家庭訪問は恋のはじまり【完】

くっきぃ♪コミカライズ配信中

第81話 信じても……

しばらくして、嘉人くんがお菓子を食べ終わると、お義母さんは、美恵さんを呼んだ。

「ごめんなさいね。
 よしくんを外で遊ばせてやって。
 安彦さんは、今、手が空いてるかしら」

「大丈夫です。
 さ、よしくん、外で何をしましょうか」

「ノコギリ!」

ノコギリ!?
驚く私を残して、嘉人くんは美恵さんと出て行った。

「ノコギリ?」

私は瀬崎さんを見上げる。

「庭師の安彦さんが、打ち落とした枝を、ノコギリで切るのが、嘉人のマイブームなんだ」

と瀬崎さんは笑う。

「ふふっ
 楽しそう。
 図工でノコギリを使うのは、確か、4年生だったかな。
 その頃にはクラスで1番上手になってるかもしれないね」

そんな会話をしていると、お義母さんが口を開いた。

「夕凪さん、あの子の前では言いたくなかったんですが、あの子の母親は最低でした。
 子育てもせず、自分を着飾って遊び歩いて。
 私たちは、結婚前に反対したんですが、お腹に嘉人がいた事もあり、結局、幸人の意思を尊重して認めました。
 今、思えば、あの時、結婚させずに、嘉人だけを引き取れば良かったと思ってます。
 私たちは、もう後悔したくはありません。
 私たちは、あなたを信じていいんですよね?」

私は、瀬崎さんの顔を見る。

瀬崎さんは、優しく頷いてくれた。

「大丈夫です。
 私は、子供が好きで教師になりました。
 教師になって、子供がかわいいだけの生き物ではない事も知っています。
 その上で、言います。
 嘉人くんは、正直、手はかかりますが、かわいいです。
 入学時には、自分の感情を制御できなくて、お友達に手をあげる事もありましたが、今では、どんなに苛立っても、手をあげる事はありません。
 ただ、物に当たる事は多いです。
 私はそれを分かった上で、嘉人くんのお母さんになりたいと思いました。
 実は、瀬崎さんは、初め、嘉人くんのお母さんには、ならなくていいと言ってたんです。
 嘉人くんは、普通の子より手がかかるから、瀬崎さんに丸投げで、私は瀬崎さんの奥さんだけしてればいい…と。
 でも、それは嫌だと断りました。
 私は、瀬崎さんの奥さんになりたいですが、同時に嘉人くんのお母さんにもなりたいと思ってます。
 だから、私は、誰が何と言おうと、嘉人くんのお母さんである事を全うしようと思います」

それを聞いていたお義母さんは、私の手を握って、

「どうか、幸人と嘉人をお願いします」

と頭を下げた。

「はい。
 お義母さん、頭を上げてください」

私は慌てて、お義母さんの肩を持って頭を上げて貰う。

「むしろ、お願いしなければいけないのは、私です。
 私は、ちゃんと嘉人くんと向き合いたいと思ってます。
 だから、これからは、嘉人くんを今まで通りにこちらへ泊まらせてあげられなくなるかもしれません。
 もちろん、昼間、預かっていただいたり、遊んでいただいたりはこれまで通りお願いしたいのですが、夜は例え長期休暇であっても、やはり自宅で過ごすのが本来の姿だと思いますから。
 わがままを言って、申し訳ありません」

今度は、私が頭を下げた。

「幸人」

お義母さんが、瀬崎さんを呼ぶ。

「あなた、今度はいい人を見つけたわね」

お義母さんに微笑まれて、瀬崎さんは苦笑する。

「今度は…って、一言余分なんだよ」

瀬崎さんは、私の手を引いて立ち上がる。

「また、来るよ」

私たちは、外で遊んでいる嘉人くんに声を掛けて、帰路に就いた。


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