お久しぶりです。俺と偽装婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~
6. 今日はこの人に婚約指輪を買いにきたので(1)
甘味処を出た二人がたどり着いたのは、百貨店や海外の高級ブランド店が並ぶ大通りだった。
東京に住んで長い葉月だが、ここに来たのは初めてだ。
行き交う人々が意外と普通の格好をしていて安心するものの、やたらと大きいきらきらした建物に尻込みしてしまう。
「葉月さん、これからあれに入ります」
葉月の隣を歩く朔也が、道の前方にあるジュエリーショップを指差す。
「えっ、本当に……?」
横断歩道を渡っている最中なのに、葉月は立ち止まりそうになった。
その店がおしゃれに縁のない葉月ですら知っている有名ブランドだったからだ。
ビル一棟まるごとが持ち物なのか、見上げないと読めないほど高い位置に埋め込まれた金色のブランドロゴ。
一階はガラス張りになっていて、美術館のような洒落た店内が夜の通りに眩しい光を放っている。
入り口には白い大理石と黒のロートアイアンでできた大きな門がそびえ、傍らにダークスーツを着たドアマンが控えていた。
「どうしました? 行きましょう」
「い、いや、駄目だよ。こんなところ私が入っちゃ……」
「駄目じゃありません。あなたがいないと始まらないので」
うろたえる葉月を無視し、朔也が店に向かう。
ドアマンが朔也を見て微笑み、隣の葉月に視線をやって固まった。
それもそうだ。朔也は非の打ち所がない美形で、高級なスーツを着ている。
だが葉月は地味な容姿で、格好も勤務中の動きやすさを重視したブラウスとチノパンという姿だった。
──ば、場違いすぎる。帰りたい……!
──いや、きっと追い出されるよね。そのためにドアマンさんがいるんだから。
期待するが、ドアマンはためらいつつも門を開けた。
──ドアマンさん……!?
それと同時に朔也が手首を掴んでくる。
「ひっ」
「逃げないって約束したら離してあげます」
「わ、わかった。わかったよ」
「まだ駄目です。目に怯えが見える」
葉月は朔也に引きずられるように店に入った。
白を基調にした店内は広く、外から見たときと同じく美しい。
金の縁取りがついたガラスのショーケースがいくつか置いてあり、中には美術品のようなジュエリーが飾られていた。
壁にかかった広告写真を囲む額縁も、いい香りがするルームフレグランスも、すべてが高そうで緊張がつのる。
「あの、朔也くん、店員さんがこっち見てる……」
「客だからですよ」
朔也が冷静に返し、店の奥へ葉月を連行する。
──な、なんでこんなところに!? 私がいないと始まらないってどういう意味なんだろう……。
「雨宮せんせぇ!?」
不意に甲高い声がして、若い女性の店員が駆け寄ってきた。
チッ、と小さく舌打ちが聞こえたので隣を見ると、朔也が衝撃的なほど爽やかな微笑みを浮かべている。
──誰……!?
動揺する葉月をよそに、黒いスーツを着て茶髪を夜会巻きにした店員が朔也に笑いかけた。
「先生、いらっしゃいませっ」
「追川さん、こんばんは。勤務先はこちらの店舗でなかったはずでは……」
「今日は本店にヘルプで来てて! お会いできて嬉しいですぅ」
「偶然ですね。仕事以外でクライアントと会うのは控えないといけないんですが」
「やだぁ、さみしい! せっかく会えたのに……っ」
愛想よく振る舞う朔也は、それまでとは別人のようだ。
そういえば法律事務所のサイトにあった写真も笑顔だったな、と葉月は今さら思い出した。営業用の顔なのだろうか。
「偶然会えるなんて運命感じちゃいますぅ」
追川はうっとりと朔也だけを見つめている。
露骨だったが、今は無視されるのが逆にありがたかった。
「プレゼントを選びにいらしたんですか? 一階はブライダルコレクションなので、お二階にご案内しますねっ」
「いえ、ここで合ってます。今日はこの人に婚約指輪を買いに来たので」
「はっ……!?」
追川が店員にあるまじき声を出し、葉月を見やる。
葉月も慌てて朔也を見たら、彼は耳元に顔を寄せてきた。
「目的はこれです。旅行時期から逆算したら、もう注文しておかないと間に合わない。婚約したなら指輪があったほうがいいでしょう?」
浮かべた微笑みに似合わない淡々とした声が、内緒話をしてくる。
「えっ、そ、そんな……」
