Magic&Steel~対魔物闘歴~

卯月霧葉

追撃


 エアスト最後の町を横切り、恐らくは最後の難関となるであろう光景に繋一達は臨む。
 目前に広がるのは、所々に丘陵の存在する広大な平野。
 繋一は念のため確認した。
「一応なんだが、越境馬車は使わないんだな?」
「向こうが町で待ってくれてるならそれでもいいんだけど、今回はお互いで動く作戦だからね。残念ながら、そうもいかないんだ」
 現在の5国は、かつての領土こそ保持していないが、それでも国土は十分に広く、徒歩で移動するのは非常に困難だ。
 そのため現在では、魔物襲撃の安全性等も面からも、長距離移動用には馬車が重宝されている。その中でも国境を越える際のような、特に長距離の移動を専用にしている馬車こそが越境馬車だ。
「そうすっと、後は体力勝負なわけだが……」
 繋一は、ちらとノーラを見る。彼女はすでに少しばかり、息が上がり始めていた。
「あたしなら平気」
察したように、彼女はアインの背に乗る。
「ならいいけど、無理はすんなよ。後は、あんまり魔物に会わない事と、あいつらに追いつかれないのを願うだけだな」
「僕の魔術で、本当に危険な魔物の群れなんかは避けて通れるけど、魔物に全く遭遇しないっていうのは、流石に無理だ。申し訳ないが、そこは覚悟してくれ」
 深刻な表情で告げたジェイクが、魔術を行使して再び歩き出し、繋一達もそれに続いた。
 覚悟という言葉は、霊人達の追撃も考慮しての事だろう。
 あれから数時間が経過しているのだから、いくら何でも逃走中であると気付かれているだろう。更に地理的にエアストを脱出するなら、セントラルフォースの方面である事に気付かれていてもなんら不思議ではない。
「おっと、すまないが早速見つかったしまったようだ」
 言葉と同時、甲高い鳴き声と共に1匹の鳥型魔物が正面から飛来する。
「任せな、迎撃は得意分野だ」
 繋一が相対するよう前へと駆け出す。魔物は彼を獲物と定めたのか、角度を変えて襲い来る。
 しかし直線的な突撃の対処など、造作もない。軌道を完全に見切り、回避と同時に抜刀しながらの斬撃を繰り出し、一瞬の内に決着をつける。
「見事だね。これなら、多少魔物が出ても安心そうだ」
「そりゃどうも」
 人里付近という事もあり、魔物も数えられる程度であれば、今の繋一やノーラなら倒せない事はまず無いだろう。
「それにしても、今の動き。つくづく、あの人達とは縁があるみたいですね」
 テンの漏らした言葉に、繋一は興味を持つ。
「銀式戦歩術を知ってんのか? そんなに有名なもんじゃないと思ってたんだけどなぁ」
「知っているも何も、彼がそれを編み出す最中に付き合いがありましたから。最も、その頃に大層な名前はついていませんでしたが」
 懐かしそうに語るテンの言葉に、歴史を感じる。改めて、大昔に封印された精霊なのだと実感させられた。
「色々と話したい事があるのかもしれないけど、それは後にしてもらえると助かるかな。魔物はなんとかなりそうでも、1番の問題が残っているからね」
「おう、悪いな」
 ジェイクの言う通り、魔物の襲撃も困難の1つではあるのだが、最も警戒しなければならないのは霊人達だ。
 もし自分達が追う側ならば、どこを逃げていると予測するか。それは間違いなく、今足を踏み入れた平原に他ならない。
 しかもこの平原は、森も無くただ草原が続いている。探す側からすれば、発見など実に容易い事だろう。
 ジェイクの案内に付き従い、時折孤立した魔物を繋一が倒しながら慎重に、しかし素早く移動し続ける事、数十分。
 このまま逃げ切れればいいのだが。
「繋一、後ろに2人!」
そんな淡い期待は、当然のように打ち砕かれた。
 ノーラは叫ぶと同時にアインの背から飛び降り、魔力を纏って武器を手にする。
 唯一なだらかな平原である事が幸いしたのは、相手が忍び寄る事の出来ない地形だった事だろう。
ノーラの声で気づいた繋一とジェイクも、相手がこちらまで来る前に構え、奇襲を回避する事が出来た。
来たる霊人は男女の2人組。両者は揃いの軽装で、先鋒と偵察を兼任したペアだと予想できる。
最早奇襲は不可能と悟ったか、霊人の女性は距離が離れているが、その場で杖を構えて魔力の炎を連続で放ってくる。大きくはないが、非常に高速の火炎弾だ。
 しかし、迎撃の態勢が整っていた事が幸いし、各々が自身の鉄器で身を守る事に成功する。
「ノーラ、ありがとう」
「礼よりまずはあっち。来るよ!」
 炎によって足止めされている間にもう1人の霊人の男性が距離を詰め、繋一に剣を振るってきた。
 繋一は抜いた刀で受け、押し返す。
弾き返され距離を取った霊人は、突然空いた片手を上に向けると空へ向かって雷を放ち、後方に居た霊人が上空の雷へと向けて炎を放った。
「な、何だぁ?」
 意図が分からず困惑し、警戒する繋一とノーラ。
 しかし何も起こらず妙に思っていると、行動の目的を悟ったジェイクが慌てて叫ぶ。
「まずい、早く倒してこの場から逃げなければ!」
「まずいって、どういう事?」
「あれは周囲に伝えるための合図だ! すぐにここを離れなければ、囲まれてしまう!」
