お久しぶりです。俺と偽装婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~
5. 昔と同じだ
十五分後、二人は商店街に面したレトロな甘味処にいた。
駐車場を出たあと、朔也は「これからあなたの好きなものを食べます」と宣言し、葉月を連れ歩いた。
そして、ショーケースのあんみつに一瞬見とれた葉月を強引に店内へ連れ込んだのだ。
──気まずい……さっきから朔也くん、何も喋らないよ……。
無表情でみたらし団子を口に運んでいる朔也を、葉月は熱い緑茶をすすりながら机の向かいから盗み見た。
夕飯どきだからか店にはあまり客がおらず、BGMのクラシックのピアノがやたらと大きく聞こえる。
内装には大正ロマンなアンティーク家具があしらわれ、赤い絨毯の上を袴風の衣装を着たウエイトレスが歩いていた。
いかにも女性が喜びそうな可愛らしい店だ。
そんな中、眼鏡とダークスーツをまとった長身の朔也が黙々と甘味を食べているのは輪をかけて奇妙だった。
──なんかロボットみたいだ。おいしいのかおいしくないのかもわからない。朔也くんは甘いの好きだったはずだけど……。
──やっぱり夕飯に甘味処なんて嫌だったのかも。でも、入ろうって言ったのは朔也くんだし、一応メニューにしょっぱいものもあったし。
悩んでいたら視線が合ってしまい、とっさに笑いかけてみる。
しかし、朔也は何の反応も見せなかった。
──な、何なの……。
先ほど駐車場で朔也が葉月を見つめたとき、昔の彼を見つけたような気がした。
打ち解けられるかも、彼を理解できるかも、と期待したが、すでに心がぐらつき始めている。
──仲良くなろうって考えるのがそもそもおかしいのかな。
──でも、朔也くんはあの朔也くん、なんだよね。そんな簡単に割り切れないよ……。
「お待たせしましたー」
ぐるぐると自問自答していると、テーブルにクリーム白玉あんみつが置かれる。
店員に礼を言いつつ、葉月はすべてを忘れて目を輝かせた。
──きらきらしてる。おいしそう……!
白い陶器の中、もっちりとした白玉や瑞々しい果物が下の寒天が見えないほど贅沢に盛られている。
なめらかな餡子に、美しい球形のバニラアイス。
赤えんどう豆や薄いピンクと緑の求肥など、渋い脇役が忘れずに添えられているのも嬉しい。
「……嬉しそうですね」
向かいから話しかけられて、葉月ははっと顔を上げた。
口元が緩んでしまっていたことを悟り、熱くなった頬に慌てて手を当てる。
朔也は相変わらず何を考えているのかわからない表情をしていたが、呆れたに違いなかった。
「う、うん。甘いもの好きで……」
「でしょうね。さっきも暗い顔してたのにショーケース見た途端別人みたいになってましたから。昔と同じだ」
冷静に突っ込まれ、葉月は恥ずかしくなった。
だが、ふと気づいて朔也に問いかける。
「覚えてたの? 前もそうだったって」
「……まあ。印象的だったので」
当時の葉月は母から甘いものを禁じられており、秘密基地で朔也とこっそりお菓子を食べるのが至福のひとときだった。
そのせいか、それらを見ただけで幸せな気分になってしまう癖があるのだ。
葉月も思い出し、胸の奥が温かくなる。
「ありがとう。恥ずかしいけど……嬉しいな。私なんてもう忘れられてると思ってた」
つい気が緩んで、本音が口をついて出る。
「朔也くんとまた会えたのも嬉しいよ」
朔也の目的を考えると複雑な気持ちになるが、夢見ていた再会が叶ったのも事実だ。
もう一度笑いかけると、朔也は眉をひそめた。
そのまま目を閉じ、小さく溜め息をつく。
「……すみません、口が滑りました。昔の話をしないつもりだったのに」
苦々しい口調に心の壁を感じ、ずきっと葉月の胸が痛んだ。
──やっぱり朔也くんは私のこと、遺産を手に入れる道具としか思ってないのかも。
はしゃいでしまった自分がむなしくなる。
先ほどの朔也の言葉は、ただ単に記憶のかけらが蘇っただけだったのだろう。
「今のあなたのことを教えてください。少しは調べましたが、婚約者のふりをするには情報が足りない」
「あ、うん。私は今、区立図書館で働いてて……」
続けて説明しようとして、葉月は口ごもった。
