家庭訪問は恋のはじまり【完】

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第76話 お母さんに

それから、瀬崎さんは、春休み中、毎日うちに来た。

そうして、4月に入り、私は新しい学校へ勤務する。

教室の配置もいろいろな物の置き場所も分からないながらも、他の先生方に聞きながら覚えていく。

私は今年、2年生の担任になった。

嘉人くんと同じ年の子と、嘉人くんと同じ勉強をする。

正直、それは嬉しいんだけど、嘉人くんの同級生を教えるという事は、私が嘉人くんのお母さんになった時、あっという間に保護者に知れ渡る可能性が高いという事だ。

同じ市内なら、違う学校でも、同じ習い事だったり、お母さん同士が知り合いだったりする人が必ずいる。

人の口に戸は立てられない。

「あの先生、教え子のお父さんと結婚したんだって」

「1年前には、お母さんがいたの。略奪愛?」

そんな事を言われかねない。

そんな不安を抱えながら、春休み最後の週末を迎えた。

私は、久しぶりに瀬崎家の玄関に立った。

チャイムを鳴らすと、程なく玄関が勢いよく開いた。

「あ…れ?  夕凪先生?」

戸惑った表情の嘉人くん。

「こんにちは」

私が挨拶をすると、

「こんにちは。先生、どうしたの?」

と嘉人くんは首を傾げる。

あれ?  私の異動で泣いたんじゃなかったの?
もっと歓迎されると思ったのに。

私は内心、がっかりしながら答える。

「今日は、嘉人さんにお返事をしに来たの」

「お返事?」

「そう。上がってもいいかな?」

「あ、うん。
 パパぁ!  夕凪先生、来たぁ!」

嘉人くんは、部屋の中へ駆け出していく。

私が部屋に入ると、瀬崎さんにリビングのソファーを勧められる。

私が腰掛けると同時に、瀬崎さんがコーヒーを出してくれる。

嘉人くんは、様子を伺うように隣の1人掛けのソファーの背もたれの後ろから私を眺めている。

瀬崎さんは、私の隣に座ると、嘉人くんに声を掛ける。

「嘉人もそこへ座れ」

戸惑った嘉人くんが私と瀬崎さんを交互に見比べる。

「あ、いいの、そのままで。
 嘉人さん、私のお願い聞いてくれるかな?」

私は、あえて、嘉人くんをそのままに話を始める。

「あのね、お正月に先生の家に遊びに来たでしょ?
 その時、どんなお話をしたか、覚えてる?」

「美晴ちゃんとお絵描きして、縄跳びした」

嘉人くんにいつもの元気はない。

嘉人くんは、長年、お母さんの顔色を伺いながら、生きてきた。

今日みたいに、予期せぬ事が起これば、距離をとって様子を伺うのはある意味、仕方がない事なのかもしれない。

「そうだね。
 先生ね、嘉人さんにお願いがあるの。
 先生、嘉人さんのお父さんのお嫁さんになってもいいかな」

嘉人くんは、私の一言一句を噛みしめるように聞く。

そして、その意味を理解した瞬間に、飛び上がった嘉人くんは、そのままソファーの背もたれを乗り越えてきた。

「先生、僕のママになるの?」

嘉人くんは、私のすぐ目の前に立って聞く。

私は、ずっと考えてた事を話す。

「先生ね、嘉人さんのママは、嘉人さんを産んでくれたママ1人だと思うんだ。
 だから、もし、嘉人さんがいいよって言ってくれるなら、先生は嘉人さんのお母さんになろうと思うの。
 どうかな?」

呼び方だけの違いだけど、嘉人くんのママの座を私が奪うような事はしたくない。

「ママは、出てったママで、夕凪先生はお母さんって呼べばいいの?」

「うん。
 もし、嘉人さんが、それでいいなら。
 先生、嘉人さんのお家に一緒に住んでもいい?」

「うん!!
 先生、ありがとう!!
 やったぁ!!」

嘉人くんは、小躍りして部屋の中を跳ね回る。

ふふっ
かわいい。

嘉人くんが賛成してくれて、よかった。

もし、「やっぱりヤダ」とか言われたら、どうしよう…と思ってたから。

「じゃあ、嘉人は、パパが夕凪先生と結婚してもいいんだな?」

瀬崎さんが最後の確認をする。

「うん。僕、ずっと言ってたでしょ?
 夕凪先生にママになってほしいって」

嘉人くんは、瀬崎さんの首に抱きついた。



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