お久しぶりです。俺と偽装婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~

天海うかぶ

7. 無理、してない?

 ──守ってもらえちゃった。昔みたいに。

 自宅へ送ってもらう道中、無言で運転する朔也の顔を葉月はちらちらと盗み見ていた。
 ジュエリーショップでの彼の行動が、子どもの頃いじめっ子から葉月を助けてくれた姿と重なり、つい胸が高鳴ってしまう。

 ──婚約者のふりはしてたけど、あのとき店員さんに怒ってたのはきっと嘘じゃなかった。根は相変わらず正義漢なのかな。
 ──……でも、それならお金のために私を脅すとは思えない。やっぱり何か理由が……。

 再び気になってしまい、朔也の横顔を見つめる。
 赤信号で車が停まったところで彼がこちらを向き、ばっちり視線が合ってしまった。

「あっ、ご、ごめん」
「……あなたが謝らないでください」

 朔也が眉をひそめ、ためらっている間を置いてからまた話し始める。

「葉月さん、本当にすみませんでした」
「えっ? 何が?」
「追川がもう少しまともだと思って油断してました。最初のほう聞きそびれたんですが、他にひどいこと言われませんでしたか」

 強張った顔と声に、葉月を守りきれなかった悔しさが滲んでいる。
 それがとても演技には見えず、葉月は目を丸くした。

「覚えてるだけでいいから、いま言ってください。実際の証拠がなくても証言にはできるので」
「も、もう大丈夫だよ。朔也くんが助けてくれたし、気にしてないから」
「でも」

 納得できない、と言いたげに朔也が食い下がる。

 ──本気で私のこと、心配してくれてるんだ……。

 驚きや戸惑いだけではない何かが、葉月の鼓動を速まらせた。
 脅された直後なら朔也の不満げな表情に怯えていただろう。
 なのに、今はそれが嬉しい。

「ありがとう、朔也くん」
「……いえ」

 葉月が笑いかけると、朔也は逃げるように目を伏せた。
 熱くなったと思えば急に冷たい態度になって、どうにもちぐはぐだ。

 ──でも、朔也くんの深い部分に……あの頃のヒーローは残ってる、よね。

「葉月さん、昔と全然変わらないですね」

 心の内を覗かれたような一言が不意に飛んでくる。

「えっ……」
「優しすぎると思います。あなたが追川に言い返さなかったのは、あいつが俺のクライアントだったからでしょう?」
「そ、それは」
「そういうところですよ。本当に……変わってない」

 朔也は溜め息をつき、中指で眼鏡のブリッジを持ち上げた。
 感情を殺しきれなかったようにわずかに震えた声が、葉月の胸の深い場所に響く。

「朔也くん……」

 踏み込むなら、今しかない。
 葉月は勇気を出して口を開いた。

「無理、してない?」

 尋ねるのと同時に、レンズの向こうにある朔也の目が見開かれる。

「……どうしたんです、いきなり」
「今日、朔也くんと一緒にいて思ったんだ。偽装婚約の話を聞いたときは悪い人に見えたけど、本当は違うかもって」

 朔也が眉間に深く皺を寄せたのが見えて、葉月はこのまま話し続けていいのか不安になった。
 だが、もう止められない。

「もし朔也くんが困ってて、相手が私でよければ話を──」
「やめてください」

 朔也が鋭い声で葉月を遮る。
 彼の目が葉月からそらされ、まだ変わらない信号を睨んだ。

「さっき葉月さんが優しすぎるって言ったのは褒めてたわけじゃありません。お人好しすぎてイライラしたからです。先に自分のことを心配してください」
「け、けど」
「けどじゃない。あなたは俺に脅されてるんですよ。いきなりキスもされたんだから、俺を強制わいせつ罪で警察に突き出したっていい。お節介は結構です」

 反論する間もなく言い負かされ、葉月はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 ──確かにお節介だってわかってる。でも、そんなふうに言われたら……。

 胸の内側がもやもやする。
 厳しく突き放されたからではない。
「自分を心配しろ」という台詞に、朔也の優しさが滲み出てしまっている気がしたからだ。

 ──子どもの頃も、今日も、私は助けてもらってばかりだった。
 ──もし朔也くんが本当に苦しんでるなら、今度は私が……。

 くすぶった恋心が葉月の背中を押す。
 脅されたのがきっかけだし、偽装婚約の共犯として人を騙すのは抵抗がある。
 だが、朔也のそばにいれば、彼がどんな問題を抱えているのかわかるかもしれない。

 ──今度は私が、朔也くんを助ける番だ。

 目の前の青信号が灯り、車が再び走り出した。

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