【月が綺麗ですね。】私は先生に、青春全てを捧げて恋をする。

KOHARU

月が綺麗ですね。(58)

 「違う菊池ちゃんに聞かれたから!」
「あ?聞いたのか?」
予想外に向けられた矛先に、私は焦りながらも何も聞いてませんと言っているのに、先生は藤岡先生から手を離し、今度は私のほっぺを片手でムニっと挟んだ。
「何聞いたの?答えようか」
「何も私はしてませんよ!」
「嘘下手か。俺、こういうの忘れないタイプだからね」
「本当です!藤岡先生酷い!」
そんな私を見ながら、藤岡先生はてへへと頭をかいて笑った。
「2人とも、幸せそう」
その言葉に、私のほっぺを掴む先生の力が緩んだ。
「まぁまぁ良いからさ。ほら、デートの続きしておいで!」
そう言って藤岡先生は先生の身体を出口の方に向け、後ろから背中をポンと押す。
なのに先生は、すぐに後ろへと振り返り藤岡先生と目を合わせた。
2人は何も言葉を発しない。でも、それでも2人は互いに何かを感じてるのが分かる。
言葉がなくても、通じ合ってるのが見てわかる。
「じゃあ、またな。今度俺がここに迎えに来るから、その時は一緒に飯でも行こう」
「おう。俺も、もう一回始めてみようと思ってる」
 「本当か?」
「まぁまた今度ね。ほら、いってらっしゃい」
そして先生は藤岡先生に片手を上げて挨拶をし、行こうかと私に声を掛け出口に向かって歩き始めた。
私も先生の背中を追って足を一歩踏み出す。
しかし、菊池ちゃん待ってという藤岡先生の声に私は足を止める。
先生は、先にあってるぞと言って先にアトリエから出て行ってしまった。
「これ、あげる」
そう言って渡されたのは、小さめの一枚の絵だった。
「菊池ちゃんのおかげで、こんな素敵な絵が描けた。ありがとう」
そう言って渡された絵を、私はじっと眺める。
「ありがとう、ございます」
「ケイちゃんには内緒ね、恥ずかしいから。幸せにね」
最後にそう言われ、私も背中をさっと押される。
私はその絵を持ったまま、先生の元へと走って倉庫の外へと出た。すると、先生は入り口の横に立って待っていてくれた。
「ほら行くよ」
そう言って、先生に手を握られた。
先生は振り返らず、私の手を引っ張り前へと進んでいく。 
その背中は、いつも以上にカッコ良く、頼もしく、そして大きく思えた。
先生は車のドアを開けてくれ、私は助手席に乗り込んだ。そしてすぐに先生が運転席に座る。
「あいつと何話してたの?」
「いや、あの。ちょっと連絡だけです」
先生には内緒にって言われたんだから、何も言えない。
そしてきっとそんな状況だって分かっていながら、先生は私にこの質問をしたと思う。
その途端、先生が私の両ほっぺを片手でぐっと掴まれた。
「嘘つくのが下手。それにその先生呼び、どうにかしようか」
「へ?はなしてふださい、ふまくはなせないでしゅ」
上手く喋れずに変な言葉遣いになる私を先生は笑い、満足な顔をしてからその手を離した。
「俺先生って名前じゃないのよ。圭ってちゃんとした名前があるの」
先生の言ってることはきっと、私に圭って呼べ...ということだ。
え、いきなり!?
「急に呼び捨てなんて無理ですよ!」
「何が無理なの?」
「だって先生は、その、先に生まれてますし」
「年齢は関係ないんでしょ?」
「そ、そうですけど...」
「華」
先生がいつもより低い声で、私の名前を呼ばれる。少し、ドキッとする。
すると、先生は真っ直ぐな目で私を見つめた。
そしてどんどん、その瞳が近づいてくる。
今だ、目を閉じなきゃいけないんだ。
そう思い、私はすぐに目を閉じてその時が来るのをじっと待った。

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