わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
22. 橘部長は眠らない_2
橘部長に連れて行ってもらったのは、私でも聞いたことのある有名店だった。ここは予約が取れないことでも知られているのに。前々から準備してたのかな。
自然の恵みいっぱいのお料理は見た目も美しいし、何よりとても美味しかった。あまり強くないのに、お酒もたくさん飲んでしまった。大将とのお話も楽しくて、お店にいる間ずっと笑っていた気がする。橘部長は相変わらず無表情だったけど、空気が柔らかいから楽しいんだろう。それが素なんだろうから放っておいた。
胃が慣れていないのか、コースの最後は食べきれなくて「橘部長にあげます……うう、悔しい、全部食べたかった」と半泣きで譲った。
橘部長は細いのに綺麗に全部食べていたから、素直に感謝して尊敬した。お残しはしたくない。
迎えの車が来てくれて、さすがにこの時間ならいいだろうと家まで送ってもらうことにした。
「ありがとうございました。白いご飯がとっても美味しかったです」
「ああ」
「橘部長は帰るんですよね? ご実家ってどちらですか? もしかして下鴨?」
「そうだ」
え、マジで。適当に言ったんだけど。
「君のご両親に挨拶した翌日は、私の実家にも来て欲しい」
「もしかしてお母様がいらっしゃる?」
「そうだ。父はほとんど東京で過ごしているから、実家には母がひとりで暮らしている」
「そうなんですね。じゃあ、今日もきっと帰りを待ってらっしゃるでしょうね」
お泊り出来るのかなーと思っていたから、ちょっと寂しかった。私の狭いワンルームに泊まるのも無理だし、当たり前か。私が俯いていると橘部長が言った。
「川下、すまないが、しばらく後ろは気にしないでもらえるか?」
「かしこまりました」
壮年の運転手さんは慣れた様子で、運転席と後部座席の間にある仕切りを一部スモークにする。ナニコレ凄い!とびっくりしていたら、橘部長が私の腕を引いてキスしてきた。狭い車内で。そこに運転手さんもいるのに。
勿論、運転中だから前を向いているけれど。
「ん……」
舌を絡めてると、蕩けるように身体に力が入らなくなる。服の上から胸に触れられて腰が揺れる。それを橘部長の腕が抱き留めた。酸素が足りなくて頭がふらふらしてくる。今出川通りを真っすぐ進むから、ほんの10分程度で着く。もう家に着く。身体を離したくない。
「宮燈さん、帰っちゃやだ」
私の一言が引き金になって、そのあとは止まらなかった。運転手さんにはひたすら謝って、少しだけ待っていてもらう。部屋に入って二人で服を脱ぎ捨てて、乱暴な即席のセックスをした。きっと明日になったら恥ずかしいと思うだろう。でも気持ちよかった。求めてくる橘部長が可愛いから、全部受け止めて、私は意識を手放した。
喉が渇いて夜中に目が覚めて、服を着ていたからびっくりした。部屋中探したけど勿論、橘部長は居なかった。「帰っちゃったんだ」と呟いた言葉が、独りの部屋に響くから、寂しくて泣いてしまった。独りが寂しいなんて思ったのは初めてだった。
しばらく泣いて、あれ、そういえば鍵どうしたんだろうと気が付いた。玄関のドアを見ると、ちゃんと施錠してある。
私のは?と思ってバッグを探ると、自分の鍵はそこにあった。
「あ、合鍵を勝手に作らないでよーー!!!」
私が寝てる間に何してるかわからない。
次からは絶対、先に寝ないようにしようと心に誓った。
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