Magic&Steel~対魔物闘歴~

卯月霧葉

王からの提案


「見えてきたぞ。あそこが王都だ」
 早朝から馬車を乗り継ぐ事3度、エドガーがついに到着する事を告げた。
「セントラルフォースは初めて来るからな。どんな所か楽しみだな」
「あたしも初めてだから、少しだけ興味があるね」
 馬車から前方を覗きながら、繋一達は感想を漏らす。
「すみません。昨日から1つ気になっていたのですが、ここは本当にセントラルフォースなのですか? あまり見覚えも無いし、もっと遠くだった気がするのですが」
 テンが疑問を発し、視線が彼女に集まる。
「そういや、200年前は大陸全土に人が済んでたんだっけか。俺らにしたら、その方が信じられない話なんだけどな」
「やはり、魔物が原因なんですか?」
「らしいんだけど、俺は陽出を出てから数年だから、その辺あんま詳しくないんだよなぁ。エドガーなら分かるか?」
 エドガーが頷き、繋一から言葉を引継いで説明し始める。
「大陸中央部、かつてのセントラルフォースで魔物が突如発生。そこから大陸中に広がった事と魔鉄の存在が生まれた事が重なって、戦争は終結した。それは分かるか?」
「えぇ。覚えていますよ」
 エドガーの話に対し、懐かしむように頷くテン。
「問題はその後の魔物戦でな。倒しても倒しても湧いて出てくるうえに、疲れ知らずで異様な殺意の魔物相手に、人類は領土を捨てて東北側に領土を寄せる形で後退したんだ。この辺は戦争が終わってて助かった部分だな」
「終戦していたから、合意が得られたんですね」
「すんなりとは行かなかったらしいが、そんな事言ってる場合じゃなかったんだろうな」
 直前まで争っていた相手との話し合いなど、そう簡単に行くはずもない。
かといって、再び人類同士での争いが起これば、魔物の対処は更に遅れて滅亡する。そんな事態だからこそ、互いに折り合いがつけられたのだろう。
「それを繰り返した結果、人の住める場所は大陸の東北側の3割程度と、何故か魔物の居ない陽出だけさ。途中で魔物が出てこなけりゃ、数日もあれば馬車で東西横断も出来るぞ」
「それなら、知らない場所にあるはずですね。ありがとうございました」
 知っているはずの物が、知らない場所にある。
 それはどんな気持ちなのだろうかと思いながら、繋一は近づきつつある王都を再び見た。
 それから間もなく、王都の門をくぐり馬車が到着する。
 エドガーが料金を払い降りてみると、そこには活気溢れる城下町が広がっていた。
「おぉ、すっげぇ」
「昨日あんな事があったとは思えない位、ここは平和だね」
 それぞれ感想を漏らしつつ、目の前の景色を見渡す。
 高級感ある煉瓦製の建物群もさる事ながら、行き交う人々にも品格が感じられるのは、流石は王都といった所か。
 そんな穏やかな広場だが、左手側の一角だけ、空気が違っている。
「魔物は、神からの試練だ!」
 それは、傷んだ灰色のローブを着た男が大声を出しているからだ。住人達は、怪しい物を見る目で見つつも無視して通り過ぎている。
「魔物が人しか襲わないのは、人が罪深い存在だからだ。故にそれは試練であり、分かりあい共存を果たせば神は我々を助けてくださる! 現に他の動植物は無事だのに、何故貴方達はそれが分からない!?」
 必死な形相で語る男に、誰も構わない。
「何だありゃ?」
「最近は妙な狂信者が多いんだよ。あいつみたいに共存を語る他にも、神からの罰だって言う奴も居る。他の動植物は全部無事ってのは、確かに本当なんだがな」
「嫌な時代だね」
 不可思議な物を見る目の繋一と違い、エドガーとノーラは冷めた感想を漏らす。最早見慣れたとでも言いたげだ。
 繋一達は目的もあるので、それ以上気に留める事は無く、中央にある城へと向かう。
町にも外壁が備わっていたが、それとは別に城を囲う城門も存在している。中心地であろうとも常に魔物の危険が存在している、現代ならではの備えだ。
 エドガーが険しい表情で立つ門衛に声をかける。
「よう。例の精霊と契約者、それとその仲間だ。通してもらうぞ」
「了解しました。少々お待ちください」
 門衛が慌ただしく中へと走っていく。