貧乏な非正規雇用。男に縁がない。現実を見ていない。
母が評した言葉が頭に浮かんでしまう。
今の自分を朔也に見せるのが怖い。
もしがっかりされたら。駄目な人間だ、と突きつけられたら。
「……いろいろやってるけど、一応担当は児童コーナーだよ。朔也くんは弁護士さんなんだよね」
「姉から聞きましたか? よく会ってるそうですね」
「う、うん。すみれが朔也くんはすごく優秀なんだって褒めてたよ」
未練がましく検索して知った、とは言えず、葉月は頷いた。
「困ってる人を助けられるお仕事なんてすごいね」
葉月の言葉に、朔也の目が見開かれる。
──あれ? どうしたんだろう……。
先ほど車内でキスしされたあと感じた引っかかりが再び蘇る。
何かまずいことを言ったか、と葉月は焦ってもう一度口を開いた。
「そ、それになるのも大変だったでしょ? たくさん難しい試験があって。私は正規採用の試験、全然受からないの。朔也くんに比べたらほんとダメダメで……」
「そんなわけない」
フォローの最中で突然話を遮られる。
朔也は伏せていた視線を上げて、驚くほどまっすぐ葉月を見つめた。
「駄目なわけありません。俺、今日、声をかける前にあなたが働いてるのを見てたんです」
「え……そうだったの?」
「はい。あなたは子どもたちに好かれてた。あの子たちの……いや、それ以外の人たちの中にも、葉月さんに救われてる人がいるはずです。だから、俺よりよほど……」
それまで感情の見えなかった表情が、気迫すら感じるほど真剣なものに変わっている。
どうして朔也が熱弁し始めたのかはわからない。
だが、彼が本気だということはわかった。
──……私を励ましてくれてるの?
心臓が掴まれたかのように、鼓動が大きく跳ねる。
否定され続け、自信が持てなかった葉月を、朔也は肯定してくれたのだ。
不意打ちの嬉しさが押し寄せ、目頭が熱くなる。
「ありがとう……朔也くん」
「……いえ」
朔也は熱くなってしまった自分を取り繕うように眼鏡を直した。
それが照れた仕草に見えて、葉月の顔が自然と緩む。
「話しすぎました。どうぞ召し上がってください。アイスが溶ける」
「うん。いただきます」
またはぐらかされてしまったが、今度は胸が痛くならない。
──朔也くん、変わっちゃったけど……まだ優しい部分も残ってるのかも。
口に運んだあんみつは、幸せな甘さだった。
駐車場を出たあと、朔也は「これからあなたの好きなものを食べます」と宣言し、葉月を連れ歩いた。
そして、ショーケースのあんみつに一瞬見とれた葉月を強引に店内へ連れ込んだのだ。
──気まずい……さっきから朔也くん、何も喋らないよ……。
無表情でみたらし団子を口に運んでいる朔也を、葉月は熱い緑茶をすすりながら机の向かいから盗み見た。
夕飯どきだからか店にはあまり客がおらず、BGMのクラシックのピアノがやたらと大きく聞こえる。
内装には大正ロマンなアンティーク家具があしらわれ、赤い絨毯の上を袴風の衣装を着たウエイトレスが歩いていた。
いかにも女性が喜びそうな可愛らしい店だ。
そんな中、眼鏡とダークスーツをまとった長身の朔也が黙々と甘味を食べているのは輪をかけて奇妙だった。
──なんかロボットみたいだ。おいしいのかおいしくないのかもわからない。朔也くんは甘いの好きだったはずだけど……。
──やっぱり夕飯に甘味処なんて嫌だったのかも。でも、入ろうって言ったのは朔也くんだし、一応メニューにしょっぱいものもあったし。
悩んでいたら視線が合ってしまい、とっさに笑いかけてみる。
しかし、朔也は何の反応も見せなかった。
──な、何なの……。
先ほど駐車場で朔也が葉月を見つめたとき、昔の彼を見つけたような気がした。
打ち解けられるかも、彼を理解できるかも、と期待したが、すでに心がぐらつき始めている。
──仲良くなろうって考えるのがそもそもおかしいのかな。
──でも、朔也くんはあの朔也くん、なんだよね。そんな簡単に割り切れないよ……。
「お待たせしましたー」
ぐるぐると自問自答していると、テーブルにクリーム白玉あんみつが置かれる。
店員に礼を言いつつ、葉月はすべてを忘れて目を輝かせた。
──きらきらしてる。おいしそう……!
