【月が綺麗ですね。】私は先生に、青春全てを捧げて恋をする。

KOHARU

月が綺麗ですね。(35)


‘キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン’
ちょうどチャイムが鳴り、今日の最後の授業の終わりを告げる。
それと同時に、私は小川先生が買ってくれたはずの食べ物を全て完食してしまっていた。
「よく食べたねー。あ、そろそろケイちゃん戻ってくるな。そしたら俺も帰れるー」
そして藤岡先生が伸びをして、窓の外を見ながら大きなあくびをしていると、そこに突然小川先生が凄い勢いで入ってきた。
「ケイちゃん早!授業後の仕事は?」
「菊池起きてて良いのか?具合は?」
「えっと、だいぶ体も軽くなってなんですけど、あの授業すみません変わって頂いてしまって」
授業が終わってまだ1分も経ってない。
きっと、授業後に直接私のところに来てくれたのだと、すぐに分かった。
「ならよかった。じゃあ、名簿とか片付けたらすぐ戻ってくるから。帰る準備しておいて。あ、自分で帰るとかは無しだから。じゃあ」
「ケイちゃんちょっと待って」
慌てて国語科室に戻ろうとする小川先生を、藤岡先生は呼び止めた。そして窓に背を向けもたれ掛かり、私たちの方に体をむけた。
「もうちょっとゆっくり仕事してきなよ。菊池ちゃんまだ疲れた顔してるし、ケイちゃんも色々やることあるでしょ?俺もまだやることあるし、ちょうどいいのよ」
そういう藤岡先生の後ろにある窓の外には、授業後に飛び出して帰る生徒が複数人いた。きっとこの後、もっと人数が増えるだろう。
きっと、また私と小川先生が生徒に見られることを気にしてくれている。
これは、藤岡先生の優しい気遣いだ。
「そっか。じゃあ、1時間くらいで仕事終わらせて迎えに来るわ。」
そして小川先生は、なんの疑いもなく保健室を後にした。
そして藤岡先生に目を向けると、藤岡先生も私のことをじっと見つめていた。
「あの...」
「さっきの話、聞いてたんでしょ?」
やっぱり、気づかれていた。藤岡先生は、そう簡単に欺けない。
「聞いて、ました。ごめんなさい。藤岡先生に嫌な役をさせてしまって」
「そんなんはどうでも良いよ。あの子たち、何度も俺のところに来るし迷惑してたから。」
そんな風に藤岡先生は私に笑って見せた。
でもまず、藤岡先生に謝れてよかった。
「菊池ちゃんのあの時の頑張りは、先生になるためだったんだね」
「はい、そうです」
高校生の時、一度藤岡先生に何でそんなに頑張ってるのと聞かれたことがあった。
私はそれに、忘れたいことを忘れるためだと答えた。
「先生になって、忘れたいことは忘れられた?」
忘れられなかった。むしろ、想いはどんどん強くなった。だから今、私はここにいる。何も忘れていないから、ここにいる。
「...忘れたいことは、忘れられませんでした」
そんな私の答えに、藤岡先生は優しく笑った。
藤岡先生は、よく人の心を見ている気がする。だからきっと、私の気持ちなんてとうにバレているだろうな。
「藤岡先生は、もう全部分かってますよね」
「ん?何を?」
「私が先生になった理由も、あの時忘れたかっことも。それに、今頑張っている理由も。」
すると藤岡先生は、少し目線を外して口をんーとつぐんだ。
「全部分かってるとは、言えないね。だって、菊池ちゃんから直接、何か聞いた訳じゃないからさ」
藤岡先生と小川先生は仲が良い。もしかしたらどこかで、2人で私の話をしたりしたのかな。
「小川先生と藤岡先生、仲良いんですよね?」
「仲良いっちゃ良いかな。あ、やばい忘れてたんだよ。美術も今年学科試験やるらしくてさ。テスト作れとか言われたんだけど俺勉強訳わかんないからさ。教科書読もうと思ってたんだよ。」
そう言って、藤岡先生は何冊か積み重ねてあった教科書を読み始め、私の声はもう届かなくなってしまった。


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