【月が綺麗ですね。】私は先生に、青春全てを捧げて恋をする。

KOHARU

月が綺麗ですね。(37)


「例えば、学生時代の私との時間は」
その質問を口にした後、自分ですごく焦りを覚えた。何こんなこと簡単に聞いているの自分。やっぱり熱で頭おかしくなっちゃってる。
案の定、先生は私の質問に黙り答えてはくれない。
「ごめんなさい、変なことを聞いちゃって」
「飯、ちゃんと食べてるの?」
「え?あ、いやはい」
「一人暮らしで体調崩すと、なかなか治りが遅いから俺のオススメレトルト買ってくるわ。待ってて」
そう言って、先生はスーパーの駐車場に車を止めて、私を車内に1人残し1人で買い物に向かった。これ以上、追求しない方がいい。
先生との思い出は辛いことばかりだ。楽しい思い出ももちろんあるはずだけど、でもやっぱり先に思い出されるのは辛い記憶の方だから。
辛かったし、よく泣いていた。けど、私はその思い出が嫌な黒いものだと思ったことは一度だって無い。
辛かったし忘れたかったけど、それも私の良い思い出になっている。
だから聞いてみたくなったんだ。先生は、どっちなのかと。
「お待たせ。これで1週間はいけるな」
そう言いながら先生は後部座席に両手に抱えていた袋を置き、運転席に戻ってきた。
そして車はまた進み始める。
「俺オススメのレトルトとか買っといたから、色々やってみて」
「あ、またお金!今度こそ払います」
私は慌てて鞄からお財布を取り出した。
「良いって。年下に後からお金払わせるとかそんなかっこ悪いこと俺にやらせないで」
先生は目で、お鞄にしまえとメッセージを送ってきた。
私もそれを受け取り、素直に鞄にしまう。
「すみません、いつも。」
「なんかこの会話、前にもしたな。懐かしい」
先生も覚えていた。先生にとって、その記憶はどんなものなんだろう。
「その記憶は、先生にとっていい思い出ですか、悪い思い出ですか」 
少しも懲りない自分に嫌気が差す。
怖くなってきたからか、語尾の声がだんだん小さくなってしまった。
また先生は黙った。分かってることなのに、何度も同じことをする私は馬鹿だ。
「ごめんなさい、何でもないです何言ってるんですか「
「教師って仕事してると、苦しいこと、辞めたいと思うこと、どうしようもできないことを沢山経験する。
極論、自分が傷つく分には自分が勝手に悲しくなれば良いんだけど、どうやったって他の人を巻き込んじゃうこともある。それは本当に、辛いかな」
私が質問を撤回しようとしたところ、先生が私の質問に答えをくれた。でも、それは答えにはなっていない。
「質問と答えが、合ってないです」
「ハハ、さすが国語科教師ですね。」
そう言いながら先生は笑った。多分、誤魔化した。
「まぁ、その答えはもう教えてあるかな」
「え、何ですか?」 
「それは自分で考えて下さーい」
その答えって?教えてあるって?わからない。やっぱり先生はずるい。
そしてそんな時に、運良く私の家に到着してしまった。
「じゃあ、ゆっくり休めよ」
「すみません、ありがとうございました」
そう挨拶をして、先生の車がいなくなるまで見送ろうと思ったのに、先生は一向に車を発進させない。
すると、助手席の窓ガラスがゆっくりと開いた。
「早く上がって下さい」
「いや、先生を見送ってからと思って」
「逆です。俺が菊池を見送ってからじゃないと帰れないから」
先生は、優しい。いつまでも、どこまでも優しい。
「すみません、そしたらお先に」 
「はい、じゃあね。しっかり休めよ」
そして、先生は私が見えなくなるまでじっとこちらを見ていた。見えなくなったギリギリのところで、私は足を止めて振り返る。
そしてようやく、先生の車が発進した。
こんなことを好きな男の人にやられた、もっと好きになってしまう。そしてもっと、強欲になってしまう。私はそういう、生き物だ。

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