白い陶器の中、もっちりとした白玉や瑞々しい果物が下の寒天が見えないほど贅沢に盛られている。
なめらかな餡子に、美しい球形のバニラアイス。
赤えんどう豆や薄いピンクと緑の求肥など、渋い脇役が忘れずに添えられているのも嬉しい。
「……嬉しそうですね」
向かいから話しかけられて、葉月ははっと顔を上げた。
口元が緩んでしまっていたことを悟り、熱くなった頬に慌てて手を当てる。
朔也は相変わらず何を考えているのかわからない表情をしていたが、呆れたに違いなかった。
「う、うん。甘いもの好きで……」
「でしょうね。さっきも暗い顔してたのにショーケース見た途端別人みたいになってましたから。昔と同じだ」
冷静に突っ込まれ、葉月は恥ずかしくなった。
だが、ふと気づいて朔也に問いかける。
「覚えてたの? 前もそうだったって」
「……まあ。印象的だったので」
当時の葉月は母から甘いものを禁じられており、秘密基地で朔也とこっそりお菓子を食べるのが至福のひとときだった。
そのせいか、それらを見ただけで幸せな気分になってしまう癖があるのだ。
葉月も思い出し、胸の奥が温かくなる。
「ありがとう。恥ずかしいけど……嬉しいな。私なんてもう忘れられてると思ってた」
つい気が緩んで、本音が口をついて出る。
「朔也くんとまた会えたのも嬉しいよ」
朔也の目的を考えると複雑な気持ちになるが、夢見ていた再会が叶ったのも事実だ。
もう一度笑いかけると、朔也は眉をひそめた。
そのまま目を閉じ、小さく溜め息をつく。
「……すみません、口が滑りました。昔の話をしないつもりだったのに」
苦々しい口調に心の壁を感じ、ずきっと葉月の胸が痛んだ。
──やっぱり朔也くんは私のこと、遺産を手に入れる道具としか思ってないのかも。
はしゃいでしまった自分がむなしくなる。
先ほどの朔也の言葉は、ただ単に記憶のかけらが蘇っただけだったのだろう。
「今のあなたのことを教えてください。少しは調べましたが、婚約者のふりをするには情報が足りない」
「あ、うん。私は今、区立図書館で働いてて……」
続けて説明しようとして、葉月は口ごもった。
貧乏な非正規雇用。男に縁がない。現実を見ていない。
母が評した言葉が頭に浮かんでしまう。
今の自分を朔也に見せるのが怖い。
もしがっかりされたら。駄目な人間だ、と突きつけられたら。
「……いろいろやってるけど、一応担当は児童コーナーだよ。朔也くんは弁護士さんなんだよね」
「姉から聞きましたか? よく会ってるそうですね」
「う、うん。すみれが朔也くんはすごく優秀なんだって褒めてたよ」
未練がましく検索して知った、とは言えず、葉月は頷いた。
「困ってる人を助けられるお仕事なんてすごいね」
葉月の言葉に、朔也の目が見開かれる。
──あれ? どうしたんだろう……。
先ほど車内でキスしされたあと感じた引っかかりが再び蘇る。
何かまずいことを言ったか、と葉月は焦ってもう一度口を開いた。
「そ、それになるのも大変だったでしょ? たくさん難しい試験があって。私は正規採用の試験、全然受からないの。朔也くんに比べたらほんとダメダメで……」
「そんなわけない」
フォローの最中で突然話を遮られる。
朔也は伏せていた視線を上げて、驚くほどまっすぐ葉月を見つめた。
「駄目なわけありません。俺、今日、声をかける前にあなたが働いてるのを見てたんです」
「え……そうだったの?」
「はい。あなたは子どもたちに好かれてた。あの子たちの……いや、それ以外の人たちの中にも、葉月さんに救われてる人がいるはずです。だから、俺よりよほど……」
それまで感情の見えなかった表情が、気迫すら感じるほど真剣なものに変わっている。
どうして朔也が熱弁し始めたのかはわからない。
だが、彼が本気だということはわかった。
──……私を励ましてくれてるの?
心臓が掴まれたかのように、鼓動が大きく跳ねる。
否定され続け、自信が持てなかった葉月を、朔也は肯定してくれたのだ。
不意打ちの嬉しさが押し寄せ、目頭が熱くなる。
「ありがとう……朔也くん」
「……いえ」
朔也は熱くなってしまった自分を取り繕うように眼鏡を直した。
それが照れた仕草に見えて、葉月の顔が自然と緩む。
「話しすぎました。どうぞ召し上がってください。アイスが溶ける」
「うん。いただきます」
またはぐらかされてしまったが、今度は胸が痛くならない。
──朔也くん、変わっちゃったけど……まだ優しい部分も残ってるのかも。
口に運んだあんみつは、幸せな甘さだった。
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