新米吸血鬼は共存の夢を見るか

笑顔付き

第1話


ヴァンパイアハンターのリーリアはヴァンパイアと仲良くなりたいらしい。その噂を聞いてやってくれば、彼女は死に体だった。
リーリアが戦っていた吸血鬼は氷を操る能力を持っていたようで、肺を凍らされてしまったらしい。彼女はもうすぐ死ぬ。見殺しにするのは簡単だった。私は吸血鬼で、相手はヴァンパイアハンター、殺す方が良いだろう。

だが私も、このヴァンパイアハンターも、同族に異常と呼ばれる類のものだ。
吸血鬼として、鬼とは隔絶したパワーを持つ私。
人間として、天敵である吸血鬼と仲良くなりたいと言うヴァンパイアハンター。

だから、少し話をしてみたかった。しかしリーリアはもう死んでしまう。人間ではもう生きるのは不可能だ。そこで、思いついたのは、このリーリアを吸血鬼化させて眷属とする事だ。
本人の意思を確認せず、吸血鬼化させるのは少し申し訳ない気がする。だけどこのまま死なせるよりは良いと思う。もし吸血鬼として生きるのが辛いのであれば殺せば良い。吸血鬼と仲良くしたいなんて面白い思想を抱く人間を、今ここで死なせるのは、あまりにも惜しい。

「うぬはこれから死ぬ」
「……あが、はっ」
「最後に言い残す事はあるかのぅ? 人間として最後の言葉を言うがいい。リーリア」

人間を吸血鬼にするなんて初めての経験だ。失敗するかもしれない。それに吸血鬼になったら、もう人間と関わるのは不可能だろう。だからこそ、人間として最後の言葉を聞く義務……いや、聞きたいと私は思った。

「貴方は、吸血鬼?」
「ああ、吸血鬼じゃ。貴方の家族に最後の言葉を伝えやる。早く言え、死ぬぞ」

するとリーリアは何を思ったのか目を見開いて、笑った。

「……貴方ともう少し早く出逢いたかった。そうすれば、もっと、たくさん、お話、できたのに」

一言喋る毎に苦しそうな呼吸をするリーリアに心が痛む。自分の指を人差しで切り裂いて、その血で傷を修復してやる。肺を治す事はできないが、体の損傷は大幅に減った筈だ。最後の会話を引き伸ばす事はできただろう。

「世の中、ままならないものじゃな。私も貴方の噂を聞いて探しておった。吸血鬼と仲良くしたいと言う変わり者。見つけた時にはもう死ぬ寸前とはの」
「本当に、残念。でも、貴方はとても綺麗で、優しい……吸血鬼なんですね。最後に夢が叶って……良かった」
「心残りはもうないのか」
「リメリア……妹がいるんです。あの子に……は、鬼殺隊をやめて……幸せになってと、伝えたかった」
「良いでしょう。その言葉、一言違わず伝えると約束しよう」
「ありが、とう」
「では、さようなら」

がぶり。
ヴァンパイアハンターの少女の首元に噛み付いた。そして血を吸う。捕食とは違い、眷属にしようと思って血を吸う。その後、私は手首を切って、私の血を飲ませてみた。己の血を与えたのだ。

血を吸い尽くし、空っぽになった器に吸血鬼が入れられれば、それはもう吸血鬼になるしかないだろう。

眷属化が成功したかどうかは分からないが、吸血鬼化には成功した。
ヴァンパイアハンターの少女は規則正しい寝息をたてている。口元を確認すれば鋭く尖った牙が見える。あとは知能が後退していなければ眷属化は成功していると言える。

私は少女を抱え、拠点に戻ることとした。私を神と崇めて、供物を差し出してくるあの場所に。
ジャンプする。地面が抉れ、体が宙へ跳ね上がる。一定の高さまで上がれば、そこからは翼を生やして自由に空を飛びながら目的地へ一直線だ。

社は変わらず綺麗なままだった。リーリアを転がし、暴走して暴れないように縛り付け後、再び飛翔した。リーリアの最後の言葉を伝える為にだ。

場所は匂いを嗅げばわかった。一度リーリア匂いを覚えれば、どこにいるか判別できる。全速力でそこに向えば、目的地にはすぐに着いた。
空からドン! と派手に着地した。足が地面に突き刺さっている。それを引き抜き、屋敷の方へ歩いていく。屋敷の中からは着地音を聞いて何事かと慌てた様子でヴァンパイアハンター達が出てきた。
ぐるり、と見回してリーリアの妹がいるかどうか確認する。いないようだった。

「リーリアの妹子はいるか? 彼女の人間としての最後の言葉を届けにきた。ついでにこれもな」

私を取り囲むハンター達に見せつけるように彼女の羽織を持ち出した。それを見たハンター達はざわめき始める。

「まさか本当にリーリア様が!?」
「相手は吸血鬼だ。欺瞞情報かもしれん」
「じゃああの羽織はどう説明する!?」
「こいつは前に襲撃してきたやつだ。リーリア様を探してた」
「って事は本当にリーリア様はやられちまったのか!?」
「お前の目的は何だ! 吸血鬼!」

