Magic&Steel~対魔物闘歴~

卯月霧葉

到着


 激しい音が、一帯に響き渡る。
 だがそれは、魔物の腕が肉と大地を捉えた音ではなく、金属を全力で叩いたような音だった。
 何が起きたか分からないまま慌てて近寄っていくと、ノーラ達の前に、1人の男性が立っている。
「ふぅ。ギリギリだったが、間に合ってよかった」
 言葉を漏らす身軽な恰好をした男は、虎の耳と尻尾が生えている事から、獣人だと見て取れる。そして獣人特有の左が赤、右が黒色の目をした、20代半ばと思しき顔立ちだ。
 彼は両腕と両足を真っ赤な炎で燃え上がらせて、魔物の腕の形にひしゃげた銃を手にしている。どうやら彼が受け止めた事で、2人は無事だったようだ。
「あんたは、一体……?」
「ジェイクの主だ。他にも色々話はあるが、そいつは後でいいだろ、っと!」
 男は最低限だけ伝えると、腕に力を込めて強引に魔物を押し返した。
「そうだ、ジェイクは!?」
 繋一が近寄ると、アインが首を横に振る。
「まだ生きちゃいるが、無理だな」
「そんな……」
 目の前で岩肌を背に横たわるジェイク。
 左の脇腹が完全に抉り取られ、肋骨が血で隠れているような状態だ。右腕と右足も潰れて折れており、微かな呼吸が辛うじて生きている事を伝えてくる。
「人種差別をしないこと以外は典型的な霊人だったが、悪い奴じゃなかったよ」
 背中越しに、獣人の男性の悲し気な声が聞こえてきた。
「すまない、俺らのせいで」
「あんたらが謝る事じゃないさ。ジェイクは死ぬ可能性も分かったうえで、自分が行くと言い出したんだからな」
 彼は完全に壊れた銃を投げ捨てると、魔物を見据えたまま声をかけてくる。
「それより、注意してくれよ。こんなとこで君らに死なれちゃ、それこそジェイクの努力が無駄になっちまう」
「そいつは強化の魔術で強襲してくるんだ。おまけに地の魔力で、ああやって魔力を溜めてる間の防御も万全なんだ」
 彼の言葉で繋一は気を引き締めなおし、情報を伝えた。
「なるほど、それで足止めをくってたのか。なら、後は俺達に任せてくれ」
 彼が指笛を鳴らすと、魔物の足元目掛けて複数の魔力が飛来する。足場の崩れた魔物は巨体が仇となり、体勢を崩して地面に倒れこんだ。
 何が起こったか分からず困惑する繋一達を庇うよう、複数人が魔物へと立ちはだかる。人間、霊人、獣人。3種族様々の人々だ。
「エドガー様。この場は我々に任せて、あの方と脱出を」
「分かった、頼んだぞ。そこの2人、俺について来てくれ!」
 繋一とアインは顔を合わせ、互いに頷くと、エドガーと呼ばれた獣人の男と共に、西へと走り始める。
「後10分も走れば、セントラルフォースの国領の村に入って、あいつらも自由に出来なくなる。大変だろうけど、気張ってくれ」
 エドガーの言葉を受けて走り続ける事数分、彼の言葉通り村が見えてきた。
 そのまま止まることなく平原を駆け抜けて、なだれ込むように村に入ったところでようやく足を止める。
「これで、やっと一息つけるのか」
 猿の魔物とずっと戦っていた繋一は特に疲労しており、緊張の糸が切れて、倒れるようにその場に座りこんだ。
「人間の君には無理させて悪かったな。けど、もう安心だ」
 好意的な笑顔でエドガーが答える。
 精霊であるアインは当然としても、エドガーも約10分間も走り続けたというのに息があがってすらいない。流石は魔力こそ低いが、身体能力では人類一と言われる獣人の体力だ。
「で、あんたは結局何者なわけ?」
 アインの上でしばらく休んだおかげか、大分元気の戻ってきたノーラが問いかける。
「おっと、まだ名乗っても居なかったもんな。俺はエドガー・フロイント。よろしくな」
「俺は繋一。銀繋一だ」
「エドガー・フロイント……!?」
 無警戒に名乗り返す繋一とは対照的に、ノーラは名を聞いた途端、アインの背から飛び降りて武器を手に掛けた。
「お、おいノーラ。どうした?」
「どうしたじゃないよ。西遊王の再来とも言われるあんたが、どうしてこんな所に居るのよ」
 まるで毛を逆立てて威嚇する猫のように、彼女はエドガーを睨みつける。
「え、あんた王様なの?」
 何も知らなかった繋一は、驚いて尋ねた。
「俺は息子の1人にしかすぎないよ。一部の人はそこのお嬢ちゃんが言ったような呼び方で贔屓目に見てるけど、俺自身はそんなに有名でもないさ」
 あまりにも自然な口調で語ってはいるが、王子という重大な立場ではあるようだ。
「もっかい言うよ。何が目的なの?」
「うーん、後から黙ってただの何だの言われたくないから、分かるように名乗ったんだけどなぁ」
 エドガーは困ったような表情でぼやき、一度言葉を切ってから説明しだす。
「ジェイクから、王都を目指してるのは聞いたか?」
「それは聞いた」
「1年くらい前だったかな、セントラルフォース王から相談があったんだ。最近、霊人と獣人の抗争に今までと違う不穏な動きがあるから、調査に協力してほしいってな」
 恐らくは、精霊の情報を集めるために、各所に潜入して情報収集をしていたのだろう。