「どれでも好きなのをどうぞ、葉月さん」
顔を離した朔也が、今度はよく通る声で葉月を甘やかした。
東京に住んで長い葉月だが、ここに来たのは初めてだ。
行き交う人々が意外と普通の格好をしていて安心するものの、やたらと大きいきらきらした建物に尻込みしてしまう。
「葉月さん、これからあれに入ります」
葉月の隣を歩く朔也が、道の前方にあるジュエリーショップを指差す。
「えっ、本当に……?」
横断歩道を渡っている最中なのに、葉月は立ち止まりそうになった。
その店がおしゃれに縁のない葉月ですら知っている有名ブランドだったからだ。
ビル一棟まるごとが持ち物なのか、見上げないと読めないほど高い位置に埋め込まれた金色のブランドロゴ。
一階はガラス張りになっていて、美術館のような洒落た店内が夜の通りに眩しい光を放っている。
入り口には白い大理石と黒のロートアイアンでできた大きな門がそびえ、傍らにダークスーツを着たドアマンが控えていた。
「どうしました? 行きましょう」
「い、いや、駄目だよ。こんなところ私が入っちゃ……」
「駄目じゃありません。あなたがいないと始まらないので」
うろたえる葉月を無視し、朔也が店に向かう。
ドアマンが朔也を見て微笑み、隣の葉月に視線をやって固まった。
それもそうだ。朔也は非の打ち所がない美形で、高級なスーツを着ている。
だが葉月は地味な容姿で、格好も勤務中の動きやすさを重視したブラウスとチノパンという姿だった。
──ば、場違いすぎる。帰りたい……!
──いや、きっと追い出されるよね。そのためにドアマンさんがいるんだから。
期待するが、ドアマンはためらいつつも門を開けた。
──ドアマンさん……!?
それと同時に朔也が手首を掴んでくる。
「ひっ」
「逃げないって約束したら離してあげます」
「わ、わかった。わかったよ」
「まだ駄目です。目に怯えが見える」
葉月は朔也に引きずられるように店に入った。
白を基調にした店内は広く、外から見たときと同じく美しい。
金の縁取りがついたガラスのショーケースがいくつか置いてあり、中には美術品のようなジュエリーが飾られていた。
壁にかかった広告写真を囲む額縁も、いい香りがするルームフレグランスも、すべてが高そうで緊張がつのる。
「あの、朔也くん、店員さんがこっち見てる……」
「客だからですよ」
朔也が冷静に返し、店の奥へ葉月を連行する。
──な、なんでこんなところに!? 私がいないと始まらないってどういう意味なんだろう……。
「雨宮せんせぇ!?」
不意に甲高い声がして、若い女性の店員が駆け寄ってきた。
チッ、と小さく舌打ちが聞こえたので隣を見ると、朔也が衝撃的なほど爽やかな微笑みを浮かべている。
──誰……!?
動揺する葉月をよそに、黒いスーツを着て茶髪を夜会巻きにした店員が朔也に笑いかけた。
「先生、いらっしゃいませっ」
「追川さん、こんばんは。勤務先はこちらの店舗でなかったはずでは……」
「今日は本店にヘルプで来てて! お会いできて嬉しいですぅ」
「偶然ですね。仕事以外でクライアントと会うのは控えないといけないんですが」
「やだぁ、さみしい! せっかく会えたのに……っ」
愛想よく振る舞う朔也は、それまでとは別人のようだ。
そういえば法律事務所のサイトにあった写真も笑顔だったな、と葉月は今さら思い出した。営業用の顔なのだろうか。
「偶然会えるなんて運命感じちゃいますぅ」
追川はうっとりと朔也だけを見つめている。
露骨だったが、今は無視されるのが逆にありがたかった。
「プレゼントを選びにいらしたんですか? 一階はブライダルコレクションなので、お二階にご案内しますねっ」
「いえ、ここで合ってます。今日はこの人に婚約指輪を買いに来たので」
「はっ……!?」
追川が店員にあるまじき声を出し、葉月を見やる。
葉月も慌てて朔也を見たら、彼は耳元に顔を寄せてきた。
「目的はこれです。旅行時期から逆算したら、もう注文しておかないと間に合わない。婚約したなら指輪があったほうがいいでしょう?」
浮かべた微笑みに似合わない淡々とした声が、内緒話をしてくる。
「えっ、そ、そんな……」
「どれでも好きなのをどうぞ、葉月さん」
顔を離した朔也が、今度はよく通る声で葉月を甘やかした。
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