【月が綺麗ですね。】私は先生に、青春全てを捧げて恋をする。

KOHARU

月が綺麗ですね。(45)秘密の部屋

そのまま月日は流れ、明日は今学期最後のイベント文化祭を控えている。
『菊池先生、これお願いします』 
「はい!お任せください!」
『すみません菊池先生終わったらこっちも』
「了解です!すぐに向かいます!」
あの日、私の片思いが終わったすぐ後から体育祭の準備が始まり、それが終わったかと思うと今度は文化祭の準備。
学校中の生徒も先生も、てんやわんやに忙しく走り回っていた。
そのおかげか、あのことをあまり考えずに済む。
新人一年目、これでもかってくらい働いている。
また倒れないように、それだけは気をつけてたくさん食べて。
「よし、準備完了」
「あ、菊池ちゃん!ちょっとそれは運ぶの手伝って!」
「あ、藤岡先生!これですね!」
大きな美術作品を抱えてながら通りすがった藤岡先生に声をかけられた。私も荷物を持ち、そのまま藤岡先生についていく。
「あ、そこに置いてくれればいいから」
「分かりました!いや、美術道具ってこんなに重いんですね!」
「ごめんね〜頼んじゃって。量も多いしね」
学生時代以来、久々に入った美術室。何だか、学生時代に戻った気分になる。
「じゃあ手伝ってくれた菊池ちゃんには特別に」
そう言って藤岡先生は私を手招きして美術室の奥に案内した。 
そこには生徒が立ち入り禁止をされていて、一度も入ったことがない場所。
「俺のプライベートスペース」
そう言って、藤岡先生は扉を開けた。
中に入ると、そこにはたくさんの絵があった。
でもその絵は、どれも暗く、はっきり言ってしまうと、少し恐怖を感じるようなものが多かった。
不思議なフィギュアから、少しグロテスクに感じる絵。様々な種類の絵があった。
その中でも一際目を引いたのが、部屋の真ん中に置いてある1枚の大きな作品。
夜空のような、宇宙のような中に女の子が一人でたたずんでいる。
その奥には、何か分からない、大きな暖かいものが描かれていた。どこか、不思議な感じ。
 「それ、気になる?」 
「はい、なんか不思議ですねこれ」
「まだ未完成だけどね」 
「そうなんですか?」
「そう。俺の絵、よく分かんないでしょ」
確かに、素人の私から見るとどの絵もこれを描いていると認識できるものではない。
でも、藤岡先生の魂で描かれた作品だと感じる。
「どれも素敵です」
それだけは、ちゃんと伝えたかった。
「そう?よく気持ち悪いって言われるけどね」
「そんなことないですよ!素敵です」
そう?なんて少し照れてる藤岡先生。実際その笑顔に、恋に落ちる生徒が何人もいた。この笑顔に、みんな心を奪われたんだ。
「疲れたでしょ?そこ座って休んでなよ。バレないから。俺は最後の仕上げに取り掛かりますので」
そう言いながら沢山絵具のついているエプロンをつけてパレットに絵の具を出し筆をつけると、なんの躊躇もなくその筆を動かし始めた。
そういえば、授業で藤岡先生に習うことはあっても、先生が真剣に絵を描くのって初めて見る気がする。
こんな真剣な顔で藤岡先生は絵を描くんだ。
いつもホワホワしている藤岡先生からは、あまり想像ができない。
「何、菊池ちゃんも描きたいの?」
「え?いやそんな私は」
「描きたそうな目してるけど」
そう言いながら私に筆の持ち手の部分を向けて差し出す藤岡先生。
「ドリッピングって知ってる?」
「ドリッピング?」
「筆に絵の具をつけて、バシャって飛ばすの。それやって良いよ」
「いや先生もご存知の通りだと思いますけど、美術の成績は本当に散々で」
「知ってるよ。だって俺が付けたんだもん」
「だから、こんな「
「なんで俺が低い成績つけたかって言うと、菊池ちゃんの心が感じられなかったらだよ。何かを、隠してる感じ。上手いとか下手とか、そういうの絵にはないから。」
藤岡先生は、もう一度私に筆を突き出した。
 「今の感情、出してごらん。きっと、この絵にぴったりだから。」
どうしよう。もし変なことになったら、この作品を潰してしまうかもしれない。
藤岡先生が長い時間をかけて作った作品を、私が壊してしまうかもしれない。
でもここで断るのも、なんだか嫌だった。
今の私には、何の勇気も取り柄もない。
そんな自分を、変えたいと思っていたところだから。
「やる?やらない?」
藤岡先生、もし失敗したら本当にごめんなさい。でも
「やります」
そして私は藤岡先生から筆を受け取った。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品