匂いは近くにある。だが肝心のリーリアの妹の姿が見当たらない。さて、これはどうしたものか。皆殺しでも構わんが、わざわざ殺す必要もない。どうでも良い。

「目的? いなことを訊くのう。言った筈じゃがな、リーリアの妹子はどこだ、と。最後の言葉を聞かせてやる約束じゃ。人間相手とはいえ、最後の約束くらいは守る良心は持ち合わせておるわ。さぁ、もう一度訊くぞ、リーリアの妹子のリメリアはどこにいる」
「死ね、吸血鬼」
「うん?」

背後からずぶり、と刀が刺される。後ろを振り向けば、蝶の髪飾り。蝶の羽織。花柱の妹子がいた。

「私には吸血鬼の頚を切る力はない。だが、それでもお前を殺す毒はある」
「ほう? 毒とな」
「聖水から抽出した毒だ。吸血鬼の貴様には猛毒だろう。さぁ、死ぬ前に姉の居場所を吐け」
「うふふっ」

自信満々な姿に思わず笑ってしまった。

「貴方のお姉さんはとっくに人間ではなくなりました。まぁ、良い感じだし、伝えてあげます。貴方の姉の最後の言葉は、ヴァンパイアハンターをやめて幸せに生きて、だそうよ」

瞬間、刀に強い力が篭った。

「お前が! 姉を殺したお前がそれを言うのか!?」

刺さっている刃を上に引き上げようとするが、女、しかも吸血鬼の頚を切れないとされるリーリアの妹子の力では私の体を切り裂く事は出来ない。だから手伝ってやった。刀を掴み、強引に上へ引き上げる。上半身が真っ二つになるが、すぐに再生し、刀を掴んだままの妹子は空中に放り出されて地面に叩きつけられた。

「うぅん、刀。刀のぅ。正直要らないのだよなぁ。戦利品としてもらっておくとするかの。毒を使うヴァンパイアハンターはレアものだろうし。羽織と交換としよう」

刀を弄びながら、リーリアの羽織を妹子に投げ渡す。リーリアの妹子は、血反吐を吐きながら地面に這いつくばっていた。受け身も取れず地面に叩きつけられたのだ。相当な衝撃があったのだろう。

「なんで、姉さんを殺した! 何の恨みがあって!」
「何も」
「何も……?」
「興味があったのは事実です。人の身でありなから、鬼と仲良くしようとする狂人と。あの状況では成り行き上仕方なく、といった感じね」
「成り行き上……? 仕方なく……? そんな、そんな理由で?」
「しかし彼女の血は美味かった。ヴァンパイアハンターなる者はみんなそうなのか? それともリーリア特別なのか? もしヴァンパイアハンターの血がこんなに美味ならヴァンパイアハンター狩りをするのも楽しいかもしれんな。他の美味しいヴァンパイアハンターはどこにいる?」
「言う、と思うのか」
「言わないだろうな。用は済んだし帰るとしよう」

背中からコウモリの羽を生やして飛ぼうすると、周りを囲っていたヴァンパイアハンター達が一斉に襲いかかってきた。どうやらただでは逃してはくれないらしい。なので手を植物に変えて全方位に射出する。
高速で射出される植物の槍は、花柱の妹子を残して全ての隊士を串刺しにした。突き刺した隊士達を一人一人丁寧にたぐり寄せて、ミキサーにかけた後、咀嚼する。味はまぁまぁ。特別美味ではないが、社で供物として捧げられる一般人よりは美味い。

「あ、ああッ。あああああ!」

リーリアの妹御は発狂したように叫びながら、落ちていた刀を手にこちらへ向かってくる。触れれば殺してしまいそうなので睨み付けて吹き飛ばした。妹御は屋敷の中で血塗れになって倒れていた。手加減したので死んではいない筈だが、心配になって血を一滴垂らす。するとみるみるうちに傷は修復され、無傷の妹子がそこにいた。
リーリアの妹子は鋭い目つきでこちらを睨み付けている。

「私は帰るが……そうだ、思い出した。ああ、名乗るのを忘れていた。いや、リーリアを見つける前に名乗りましたか? 記憶が曖昧です。まぁよい。もう一度、名乗り直そう。この名前は私のアイデンティティだものよな。私はベルサイユ・アルキメデス・ローゼンベルク。吸血鬼じゃ」
「私は、お前を、殺す。いつか、必ずお前の頚を刎ねる」
「ふふ、楽しみにしとるわ。その心意気は良し。今宵はこれまで。さようならリメリア」

さぁ、私の眷属第一号は目覚めているだろうか?

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