わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
08. 橘部長には愛が足りない_3
男女の機微なんか私には全然わからない。
好きにしなさいと言われた私は、過去の知識を総動員していた。かつて読んだ小説、漫画、観た映画……。
橘部長は相変わらず無表情で何を考えてるのか全然分からなかった。ただ、何となく「嫌がられてはいない」という事はわかった。
恐る恐る近づいて、肩に手を置く。
顔が近い。美形が近い。
睫毛長っ! 絶対私より長い。
肌もめっちゃ綺麗。本当に同じ人間?
でも、側に居ると何故か安心する。
私は、目の前の橘部長の綺麗な顔だけ見つめていた。少しだけ口を開けていたら、キスされてびっくりした。
キスした。橘部長が私にキスをした。
無表情だったけど、眼の奥に性愛がある気がする。
橘部長の愛。
私はこの人が好きだ。この人がいなかったら、きっと就活やめていた。突っ走って、疲れて、やめて、多分立ち直れなくて、不本意な企業へ行ってただろう。
私は橘部長が大好きだ。
そう思ったらもうとまらなかった。
なんでこうなったのか、お互いよくわかってないけど、橘部長と男女の関係になった私は、ベッドの中で愛についての私的見解を伝えた。
「古代インドにおいて愛は、広義の欲です。何かを特別に想う事です。だから、のちに興る仏教は解脱を目的にしているから、欲である愛は苦しみなんです」
「そうか。私は君に執着してるようだ。これも愛か?」
そして私は、橘部長の口からおっそろしいことを聞かされた。
普段は、面談した学生を上にあげるかどうかは、自分自身の判断と、ひとつ前の面談内容に加えて、学生に一番身近な採用担当からの補足説明で決めるらしい。
ただ、私に関しては、面談のあと、読み飛ばしていた私に関する全資料を読んだそう。リクルーターとOBOG訪問も含めた全面談の受け答えのメモ、ペーパーで出した履歴書・エントリーシートは勿論、添付資料のWebエントリーシートも読み、さらには学科で公開している私のゼミ発表やコメント等も閲覧し、コネクションを使って私の大学の成績を調べ、学費免除の申請書に添付した私の研究資料の写しも手に入れて、ついでにSNSを検索しまくった……と。
連絡先も住所もバレてるしプチストーカーじゃねぇか、と思ったが口には出さなかった。
「それは……愛ですね」
私がそう笑うと、橘部長の視線が柔らかくなって、口の両端があがる。
その時、私は、橘部長が笑うのを初めて見た。
なんて綺麗なんだろう。
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