葉に詰まったのは、照れてるからなんだ、この人。

 昨日のように、一日中、私が働いていて会えないのがいやなんだ。

「お言葉に甘えます。先生からも先輩からも、そろそろアルバイトを減らしたらどうかって言われていたんです。だから、とても助かります」

 私が笑うと、橘部長が笑った。
 それはそれは綺麗に笑ってくれた。
 私は心の中で、ここが家なら押し倒すのに!と思ってその笑顔を見つめていた……。



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