お久しぶりです。俺と偽装婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~
21. このままで本当にいいの?(3)
食堂から離れに戻る間、二人は手を繋ぐのも忘れ、黙って歩いていた。
──静馬さん、病気なのかな……。
静馬は詳しいことを話さなかったが、「残り時間がない」ということはそういうことなのだろう。
葉月と結婚しないと遺産を渡さないなんて無茶を言ったのは、そうすれば朔也が反応せざるを得ないからなのかもしれない。
疎遠になった彼を対話の場に引きずり出して直接謝罪するには、それしかなかったのかも。
「……不思議な気分です。死んでも死なない人だと思ってた」
隣で朔也がぽつぽつと話し始める。
彼はわずかに眉をひそめただけのほぼ無表情で、感情を抑え込んでいるようだった。
「カタギになったのは俺がきっかけだったってのも知りませんでした。聞こうともしてなかった……いざこざで俺は母親側についたので、父さんもジイさんも敵だとばかり」
遠い目をしていた朔也が、不意に葉月を見やった。
「敵視する前は、俺、ジイさんに葉月さんの話をよくしてたんです」
「私の……?」
「はい。あなたのことを話すと、一緒にいるときみたいに楽しい気分になれるから。今思えば何度も同じ話をしてたのに、ジイさんはいつも笑って聞いてくれてました」
恋心をくすぐられる言葉に、葉月の鼓動が跳ねる。
だが、切なげに歪んだ朔也の眉を見たら、話の邪魔をする気にはなれなかった。
「ジイさんがやたらと俺たちの思い出話をするのはからかってるからだって苛ついてました。けど……葉月さんはさっきのカレーの話、覚えてましたか。辛くて水を渡した、ってやつ」
「ううん。言われたら思い出せたけど」
「俺もです。ささいなことでしたから。でも、あの人はそんなことまで覚えてて……本当に、俺たちを応援してたんでしょうね。昔から」
静馬の優しい瞳が思い浮かび、葉月は頷いた。
彼が朔也と葉月の幸せを願っていたのはまぎれもない事実だ。
「今さらそんなことがわかったって、遅いですが」
朔也がふいっと前を向く。
その横顔に罪悪感が見えて、葉月は胸が締め付けられた。
──遅くなんてないよ。今ならきっと仲直りできる。静馬さんがいなくなる前に話し合わなきゃ絶対後悔する……。
そう思うが、声が出ない。
朔也は自分勝手な理由で偽装婚約を企んだと言っていた。
それが自身と母を冷遇した家族への復讐だったのだとしたら。
そして、静馬の目的が朔也との対話だったのだとしたら。
彼らの和解で、すべてが解決するはずだ。
──……そうだ、必要なくなる。
──二人だけの秘密だった偽装婚約も、私の存在も。
ようやく糸口らしきものが見つかったのに、葉月の気分は沈んだままだった。
問題が片付けば、もう葉月はどんな言い訳もできない。
苦い思い出だけを残して、また一人になるのだ。
「朔也くん……」
声をかけたら、朔也はこちらを向いた。
──言わなきゃ。「遅くなんてない」って。
──私がここに来たのは、朔也くんを助けてあげたかったからだ。昨日は出しゃばりすぎて失敗したけど、今ならもっとうまくやれる……。
「葉月さん?」
何も言わない葉月に、朔也が不思議そうに聞き返す。
「……ご、ごめん。何でもない」
だが、葉月は勇気が出なかった。
旅行は明日で終わる。問題解決を先送りにしたところで、朔也とずっと一緒にいられるわけでもない。
そうわかっているのに、怖くてうつむいてしまう。
薬指に光る偽りの婚約指輪が眩しくて、自分がひどく醜いものに思えた。
──静馬さん、病気なのかな……。
静馬は詳しいことを話さなかったが、「残り時間がない」ということはそういうことなのだろう。
葉月と結婚しないと遺産を渡さないなんて無茶を言ったのは、そうすれば朔也が反応せざるを得ないからなのかもしれない。
疎遠になった彼を対話の場に引きずり出して直接謝罪するには、それしかなかったのかも。
「……不思議な気分です。死んでも死なない人だと思ってた」
隣で朔也がぽつぽつと話し始める。
彼はわずかに眉をひそめただけのほぼ無表情で、感情を抑え込んでいるようだった。
「カタギになったのは俺がきっかけだったってのも知りませんでした。聞こうともしてなかった……いざこざで俺は母親側についたので、父さんもジイさんも敵だとばかり」
遠い目をしていた朔也が、不意に葉月を見やった。
「敵視する前は、俺、ジイさんに葉月さんの話をよくしてたんです」
「私の……?」
「はい。あなたのことを話すと、一緒にいるときみたいに楽しい気分になれるから。今思えば何度も同じ話をしてたのに、ジイさんはいつも笑って聞いてくれてました」
恋心をくすぐられる言葉に、葉月の鼓動が跳ねる。
だが、切なげに歪んだ朔也の眉を見たら、話の邪魔をする気にはなれなかった。
「ジイさんがやたらと俺たちの思い出話をするのはからかってるからだって苛ついてました。けど……葉月さんはさっきのカレーの話、覚えてましたか。辛くて水を渡した、ってやつ」
「ううん。言われたら思い出せたけど」
「俺もです。ささいなことでしたから。でも、あの人はそんなことまで覚えてて……本当に、俺たちを応援してたんでしょうね。昔から」
静馬の優しい瞳が思い浮かび、葉月は頷いた。
彼が朔也と葉月の幸せを願っていたのはまぎれもない事実だ。
「今さらそんなことがわかったって、遅いですが」
朔也がふいっと前を向く。
その横顔に罪悪感が見えて、葉月は胸が締め付けられた。
──遅くなんてないよ。今ならきっと仲直りできる。静馬さんがいなくなる前に話し合わなきゃ絶対後悔する……。
そう思うが、声が出ない。
朔也は自分勝手な理由で偽装婚約を企んだと言っていた。
それが自身と母を冷遇した家族への復讐だったのだとしたら。
そして、静馬の目的が朔也との対話だったのだとしたら。
彼らの和解で、すべてが解決するはずだ。
──……そうだ、必要なくなる。
──二人だけの秘密だった偽装婚約も、私の存在も。
ようやく糸口らしきものが見つかったのに、葉月の気分は沈んだままだった。
問題が片付けば、もう葉月はどんな言い訳もできない。
苦い思い出だけを残して、また一人になるのだ。
「朔也くん……」
声をかけたら、朔也はこちらを向いた。
──言わなきゃ。「遅くなんてない」って。
──私がここに来たのは、朔也くんを助けてあげたかったからだ。昨日は出しゃばりすぎて失敗したけど、今ならもっとうまくやれる……。
「葉月さん?」
何も言わない葉月に、朔也が不思議そうに聞き返す。
「……ご、ごめん。何でもない」
だが、葉月は勇気が出なかった。
旅行は明日で終わる。問題解決を先送りにしたところで、朔也とずっと一緒にいられるわけでもない。
そうわかっているのに、怖くてうつむいてしまう。
薬指に光る偽りの婚約指輪が眩しくて、自分がひどく醜いものに思えた。
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