家庭訪問は恋のはじまり【完】

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第89話 木村武編 出会い

小学校で教鞭を取る俺には、ずっと忘れられない女性がいる。

神山夕凪

俺が30歳の時、教育実習に来た8歳も年下の女の子。

いつも明るく真っ直ぐに生徒の中に飛び込んでいく姿は、最初から好感が持てた。

だけど、俺が彼女を見つめるようになったのは、そう、あの会議室での会話を聞いた時からだった気がする。





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その時、実習生は養護教諭も含めて5人来ており、職員室に席は作れないので、会議室を控え室として使わせていた。

ある時、俺が会議室前の職員トイレに向かうと、中から実習生たちの会話が漏れ聞こえてきた。

「なんかさぁ、子供ってかわいいと思ってたけど、実際に会ってみると違うよね〜」

「違うって?」

「なんかさぁ、かわいい子もいるんだけど、なんか小生意気でムカつく子もいない?」

それに賛同する実習生たち。

まあ、分からなくもない。

俺だって、自分が悪いくせに嘘ついてごまかす奴や、授業をふざけて妨害する奴はムカつく。

「それにさぁ、2組の田中誠たなか まこと!キモくない?」

田中って、2年のあいつか。

田中は、自閉症で小学校までは特別支援学級にいたが、学力に問題はないため、進学を目指して中学入学と同時に、普通学級を希望した奴だ。

確かに、人と目を合わせられないし、挙動不審に見られても仕方ないところはある。

だけど、教員になろうって奴が言う台詞か?

「田中くんは、自閉症なんだからしょうがないでしょ。
 そういうこと、陰で言うの、よくないんじゃない?」

そう言ったのが、神山夕凪だった。

「だって、陰で言わないで表で言う方が酷でしょ?」

口の減らない実習生だ。

「そんな事ないよ。
 陰口言うくらいなら、本人に注意してあげた方が、その子のためになるじゃない」

「ええ!?
 じゃあ、神山さん、あの子に言える?
 言えるなら、言ってみてよ」

「………分かった。
 明日、話してみる」

そんな口車に乗る事ないのに。

正義感は強いけど、要領の悪い奴。

翌日の昼休み、間の悪いことに、俺が担任するクラスへ行く途中、神山夕凪が田中を呼び止める現場に出くわしてしまった。

他の実習生たちが、遠巻きに眺める中、彼女は田中に話しかける。

「田中くん、こんにちは」

当然、田中は、目を合わせないし、おどおど、もじもじと挙動不審な動きをする。

「田中くん、こんにちは」

彼女はもう一度、ゆっくりと挨拶をする。

田中は、答える代わりに、目を伏せたまま、こくんと頷いた。

「田中くん、先生、田中くんに話しかけてるんだ。
 先生、田中くんの目を見てお話したいな」

だけど、田中は余計に落ち着かない様子で顔を背け、体をくねらせる。

神山は田中が顔を背けた先に回り込み、さらに目を合わせようとするが、田中はさらに体をくねらせて、神山の視線から逃げようとする。

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