お久しぶりです。俺と偽装婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~
15. 恋の病以外は何でも治せる、か(1)
ブーン、と顔の近くで一回だけ震えたスマートフォンに瞼を開けると、葉月は大きなベッドに横たわっていた。
着慣れない水色の浴衣に、見覚えのない広い寝室。
それらすべてが橙色のぼんやりとした光に包まれている。
──ああ、そうか、旅行に来てたんだっけ……。
寝ぼけた頭で辺りを見回す。
寝室は和モダンな雰囲気で、行灯を模した間接照明や障子の窓はあるが、床は焦げ茶色のフローリングだった。
中央には葉月が三人並んでも寝られそうなベッドが鎮座している。
隅には衣装箪笥風のクローゼットと、鏡に薄紫色の布がかけられたドレッサーがそっと佇んでいた。
普段の生活にはないものばかりに囲まれ、なんだかまだ夢の中にいるようだ。
視線を下ろすと、布団の上に葉月のスマートフォンが落ちていた。
先ほどの振動はメールが届いたせいだったらしい。
画面には他愛ない広告の通知と、「AM02:08」という大きな文字が表示されている。
「だいぶ寝ちゃった……」
気づけば、手の中にはお守りの指輪があった。
和室で朔也と夕食を取ったあと、葉月は荷物を整理するため寝室を訪れていた。
指輪を眺めながら朔也のことをああでもないこうでもないと考えているうちに、うっかり眠ってしまったのだろう。
──結局聞けなかったな。何も……。
起き上がり、近くにあった黒いベロア生地の小さな巾着へ指輪を戻す。
悩みの原因を尋ねるかどうか、葉月はいまだに迷っていた。
朔也を助けたいが、この気持ちがお節介でしかなく、彼の繊細な部分を傷つけかねないのもわかっているからだ。
──駄目だな、うじうじして。一旦考えるのやめよう。
巾着袋をサイドチェストに置き、ベッドから離れる。
寝室を初めて見たとき、このベッドで朔也と寝るのかと思い、心臓が口から飛び出しそうになった。
だが、朔也は書斎に予備の布団を敷いて眠るそうだ。
夕食のあと、仕事をすると言って書斎に入っていったから、今もそこにいるはず。
「……あ、まずい! 歯磨いて化粧落とさなきゃ」
自分も寝ようかと考えたところで気づき、葉月は寝室を出た。
暗く長い廊下に怯えながら進み、洗面所にたどり着く。
洗面所の内装は木目調でまとめられ、木のカウンターに洒落た白い陶器のボウルがはめ込まれていた。
三面鏡にもなる鏡の裏には収納スペースがあり、ミニサイズの基礎化粧品や歯磨きセットなどのアメニティが並んでいる。
個包装のコットンにすら高級ブランドのロゴが書かれていて、場違いで落ち着かない気分になった。
──そういえば、こっちのお風呂はまだ見てなかったっけ……。
何気なく浴室のドアを開けると、硫黄と檜の香りが中から溢れ出す。
「うわぁ、広い……!」
檜造りの室内には二人分の洗い場と、自動運転なのか湯が張られた大きな浴槽があった。
奥の引き戸は、窓の外が暗くてよく見えないが、おそらく露天風呂に繋がっているのだろう。
──いつでも入れる、ってパンフレットに書いてあったっけ……。
自宅の身を縮めないと入れないプラスチックの浴槽を思い出し、ついうずうずする。
眠っている朔也を邪魔したくないが、書斎から露天風呂は遠いし、静かにしていれば迷惑にならないはずだ。
それに、深夜に一人で露天風呂貸し切りだなんて、この機会を逃したらもう一生ないかもしれない。
葉月は我慢できず、着ていた浴衣の帯をほどいた。
着慣れない水色の浴衣に、見覚えのない広い寝室。
それらすべてが橙色のぼんやりとした光に包まれている。
──ああ、そうか、旅行に来てたんだっけ……。
寝ぼけた頭で辺りを見回す。
寝室は和モダンな雰囲気で、行灯を模した間接照明や障子の窓はあるが、床は焦げ茶色のフローリングだった。
中央には葉月が三人並んでも寝られそうなベッドが鎮座している。
隅には衣装箪笥風のクローゼットと、鏡に薄紫色の布がかけられたドレッサーがそっと佇んでいた。
普段の生活にはないものばかりに囲まれ、なんだかまだ夢の中にいるようだ。
視線を下ろすと、布団の上に葉月のスマートフォンが落ちていた。
先ほどの振動はメールが届いたせいだったらしい。
画面には他愛ない広告の通知と、「AM02:08」という大きな文字が表示されている。
「だいぶ寝ちゃった……」
気づけば、手の中にはお守りの指輪があった。
和室で朔也と夕食を取ったあと、葉月は荷物を整理するため寝室を訪れていた。
指輪を眺めながら朔也のことをああでもないこうでもないと考えているうちに、うっかり眠ってしまったのだろう。
──結局聞けなかったな。何も……。
起き上がり、近くにあった黒いベロア生地の小さな巾着へ指輪を戻す。
悩みの原因を尋ねるかどうか、葉月はいまだに迷っていた。
朔也を助けたいが、この気持ちがお節介でしかなく、彼の繊細な部分を傷つけかねないのもわかっているからだ。
──駄目だな、うじうじして。一旦考えるのやめよう。
巾着袋をサイドチェストに置き、ベッドから離れる。
寝室を初めて見たとき、このベッドで朔也と寝るのかと思い、心臓が口から飛び出しそうになった。
だが、朔也は書斎に予備の布団を敷いて眠るそうだ。
夕食のあと、仕事をすると言って書斎に入っていったから、今もそこにいるはず。
「……あ、まずい! 歯磨いて化粧落とさなきゃ」
自分も寝ようかと考えたところで気づき、葉月は寝室を出た。
暗く長い廊下に怯えながら進み、洗面所にたどり着く。
洗面所の内装は木目調でまとめられ、木のカウンターに洒落た白い陶器のボウルがはめ込まれていた。
三面鏡にもなる鏡の裏には収納スペースがあり、ミニサイズの基礎化粧品や歯磨きセットなどのアメニティが並んでいる。
個包装のコットンにすら高級ブランドのロゴが書かれていて、場違いで落ち着かない気分になった。
──そういえば、こっちのお風呂はまだ見てなかったっけ……。
何気なく浴室のドアを開けると、硫黄と檜の香りが中から溢れ出す。
「うわぁ、広い……!」
檜造りの室内には二人分の洗い場と、自動運転なのか湯が張られた大きな浴槽があった。
奥の引き戸は、窓の外が暗くてよく見えないが、おそらく露天風呂に繋がっているのだろう。
──いつでも入れる、ってパンフレットに書いてあったっけ……。
自宅の身を縮めないと入れないプラスチックの浴槽を思い出し、ついうずうずする。
眠っている朔也を邪魔したくないが、書斎から露天風呂は遠いし、静かにしていれば迷惑にならないはずだ。
それに、深夜に一人で露天風呂貸し切りだなんて、この機会を逃したらもう一生ないかもしれない。
葉月は我慢できず、着ていた浴衣の帯をほどいた。
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