 ノーラの問いと、ジェイクの予想。それを聞いた瞬間、繋一は動いた。
 一気に押し切ろうと攻めの姿勢に入ったが、霊人達は最初の奇襲とは違い、引き気味に攻勢を受ける、消極的な戦術を取ってくる。
 まるで、時間を稼ぎたいかのような戦い方だ。ジェイクの言葉の真実味が増してくる。
「アイン、足止め!」
「あぁ!」
 だがノーラはその程度の事で焦らず、冷静だ。
 アインに指示を出すと、魔力の鎖を外した剣を咥えさせ、ノーラが左前方、アインが右前方へと駆け出した。
「奴が来るぞ!」
 やはりというべきか、ノーラの前進に警戒する2人。元々は同じ作戦に参加していた者同士、能力は知っているのだろう。
 ノーラとアインが数メートル越しに霊人達を挟む直前、再び武器が鎖で繋がれ、アインが加速する。巻き付けて拘束するつもりなのだろうか。
「その程度の手段などで!」
 霊人の女は上へ、男は飛び越えて前へと逃れた。
 それがノーラ達の狙いとも知らずに。
「てめぇらこそ、オレ達が手の内知ってる相手に、この程度しかしないと思ってんのか?」
 アインが上へ逃れた女へと目掛け、咥えていた剣を思い切り放り投げた。全速で走った狼の慣性が乗った剣は、相手に反応する暇すら与えず高速で飛来し、足に深々と突き刺さる。
「まず……1人!」
 ノーラが鎖を掴むと、鎖は一気に巻き上げられるように急速に短くなっていき、その勢いを乗せて強引に霊人を剣ごと地面に叩きつけた。鎖の勢いはまだ止まらず、眼前にまで引きずられてきた女性の首筋に、鎌の柄を躊躇うことなく打ち込んで気絶させる。
「流石だな、ノーラ。こっちは代わりにやっといたぜ」
 声を聴いたノーラがそちらを見ると、繋一が倒れ伏す霊人の男性の横に立っていた。
 繋一は黙って見ていたわけではなく、前方へと逃れた男へと距離を詰め、ノーラがもう1人を相手取る間に無力化を済ませていたのだ。
「ふぅん。即興の合わせにしては、なかなかやるじゃん」
「ははは。ノーラに褒められるなんて、光栄だな」
 冗談めかして笑うが、先日のような刺々しい態度が和らぎ、少しながら嬉しかったのは本当だ。
ただしのんびりと話している暇が無い事はお互い分かっている。すぐに2人は周囲を警戒する。
先程の上空への魔力の放出は、残念ながらジェイクの予想通りだったようだ。
多方面から複数の人々が迫ってくるのが分かる。そして、今見えている者達で全てではないのだろう。
「この反応……こっちだ、来てくれ!」
 ジェイクの声が響き、繋一とノーラは互いに頷きあうと、ジェイクの走る方へと追従する。
「何を見つけたんだ?」
「僕の主が感知範囲に入ったんだ。こちらからも真っすぐ向かえば、合流を早められるかもしれない」
「その人も、こっちに向かってるって事?」
「どうやら、さっきの敵の合図は僕らにも都合が良かったらしい。あれで僕らの居場所と状況に気付いてくれたようだ」
 何が良い方に転ぶか、分からないものだ。
「案内頼むぜ。こっちは長期戦に向いてないからな」
「確かに、人数差がたまったものじゃないからね」
「ん? あぁ、それもそうだな」
 ジェイクの言う事も最もだが、繋一の懸念はノーラの体力だった。
 ノーラの実力はアインのとの連携も相まって、並の傭兵以上の実力を持っているが、最大の欠点が持久力の無さだ。
 霊人達も彼女の弱点が分かっているからか、はたまた焦りからの単調さなのか。人数差に物を言わせる人海戦術を仕掛けてきた。
 数人を無力化したかと思えばすぐにまた数人。地形故に避けて通る事も叶わず、多少の前進こそ出来ても、常に戦いを強いられ続ける。
「ジェイク、まだか!?」
「大分近づいては来たんだが、もう少しかかる!」
 調査任務を主とする開拓者の繋一は体力に自信があるため、多少の連戦は問題無かった。
しかしノーラはついに限界を迎え、目の前の霊人を気絶させた直後、力が抜けたようにアインの背へと倒れこんだ。
「お嬢、無茶すんじゃねぇ!」
「ごめん……」
 隙を逃さんとばかりに、様々な属性の魔力が多方から彼女目掛けて放たれる。
「テン、やるぞ!」
「分かりました!」
 繋一とテンは、ノーラを挟むように襲い来る魔力の前に立つ。素早く魔力を練り上げ、繋一は2本の刀の刀身に光を宿らせ、テンは光る羽をまき散らした。
「1発だって、通しやしねぇ!」
 反射の魔術。
 いくら霊人の魔力が人類の中で最も優れていようとも、所詮は攻撃を遠くに放つために、魔術の形が与えられていない魔力の塊。更に言えば、精霊には及ぶべくもない。
テンの魔術とそれを借りた繋一の刀捌きにより、総攻撃は全て跳ね返され、逆に霊人達に多大な被害を与えた。
 全てを反射した事が功を奏し、霊人達が築きかけていた包囲が一気に崩れる。
「2人とも、こっちだ!」
 ジェイクに促され、一気に駆け抜けた。
 一時的ながら総崩れになった霊人達は、慌てた様子で連絡を取り合う者や、先程と似た合図を送る者がほとんどで、繋一達に攻勢をかけてくる者は居ない。

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