 数分後に門衛は再び慌ただしく戻ってくる。
「王は玉座でお待ちです。お通り下さい」
 そこから先はエドガーが先に立ち真っ直ぐに進み城門をくぐり、真っすぐ進んだ先の大きな扉を開けた先には、玉座に座る王が居た。
 白ひげを顎にたくわえた、初老の男性だ。
「エドガー君、よく無事に戻ってきてくれたね。後ろに居る子達が、君が報告してくれた者達かい?」
 穏やかな口調で問う彼に対し、エドガーは頷いて応じる。
「えぇ。こっちの青年が、その精霊と契約した繋一。こっちの少女は、彼の仲間のノーラ」
「繋一です」
「どうも」
 エドガーに促される形で繋一は一礼、ノーラは言葉だけで挨拶を交わす。
「私の名はダリオだ。これほど若い事には驚きだが、契約精との出会いは運命だという。年は関係ないのだろう。では、改めて君達をここに呼んだ理由を話すとしよう」
 一拍置き、本題が話し始められる。
「最初は利用される者を助け出すだけのつもりだったが、それだけでは助けだしてもエアストとノルスからは追われる事になり、居場所が無いはずだ。けれど、君達にはやる事がある。そうだね?」
「エドガーと一緒に来てくれた人達から聞いたんですか?」
「彼らは昨日の内に戻って、救助の成功を伝えてくれたよ。そして亡くなったジェイク君から、最期に君達にも目的があるという事を伝えられたと、言っていたよ」
 ダリオの言葉で、エドガーの表情が寂しげなものに変わった。彼はその変化に気付いたが、あえて何も言わずに話を続ける。
「私は君達が奴らに悪用される事を望まないが、目的がある以上どうしても動かざるを得ないのだろう。そこで、互いに協力する立場を取りたいと思うのだが、いかがだろうか?」
 確かに、繋一達にとって一国が協力者になってくれる事は頼もしいが、即決できるものでもない。
 繋一は少し考えて問う。
「協力って言っても、俺らに出来る事は少ないですよ。具体的には?」
「この国で起こった問題解決や、対魔物の防衛に当たってもらいたい。代わりに、君達の身分の保証と求める情報収集を手伝おう」
「ダリオ様、やはりその案は反対でございます」
 突如として、左右に控えた兵の中で一番ダリオに近く、1人だけ纏った装備が豪華な兵が意見してきた。
 ダリオの表情が困った物へと変わる。
「昨日も言ったであろう。こちらからの案としてこれ以上の物は無いと」
「お言葉ですが、保護した2人は精霊と契約こそしているもののまだ子供。しかも1人は獣人のような目をした人間など、いかにも怪しいではないですか」
「ではどうするというのだ」
「保護する事は東北2国に対して大事ですが、こちらが譲歩して手伝う事などありません。正直、それに値する相手には見えませんよ」
 どうやら、救助が緊急的な作戦であったが故に、国内での意見は纏まっていなかったようだ。
 そんな事はどうでもいいのだが、明らかに見下した発言と共に、繋一には許せない内容があった。
「あんたなぁ――」
「じゃあ何、あたしがあんた以上だって証明すればいいわけ?」
 繋一の言葉を遮るよう、ノーラが兵へと尋ねる。
「面白い、ならば私をこの場で倒してみろ。王、いいですね?」
「全く、話をこじらせおって……ただし、お前もそこまで言うなら、怪我などさせるなよ」
 ダリオが呆れたように手で合図すると、他の兵たちは壁際まで後退していく。
 数メートル四方の、まるで御前試合のような場が出来上がった。
「おいおい、ノーラ」
 繋一はもっと穏便に済ませられないかと考えながら、挑発的な発言をしたノーラを諫めようと声をかける。
「何?」
 しかし、彼女の顔を見た瞬間、考えは全て吹き飛んだ。
 その表情には、繋一を認めていなかった頃の面倒さや、侮辱された相手への怒りも無い。否、完全な無感情の表情だった。
 声をかけたものの、何を言っていいか分からなくなる繋一。
「……殺すなよ?」
 自分でも何故そんな事を言ったのか理解できない。だが、本能がそれだけは伝えなければと感じ、気付けば口にしていた。
 ノーラは一瞬だけ驚いたような顔になったが、すぐに普段の憮然とした表情へと戻る。
「はいはい、分かってるよ。そんな事しないって」
