家庭訪問は恋のはじまり【完】

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第96話 瀬崎幸人編 虐待

自分が悪い訳じゃないのに、また申し訳なさそうに話す夕凪先生。

そんな夕凪先生を笑わせたくて、俺は軽口をたたく。

くすくす笑う夕凪先生は、とても愛らしい。

年の頃は妻とほとんど変わらないのに、怒ってばかりの妻とは全然違う。

いや、あいつをあんな風にしたのは、俺か。

俺とじゃなければ、あいつもこんな風に笑えるのかもしれない。


俺は、診断書を預けて、学校を後にする。

帰宅後、俺はお風呂上がりの嘉人を呼ぶ。

夕凪先生の言う通り、左のこめかみにあざがあった。

「嘉人、これ、どうした?」

嘉人は即座に母親の顔色を伺う。

俺は、妻を呼んだ。

「嘉人のこれ、どうした?」

「さぁ?  どこかにぶつけたんじゃない?」

妻は目を逸らして答える。

「嘉人、本当の事を言え。
 このあざ、どうした?」

嘉人は、やっぱり母親を見て、口ごもる。

言えないほど、母親が怖いのか。

「分かった。
 嘉人、『はい』か『いいえ』で答えろ」

嘉人は頷く。

「このあざは、転んでできたのか?」

「ううん」

「じゃあ、このあざは、ぶつけてできたのか?」

「ううん」

「じゃあ、このあざは、けんかしてできたのか?」

「ううん」

「じゃあ、このあざは、叱られてできたのか?」

「うん」

嘉人は、『叩かれた』ではなく、『叱られた』という表現なら素直に認めた。

「そうか。
 どんな悪い事したんだ?」

「おもちゃを片付けなかったの」

母親の話を避けたら、ようやく嘉人は話し始めた。

「そうか。それはダメだな。
 遊んだら、片付けるって、前に約束したもんな」

「うん」

「じゃあ、誰に叱られたんだ?」

途端に嘉人はおし黙る。

上目遣いに母親の顔色を伺う。

俺は、質問を変えた。

「片付けなかったおもちゃって、どれ?」

「あれ」

嘉人は、棚に並んだミニカーを指差す。

スポーツカー好きの嘉人は、一度にたくさんのミニカーを走らせたがる。

きっと昨日も床一面にミニカーを並べたんだろう。

「そうか。
 じゃあ、昨日は誰とミニカーで遊んだ?」

嘉人は、なんでそんな事を聞くのか分からないというように、首を傾げて、

「1人だよ」

と答える。

「昨日は、誰も遊びに来なかったのか?」

「うん」

「おじいちゃんやおばあちゃんも?」

「うん」

これでもう言い逃れはできないだろう。

俺は、母親の方を向く。

「昨日、嘉人を叱ったのは、君だろ」

妻は、キッと顔を上げて俺を睨んだ。

「そうよ。嘉人が何度言っても片付けないから、注意したの」

俺は、一旦、話を切った。

「嘉人、もう遅いから、寝ておいで。
 今日は、パパとママで少し話があるから、一人でベッドに行けるな?」

嘉人は、頷いて、「おやすみなさい」と2階へ上がっていった。


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