「うちの国でも妙な情報収集をしてる獣人がうろついてたから、俺が協力役として派遣されて、調査を買って出たんだ。そこで俺達も数日前に霊人領で精霊を復活させるっていう計画の全貌を掴み、利用されるであろう陽出人を連れ出す計画を立てた」
 彼の言葉は、ジェイクから告げられた情報と差異は無い。どうやら本当の事を言っているようだ。
「連れ出して、あんたらが今度は利用しようって?」
 それでもノーラの警戒はなおも尽きない。元々警戒心が強い彼女だが、2国の協力体制と聞いた事で、別の理由で警戒してしまう。
 ジェイクの懸念していた通りの展開だ。
「おいおい待てって。あっちの王が何考えてるかは流石に分からないけど、俺はそんなつもりはないぞ」
「じゃあ、こんな危険な場所にまで来た理由は?」
「俺は利用されてる人が居るっていうのが分かったから、助け出して力になりたかっただけさ。精霊との契約がどうなったとしても、危険な連中が利用した人間を無事で帰すなんて思えないからな」
 エドガーの言う通り、繋一は殺される事も計画の内に含まれていた。西に逃げる強行策も彼らが居なければ、少なくともその日の内に脱出は絶対に無理だっただろう。
「……繋一、どう思う?」
「俺か?」
 珍しく話を振られ、少し考えてから答える。
「そうだな、ジェイクと言ってた事は同じだし、嘘ではないと思うな。少なくとも、今の時点で俺らを騙そうとしてるわけじゃなさそうだ。だから、ジェイクと同じ条件を付けさせてもらえばいいんじゃないか?」
「繋一がそう思うなら、あたしがどうこう言っても仕方ないね」
 ノーラがようやく武器を手放す。
「テンもそれでいいな?」
「私は繋一さんの思うようにしていただければ」
 エドガーも安心した様子で一息ついた。
「話が纏まったようで何よりだ。それで、同じ条件ってのは?」
「あくまでも、まずは話を聞くだけってのを納得してもらう。それと、もしも俺達を利用しようとしたら戦うし、捕まえようとしてきたら勿論逃げるから、その時は手助けをしてもらいたい」
「なんだ、そんな事か。構わないぞ」
 当然とでも言いたげに応じるエドガー。
「あんた、本当に野心とかないの? 仮にも封印されてた精霊とその契約者を、王子が保護したんだよ?」
 あまりにもあっけない承諾に、ノーラは拍子抜けした様子で問いかける。
「さっきも言ったけど、俺は利用されてる人――今回の場合は繋一だな。彼の力になりたくて今回の救出作戦を立てたんだ。その繋一が手助けしてくれって言うなら、付き合うのが筋ってもんだろう」
「……あんたら、同じようなお人好しのタイプだね」
 呆れたように言うが、ジェイクの時とは違い、大分警戒を解いた様子で肩の力が抜けていた。
「あたしはノーラ・ヴァルレイズ。とりあえず、繋一と一緒についてくよ」
「ヴァルレイズ?」
 今度は逆に、ノーラの名乗りにエドガーが眉を顰める。
「何よ、地名が苗字に使われるなんて、そんな珍しくも無いでしょ?」
「あぁ、そうだよな、悪い。情報収集してる時に、そこの悪い噂もいくつか入ってきたせいで、ついな」
「いいよ。分からなくもないし」
 ジェイクよりは信用できると判断出来たのか、揉める事無く収まり、繋一は内心ほっとした。
「さて、互いに名乗り終わった事だし、2人には悪いが町をもう1つ移動しようか」
「エドガーと一緒に居た人達を待たなくていいのか?」
 エドガーの提案に、疑問を投げかける繋一。
「君らの安全のために、合流したらあいつらは別ルートで王都へ向かう手はずなんだ。今から移動するのも、それと同じ理由で念のためって奴さ」
 計画を立てたのは数日前という話だったが、予想よりもしっかりと組まれているらしい。
「とはいえ、馬車を使ったとしても今日中に王都は厳しいからな。今日は隣町で夜を越して、王都行きは明日だ」
「少し気が早いかもしれないけど、やっとゆっくり出来るのね」
「この村に来れた時点でほぼ大丈夫だから、気が早いなんて事はないさ。隣町もそんなに遠くはないし、散歩気分で向かえばいい」
 言葉通りのんびりとした様子で歩き出すエドガーに2人は続く。
 繋一がふとノーラを見ると、アインの上で初めて安らかな表情をしているのを見た。
「何よ?」
「何でもないよ」
「ふぅん」
 気付かれて怪訝な顔をされてしまうが、いつもの気を張った様子は明らかになく、すぐに先程の表情に戻る。
 しかし考えてみれば無理もない。初めて会った時は利用されている立場で、洞窟を抜けてからは自分の居場所を裏切り、元仲間と戦っていたのだ。
 かつての同胞からの扱いが良かったようには見えないが、それでも自分1人となるのは辛いものである。
「繋一さん、どうしました?」
 テンからの突然の問いかけに、顔を向けた。
「何がだ?」
「いえ、なんだか嬉しそうに見えたもので」
「嬉しい、か。あぁ、多分そうなんだろうな」
「そうですか。それは何よりです」
 その言葉で、ようやく自分の気持ちを理解する。
 ノーラが自分の意志で共に来てくれたのもありがたかった。だがそれ以上に、彼女がようやく信用できる場所に身を置けるのが、自分の事のように嬉しかったようだ。


