わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

05. 橘部長を観察したい_2


 役員面談の待合いに、人事部トップである橘部長が現れたが、予定外だったのか、採用担当の林さんが驚いて恐縮している。
 今日は隙のないように、きっちり髪を纏めてお団子ヘアにしてる私を見て橘部長が言った。

「賢いな」
「……学習くらいします。バカにしてます?」
「いや、可愛いよ」

 無表情でぽんぽん頭を叩かれた。それを林さんが凝視していて、橘部長が立ち去ったあと「か、可愛い……? ……き、清川さんは橘部長の親戚か何か? そんな情報入ってなかったんだけど……」と聞かれた。

「いえ。この前の面談の日に会ったのが初めてです。あの部長さん、全然笑わないですね。せっかく綺麗な顔してるのに」

 私がそう言うと、林さんが橘部長について教えてくれた。もう人事部長の面談は終わっているし、話しても構わないと思ったんだろう。

 人事部長・橘宮燈みやび、京都出身かつ京都大学卒。大手銀行メガバンクからの中途採用ひきぬき

 誰が呼び始めたのか、一部の女子社員からの呼名は「橘の宮」。取締役常務も兼任しているエリートだから、社内外にファンが多数いる。でも、美女だろうが何だろうが、誰も笑顔を向けてもらったことがないそう。
笑わない氷の美貌の持主、らしい。

 ふーん、変な人~それでよく仕事出来るなぁ、笑わなくても人とコミュニケーションって出来るんだなぁと思いながら林さんの話を聞いていた。


 順番が来て呼ばれ、役員面談が始まった。あくまで面接ではなく面談。区切られた面談場所に座ってると、1人ずつ役員がくる。1対1で面談し、それを5回やって総合評価される。
5人の役員相手に、1人で立ち向かうのはさすがに疲れる。でも、橘部長にはさっき会えたし、もうこれでいいかなぁ~と思っていた私は、比較的リラックスして面談を受けた。


「終わったか。お疲れ様」

 面談が終わって外に出たら、また待合いに橘部長がいた。なんでいるんだろう。うれしいけど。
 あれ? 私、会えて凄くうれしい。

「見守ってくださって、ありがとうございました」
「また会えるのを楽しみにしている」

 能面のような顔で言われてもなぁ、と思いつつもうれしかったから、私は笑って橘部長を見上げた。相変わらずの無表情で見下ろされていると「急にどっか行かないでください!」と慌ててる杉岡さんが橘部長を連れていってしまった。

「橘部長、全然楽しみって顔じゃなかったですよねーあはは」

 私が採用担当の林さんに笑いながら話すと、林さんが呟くように小さな声で言った。

「部長が楽しみとかいう単語を口にするの初めて聞いたかもしれない……」
「えー私ってば期待の人材? 内々定ですか? やったぁ!」

 私がそう軽口を叩くと、林さんが「清川さんって本当に物怖じしないよね。それに、それ素でしょ? 立場上色んな学生を見てきたけど、虚勢はってる学生はすぐわかるから」と言って笑っていた。



 結果的に、私は第一志望の商社に落ちた。その商社での私のリクルーターが、廊下で「あんなちびっこい女にうちの仕事務まんねーよ」と言っていたのを聞いてしまった。身長とか性別は関係ないだろ。勿論、落ちた原因はそれだけじゃないだろうけど、悔しくて、あいつらいつか仕事で見返してやりたいと思った。

 そして、私は双葉から内々定を貰うことに決めた。
 経団連の定めた採用選考解禁日に、各企業は入社試験や採用面接を始める。だが、大手企業総合職においては、ほとんどの場合、この日までに選考が終わっており、解禁日が内々定通達の日となる。

 最終面接をクリアした会社は数社あった。その中で双葉を選んだのは、社風がよさそうだったこともあるけれど、私とっての一番の理由は「橘部長がいるから」だった。

 なぜか観察したくなる。同じ会社で橘部長を観察したい。
 自分でもよくわからないけれど、それなら東京の生活も頑張れそうな気がしていた。



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