わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

09. 橘部長と約束する_1


 ベッドに横たわっていた私は、体を起こして橘部長にキスをした。軽く口づけて顔を離すと、無表情のまま橘部長が言った。

「何をしている?」
「もう一度しようかと」

 私が笑って答えると、橘部長は私の腕を引いて体勢を逆にした。ベッドに押し倒されて深くキスされた。

 さっきの、唇に触れるだけのキスとは違う。
 唇全部押し付けてくるから、食べられてる?とびっくりしている間に舌が侵入してきた。
 どうしていいかわからずに、なされるがままになっていた。他人の舌がまとわりついてくるのに、嫌じゃなかった。絶妙な絡め方だからなのか、相手が橘部長だからなのか、何だかいい香りがしたからなのか、経験不足の私には分からない。
触れられてるのは唇なのに、体全部蕩けるみたいに気持ちいい。
 舌先をちゅっと吸われて身体がびくんと跳ねた。

「……ぁ……ぶちょ……? 何で? ……あっ!」

 受動的だったさっきまでとは全然違う。

「可愛い……」

 いま、何て言った?
 橘部長は無表情のまま、私を見下ろしていた。

「何か、橘部長さっきと違いません……?」

 私が笑うと、少しだけ目を細めて橘部長が言った。

「さっきは、処女である君がどう行動するのか興味があった」

「ええ? そんな理由?? 酷くないですか? めちゃくちゃ戸惑いましたけど。私は初めてだったんだから、経験者の方がリードしません?」

 私がそう言うと、橘部長の表情が一瞬変わった気がした。どうしてかわからないけど、橘部長に抱き締められると思考出来なくなる。体も意識もベッドに深く沈んでいく……。





 翌朝、目覚めると、横で橘部長が呆然と私を見ていた。お互い全裸で、ちょっと恥ずかしい。そして、さすがの橘部長も、やや表情が曇っている。
 私が「おはようございます」と声を掛けると、橘部長が呟いた。

「……なんて事だ……人事部長なのに内々定者の学生と寝てしまった……」
 
 熱に浮かされたような昨夜と違って、朝日を浴びて正気に戻ったかのような橘部長の顔を見て、私は笑いがとまらなかった。

「うわあ!よく考えたらヤバイですね!バレたら絶対、双葉のSNS炎上しますね!アハハハハ!」
「まぁ、君も内々定取消だろうな」

 え、私も巻き込まれるの?笑ってる場合じゃない。

「それは困ります!うちは貧乏だし、就職はしないと!どどどどうしましょう?私、誰にも絶対口外しませんから!」

 双葉にいこうと決めたから、解禁日以降の、他社の会社説明会の予約はしていない。今からだと、どのセミナーも満席だろう。困る。

「どこから情報が漏れるかなんてわからない。ただ、安全な解決方法がひとつある」
「何ですか?」

 解決方法があるなら知りたい!乗っかる!

「私と結婚してくれないか。妻なら、セックスしていてもおかしくないだろう?」
「確かに!わかりました。結婚しましょう」

 私は就職先と同時に、永久就職先も決まってしまった。
    

 誓いのキスではなく、お互い握手をして「他の学生には絶対バレないようにします」と約束した。

 お互いの両親に挨拶を済ませたら婚姻届を出す。内定者研修等に参加する場合、私は旧姓のままでいる事等を話した。双葉では結婚などで姓が変わっても、変更しない人が多いそう。勿論、変更しても構わないらしいので、私は入社のタイミングで姓を変える事になった。

「私は旧姓でも構いませんよ?どっちでもいいです」

 私がそう言うと、橘部長がため息をついた。

「……面倒だが、容姿のせいか女に言い寄られる事が多い。いちいち『清川桜』と結婚していると説明したくない」

「急にモテアピールしないでください。何かムカつきます。仕方ないですね、姓は変えます。ただ……『橘桜』って字面のパワー凄くないですか?」

 私が笑っていると、「橘桜」と呟いた橘部長が無表情のまま言った。

「桜」

 急に名前で呼ばれてびっくりした。いや、そもそも名前を呼ばれたのが初めてかもしれない。ようやく認識したんだろうか。

「桜」

 もう一度、そう呼ばれたので返事をしようとしたら口を塞がれた。明るいから恥ずかしい。
そのまま私は、朝から橘部長に抱かれてしまった。セックス中の橘部長は少しだけいつもと表情が違うから、人間って面白いなと観察していた。



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