 隣町でエドガーが部屋を取り入室すると、繋一とノーラはすぐにベッドへと倒れこみ、寝てしまった。
「まだ夕方だってのに。よっぽど疲れてたんだな」
 安らかに繋一達を見たエドガーが呟く。
 2人とも疲れ切った様子で寝ているが、少女であるノーラの寝顔には、子供特有のあどけなさが未だ残っている。
 この2人を守り抜けた事に、エドガーは満足感を覚えた。もし彼らが起きていたならば、よくここまで頑張ったなと、声をかけていただろう。
「エドガーさん、ありがとうございます。貴方のおかげで、ここまで来る事が出来ました」
「俺は最後の手伝いをしただけさ。逃げれたのは、この2人がそれだけ頑張ったって事だよ」
 テンの感謝に、微笑みながら返すエドガー。
 確かに最後の一手は援助をしたが、彼らに相応の実力が無ければ、そもあそこまで逃げてくる事など不可能だ。その考えに偽りはない。
「さて、起こしても悪いし、俺は少し散歩でもしてくるよ。町からは出ないから、何かあったら会いに来てくれ」
「分かりました」
 エドガーは扉を静かに閉めると、宿屋の屋上へと向かう。
 3階建ての屋上がある宿屋で、安全用の柵に手をかけて今日歩いてきた道を見ると、地平線が夕焼けで赤く染まる景色が一望出来た。
「利用しようとしたら戦う、か。確かに、ありえないとは言い切れないんだな」
 繋一から受けた条件を反芻するように、言葉にする。
 現代のセントラルフォース国王は非常に保守的で、野心を持たない男だ。しかし、封印されていた精霊を保護する立場になっても、それが変わらない保証はどこにもない。
 冷静になって考えれば、すぐに思いつく可能性のはずだ。ここ最近の付き合いで、どこか贔屓目に見ていたのかもしれない。
「覚悟はしとくか。そのために、俺はここに居るんだからな」
 誰ともなく口にしながら、地平線を見つめたまま右腰の拳銃に手を当てる。
 その姿はまるで、自分自身に対する意思確認のような姿だった。

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