家庭訪問は恋のはじまり【完】

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第90話 木村武編 失恋

はぁ……
これが限界だな。

これ以上しつこくして、田中が不登校にでもなったら、神山の成績に関わる。

悪いのは、他の実習生なのに、神山の点が下がるのは、俺も納得がいかない。

俺は、田中を呼んだ。

「田中、ノート提出、忘れてないか?
 今、持ってきたら見てやるから、すぐに取ってこい」

田中は、助かったとばかりに、教室に飛び込んで、ノートを取ってきた。

相変わらず、俺とも目を合わせず、ノートだけを差し出す。

「お前はやればできるんだから、こんな提出物の遅れで、成績を下げるな。
 どっちを見ててもいいから、人の話はちゃんと聞けよ」

田中は、顔を背けたまま頷いて、逃げるように教室へ戻っていく。

それを見届けて、俺は他の生徒には聞こえないように配慮して、神山に声を掛けた。

「君の言ってる事は、間違ってはいない。
 でも、それができない奴もいるんだ。
 あいつは、小学生の頃から、君が言ったのと同じような事を、何度も言われてきた。
 本人も、そうしなければいけない事は、嫌という程、分かってる。
 でも、できない。
 それが、障害なんだよ。
 それを分かった上で、焦らず、根気強く教えてやりなさい」

「はい。ありがとうございました」

神山は、勢いよく頭を下げた。

くくっ
こいつ、体育会系だな。


うちの中学は、マンモス校で職員の数だけで50人を超える。

おそらく、神山は俺が誰なのかも覚えていないだろう。

それが当たり前だし、俺は別に気にも留めていなかった。

だけど、俺は、その日以来、神山が気になって仕方がない。

掃除中、部活中、廊下で、彼女を見かけると、つい目で追っていた。



そんなある日、俺が帰ろうとすると、職員玄関で実習生たちに会った。

奴らも丁度帰るところらしい。

「失礼します!」

実習生たちが挨拶をして出ていく。

俺も「お疲れ様」と奴らを見送り、外に出た。

すると、校門の前で手を振る男がいる。

学生か?

視線の先を辿ると、先程の実習生たちを見ている。

友達か。

そう思った直後、神山が駆け出した。

嬉しそうに男と腕を組み、門を出ていく。

ああ、あいつの彼氏か。

その時、初めて、俺の中にうごめくドロドロとした感情に気が付いた。

ああ、これは嫉妬だ。

失恋してから、自分の想いに気付くなんて、いい歳して、なんて間抜けなんだろう。


俺は、その後も気付けば神山を目で追っていたが、想いを告げる事はなく、神山も俺の存在にすら気付く事なく、4週間の実習を終えて、俺の前から去っていった。


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