新米吸血鬼は共存の夢を見るか

笑顔付き

第3話

立ちはだかるリーリアの顔は酷く張り詰めている。瞳には強い意志。引かないという強い意志。守っている。女性を。私から。食べせるわけにはいかないと。わかっている筈だ。私が、鬼が、人を食わなければいけないと。

「どうした、何故そこに立つ?」
「貴方に、人は殺させない」
「ふん、敬えと言った筈じゃがな、人間。それに今更じゃ。儂は数百年、数千年生きておる。食料として食べた事もあれば、ただ何となく人を殺した事もある。つい先程も殺す必要のない人間隊士達を殺してきた」
「だとしても! 話す事ができるなら、そして鬼になって尚、私の自由にしてよいのなら、私は諦めません。人と鬼が仲良く暮らせるように会話する事を諦めない。助けてもらった命は、その為に使います」
「もし、わしと敵対することになってもか?」
「いいえ」

首を大きく振って、否定した。

「私は貴方と話し合いたい。無意味な殺戮を止めたい。もっとちゃんと話して、人とヴァンパイアが笑って生きていける、そんな未来を作る第一歩になりたい」
「では、それこそ疑問じゃな。その女は儂に喰われる覚悟をしてやってきた。雨を降らせる対価として命を差し出す。正当な取引。人間にできない事を儂がやる。儂が欲しいものを人間は差し出す。それが命だっただけの話じゃよ。本人も死ぬ覚悟があってここにきた。その想いはどこへ行く」

庇われている女性も大きく頷き、リーリアに食ってかかっていった。

「良いのです! 見知らぬお方。鬼姫神様は雨を、水を恵んでくださいました。このままでは飢えて死ぬ筈だった夫や息子といった家族、それに村の人達を助けてくれたのです。その対価として差し出すのが私の命ならば、私はそれを受け入れます」
「本当に良いと思っているんですか!? 貴方はそれで良いのかもしれません。村を救い、子供を旦那さんに託して、それで良いのかもしれません。ですが、残された者の気持ちは考えた事はありますか?」
「残された者の……気持ち?」
「私には貴方の家族の事や村の事は分かりません。でも人が死ぬというのは、とても悲しい事なんです! 二度と会えなくなるんです!」
「だったら、どうしろっていうんですか! 雨がなければ! 鬼姫神様に頼らねば生きられない! 残された者なんて考える余裕すらないんです! 鬼姫神様が正当なお方です。対価に身を差し出せば、その分の見返りを下さいます! その証拠に、私を食べる前に雨を降らせて下さいました! 心置きなく逝けるようにと! 生きる為に! 生かす為に! 私はここで死ぬのです! 部外者が口を挟まないでください!」

強い気迫を持った女性の言葉は、リーリアの顔を歪ませた。それはどうしようもないほど正論で筋の通った言葉だったからだ。これは私と村の契約。生贄と引き換えに命を差し出す。
一ヶ月で一人。作物を、雨を、土砂を、建築を、傷を。
儂が人を殺すのならば殺さないように説得するつもりだったのだろう。人間としての倫理や絆を説けば、喰うのをやめると思ったのだろう。

その認識は正しい。私はベルサイユ・アルキメデス・ローゼンベルクとして、吸血鬼として役割を働くのがすごく苦手だ。尊大な口調や態度で誤魔化しても、家族の愛や友との絆といったものに滅法弱く、同情してしまう。そして羨ましい。だからそうやって説法をされたなら、もしかしたら、傲慢不遜な口調で見逃すかもしれなかった。

『興が乗らん』なんて言ったりして。

だが、現実は逆だった。人間の方がヴァンパイアに喰われたがっている。儂という大きすぎる力に怯えているのではない。無理矢理命を差し出しているのではない。自分の家族を、そして多くの人の命を生かす為に最善だと信じて喰われにやってきている。

その生き方はまるで、ヴァンパイアハンターのようだと思った。ヴァンパイアという理不尽に命を奪っていく化物に、自らの命を賭して立ち向かっていく。力や知識、戦い方は違うだろう。刀を持って戦ったりはしない。だけど自分の命を賭して大切なものを生かそうとするその生き方は、同じだと私は思った。