 ノーラとアインが中央に進み出て、いつものように魔力を纏わせた武器を手にした。
 兵の男は感心したようにしつつも、物怖じすることなく条件を伝える。
「私が気絶するか降参したならば、認めてやろう。さぁ、やってみるがいい」
 どこか余裕そうにしつつも、真剣な表情で彼が武器を構えた瞬間、ノーラが動く。
 勝負は一瞬だった。
 剣は根元から叩き折られ、鎧も所々が衝撃に耐えきれず剥がれ落ちた状態で地面に倒れ伏している。
 一方のノーラは無傷。完全勝利だ。
 結果を予想だにしていなかった繋一以外の者達は、目の前の結果に唖然とするか、周囲の者と囁きあい、一帯は騒然となる。
「そ、そんな馬鹿な……」
「繋一に感謝しな。あんたが怪我しないで済んだのは、あいつのおかげなんだからね」
 ノーラは吐き捨てるように言うと武器を鞘に戻して、繋一の下へと戻った。
「やるなぁ」
「まさか、あたしがあんな奴に負けると思った?」
「いやいや、無傷で勝つのは大変だから、流石だと思ってな」
 相手に危害を加えずに勝利するというのは、その実難しく、相当の実力差が無いと不可能だ。
しかし繋一が一番驚いたのは、あんな表情をしていたノーラが無傷で済ませた事だった。あえて言いはしなかったが、相手に大怪我させるのではと、心のどこかで心配していたのが本音だ。
ダリオが、敗北感を叩き込まれ動けなくなっている兵に問いかける。
「満足したか?」
「はい、余計な事を言ってしまい、すみませんでした……」
 まだどこか呆然としつつも、謝罪の言葉を口にした。
 ダリオが一度手を叩く。すると兵達は我に返り、慌ただしくしつつも先程の左右の列へとすぐに戻った。
彼は仕切り直す様に咳払いを1度して、再び話を本題へと戻す。
「君達の実力も判明し、互いに協力する利点があるとはっきりした。私の提案、受けていただけるかな?」
 実力を証明したのは良いのだが、繋一はあまり気乗りしていなかった。
「俺は、ちょっとなぁ。ノーラは?」
「あたしも嫌だね。協力と防衛なんて、ほとんど軍属と変わらないじゃない」
 どうやらノーラも同意見のようだ。
「なら、君達はどうしたいんだね?」
「俺らは別に、協力して欲しいとかは無いんですよ。利用される事なく、自由に行動出来ればそれでいい」
「我々に保護を受けるために、エドガー君についてきたのではないのか」
 意外だと言いたげに尋ねるダリオに、繋一ははっきりと告げた。
「話は聞くって約束したもんで。それに応えなきゃうかばれない奴も居るから、それで来たんですよ」
 繋一の断言を聞いてやや沈黙があった後、笑い声が響き渡る。
「協力も保護も目的じゃなく、ただ約束のためか。そりゃいいや」
 声の正体は、それまで黙っていたエドガーだった。
「エドガー、いきなり笑いだしてどうしたんだよ?」
「お前らの事がよく分かって、俺も決めた事があってな。ダリオさん、俺から1つ提案があるんだが、いいか?」
「言ってみたまえ」
 エドガーはまるで、生き甲斐でも見つけたかのように、楽しそうに笑いながら内容を口にする。
「この2人は、俺の協力者って事にしよう。お互い相手に何かあれば、俺が間に入って判断出来るし、それなら国内で活動するのも問題ないはずだ。法に触れるような事は、俺が止めれるしな」
「あたしらは、別に協力とかはどうでもいいんだけど」
「まぁまぁ、ここは俺に合わせてくれ。悪いようにはしないからさ」
 不満を漏らすノーラに、小声で返すエドガー。
「確かに、エドガー君の案ならば、自然な形で落ち着くだろう。2人はそれで構わんのかね?」
 繋一は一度エドガーを見る。彼は任せろと目で語っていた。
「それなら、いいですよ」
「繋一が言うなら、それで」
 2人の返答に、ダリオが満足そうに頷く。
「では、決まりだな。エドガー君の協力者ならば、また会う機会もあるだろうから、その時を楽しみにしているよ。では、今日はここまでだ。来てくれてありがとう」
 エドガーと繋一はダリオに一礼し、ノーラも彼らに続き3人で城を後にする。

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