「どいてください! 私はここで死ななければならないのです! 家族との別れも済ませました! 多くの者に悼んで頂けました! 前に捧げられた方のお陰で、そして鬼姫神様のおかげで本当の鬼に怯える事なく生きる事ができました! 私は十分幸せだったのです! だから……だからこそ! この命を次に繋がなければいきません!」
「……ッ! でも! 会話ができるんです! 殺す殺されるだけじゃない、そんな風に覚悟を決めて食べられに来るくらい共存できるのなら、殺さないで済む方法がある筈なんです。妥協点がある筈なの、きっと。考えれば、きっと。何か方法が。だから!」

リーリアは涙を流しながら、必死に私達二人を説得しようとしている。リーリアは『人と鬼が仲良く暮らす』そんな事を口していたと噂で聞いた。そして人の為に雨を降らせ、吸血鬼の為に血肉を差し出す。もしここに『命』が関連しなければお互いがお互いを支え合う共存関係がそこにある。

リーリアの夢がそこにある。だから、こんなにも必死なのだろう。だからこんなにも、命が失われる事を止めたいのだろう。自分の夢がすぐそばにあって、それがもう少しで叶いそうだから、幸せな夢を現実にしたいんだ。

「もし、そんな方法があったとしてじゃ。それを受け入れるかはまた別の話になってくるとは思わんか?」
「……え」

はっきり言ってしまうと、私はもう女性を食べる気分ではなくなっていた。あまりの覚悟した姿に、尊さを覚えてしまった。それを私が喰らい、失わせるのはあまりにも惜しいと思った。

だが、ここで引くのは吸血鬼、ヴァンパイアらしくないと、私は思った。本当はどうかはわからない。他の同族ならリーリアごと喰らうのかもしれない。だけど、それでも私はこの人を食いたくなかった。それでも演じなければならない。それが命を救ってくれた彼にできる唯一の恩返しなのだから。

「儂は鬼じゃ。吸血鬼じゃ。ヴァンパイアじゃ。人を喰らい、弄ぶ化物じゃ。人間と共存? する必要があるのかのぅ? この儂が。人よりも優れているこの儂が! わざわざ下等生物の為に妥協してやる義理がどこにある! 分かっていないようだからハッキリと言おう、花柱。儂が殺した人間は数千はくだらんよ。そこに今日、また一人加わるだけの話じゃ。そして村を助けているのは供物の契約があるからじゃ。善意などではない」
「……」
「なら、どうして私を助けたの?」
「気紛れじゃよ」
「本当に? ローゼンベルクさん……いやベルサイユさん、貴方は私が初めの眷属だと言いました。特別だと。ただの人間の私に、どうしてそこまでする義理があるんですか?」
「……」
「何かあるとすれば、私が人と鬼が仲良くしたいと言っていたから、ではないですか?」
「……」

……。
…………。

「だったら貴方にも、人と仲良くしたい。対等になりたいと思う気持ちがあるんじゃないですか?」
「……」
「そうじゃないなら、わざわざ私を助ける理由がありません。だから、鬼や人間ではなく、貴方個人の意見を、私は聞きたいんです」

……。
…………。
………………。

「確かに、興味を持った。うぬを助けたのは興味があったからじゃ。鬼と人が仲良く暮らすなんて言うのは一体どんな者なのか、気になった。そして、最後の最後まで、ヴァンパイアと仲良くする夢を曲げず、ヴァンパイアと名乗った儂に最後の言葉を託す姿を見て、本当だと思った」
「私は、ヴァンパイアと人が仲良く暮らす世界を夢見ています。そしてローゼンベルクさんが過去に人を殺してきた罪が消えるわけじゃありません。ですが、それと同時に人を助けてきた善行も消えるわけじゃありません」
「それで?」
「私は、ここが私達の分水嶺だと思っています。吸血鬼として人を喰らい続けるか、それに抗って人と暮らす道を探るかです。私も、貴方に救われた命です。ですから貴方の罪を私も背負います。代わりに、私の願いを叶える手伝いをしてもらえないでしょうか?」
「…………」

他のヴァンパイアなら、どう答えるのだろう。
私はベルサイユ・アルキメデス・ローゼンベルクという存在は最強の存在。
私は、一体、どうするべきなのだろう……。

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