Magic&Steel~対魔物闘歴~

卯月霧葉

同行の条件


 繋一が宿の入り口まで歩いていくと、ジェイクは彼の残した言葉通り、受付横の椅子でくつろいでいた。
「おや、大事な話とやらは済んだのかい?」
 繋一に気付いたジェイクが立ち上がる。
「最低限だけどな。とにかく、一旦戻ろうぜ」
 再び部屋に戻る途中、ジェイクが問いかけてくる。
「聞けたらで構わないんだが、どんな目的で君たちは動くんだい?」
 どの程度ならば言えるのか、繋一は慎重に考え込む。
「それは言えないな。ただ、そうだな、テンにも目的があって封印されてたんだ。俺達はその目的のために動くから、ジェイク達の言う事を何でも聞けるわけじゃないってのは、先に言っとくぞ」
「そうか、それは残念」
 言葉ほど残念そうでもないジェイクと共に、再びノーラの休む部屋へと戻った繋一。
 扉を開けると、どうもテンの表情が優れないように見える。
「ん、どうした、テン?」
「え? いえ、何でもありませんよ」
 テンが沈痛な面持ちをしているように見えたが、記憶が無い事で考え込んでいるのかもしれないと、繋一は思い至った。
「別に行き先がはっきりしてなくたって、なるようになんだろ。あんまり考え込むなって」
「そうですね。ありがとうございます」
「ところで、ただセントラルフォースの王都に行ってくれとだけ言われても困るんだよね。あたしらとしては、もう少し話を聞きたいんだけど」
 ノーラが厳しい視線をジェイクに送りながら、もう1つの本題を切り出す。
 テンとは目的を共有する事で決定した。しかし、それがジェイクの目的と道を同じとするかは未だ分かっていないのだ。
「どうにも、信用されていないようだね」
「当たり前じゃない。繋一は嘘は言ってないって思ってるみたいだけど、あたしはそれだけで信用するほどお人好しじゃないの。信用されたいなら、もう少し言える事もあるはずでしょ」
 一切の油断を見せず警戒し続けるノーラに、ジェイクはやれやれと言いたげに肩を竦めた。
「その通りではあるんだけど、まさかここまではっきり言われるとはね。分かった、先程繋一君から多少は聞いたんだし、こちらもある程度は言うのが筋か」
 ノーラの険しい表情が、繋一へと向く。
「ちょっと繋一!」
「目的があるって事しか言ってねぇよ。流石に俺だって、その位は分かるっての」
 ジェイクが一度咳ばらいをして、自身に注目を集めてから話し始める。
「僕の雇い主は、彼の首都に居るあるお方と1年前から協力関係にあるんだ。霊人達が封印されし精霊を目覚めさせ、悪用されないようにするためのね」
「最初から悪用されるって分かってたのか?」
「悪い話が色々入ってきてたからね。獣人とその事で争っている他にも、金や暴力に物を言わせて情報収集をしていた、とか」
 繋一の表情は険しくなり、ノーラは目を伏せた。
「チッ。知ってりゃ協力なんかしなかったんだがな」
「陽出の人を呼び込む時は、いざという時に裏切られないように、騙して協力的になってもらう計画だったんだ。言えなくて、ごめん」
「別にノーラが謝る事じゃないって。悪いのは、そんな計画立てる奴らだろ」
 いくらノーラが計画を知っていたとはいえ、彼女もまた利用される側だったのだ。非も無ければ、謝る必要も無い。
「話を戻すよ。僕らが具体的な情報を掴めたのはついこの間で、精霊を利用されないため、そして鍵となる陽出の人間を救助する作戦をすぐに立てた。そのために僕が先行して君達と合流、他の人は王都への伝達と、その中継役に分かれたのさ」
 なるほどジェイクが1人で助けに来たのも納得だ。
「その主とある方っていうの、言えないのは何かあるの?」
 ノーラの問いに、首を縦に振るジェイク。
「名を言えば、逆に警戒されてしまいそうだからね。君たちに言えない事情があるのと同じだよ」
「つまり、会えば分かる相手って事ね」
「はぁ。ノーラさんは警戒心が強いだけあって、情報の引き出し方が分かってるようでやりづらいね」
「あんたみたいな胡散臭い奴が、気安く名前を呼ばないで」
 ノーラの警戒心のおかげで危険を避けやすいのは助かるが、このままでは関係の悪化を招いてしまうかもしれない。それは今の繋一達にとって、あまり良くない事だ。
「ジェイク、あんたは俺達をあいつらが簡単に追えない場所まで案内するために来た。これに間違いはないんだな?」
「それは保証しておくよ。本当はここで問答しているのは危険だけど、君達の信用を得るためならば、仕方ないとも思っている」
 やはり、この場から逃がしたいという思いに嘘は無いように感じた。
 そこで繋一は、ノーラとジェイクに向けてはっきりと宣言する事にする。
「ジェイクについていく。ただし、まずは話を聞くだけだし、もしもあいつらみたいに俺らを利用しようとしてるって少しでも感じたら、全力で戦う。その時は俺らを手伝うって、約束できるか?」
 ジェイクは一瞬戸惑ったが、すぐに真剣な表情に変わって首を縦に振った。
「僕が聞いた話では、君たちを招致し、話をするという内容だ。いいだろう」
「決まりだな。ノーラ、良いな?」
「繋一がいいならそれでいいけど、甘いねぇ。もっときつい条件つけちゃえばいいのに」
 ノーラは渋々納得といった様子だ。
「言えない事があるのはお互い様だしよ。あんま無理言ってここに置き去りにされても、俺ら困るだろ」
「そりゃあ、まぁ、確かに」
 繋一にも、多少は考えあっての案だった。
 お互いに要望がある場合、どこかしらで妥協は必要になる。今回の場合であれば、妥協点は黙ってついていく事で、譲れない点は自分たちの意志を優先する事だ。
「心配すんなって。案外成り行きでも、なるようになるもんさ」
「なるようになるじゃ困るんだけど……はぁ、まぁいいよ」
 気楽に笑う繋一にノーラは呆れ、ついに折れる。
 経緯はどうあれ、これで方針は決定だ。
「なら、早速移動しようか。エアスト領土だから獣人達が自由に追ってくる可能性は低いけど、霊人達はいつ僕らの前に現れるか分からないからね」
 洞窟の前や中で戦った獣人達は、軍属には見えなかったが、全員が武装で身を固めていた。
明らかに危険な武装集団が、ただでさえ嫌われている霊人達の国では、自由に動けるはずがないという判断だろう。
「ノーラ、大丈夫か?」
「移動するくらいなら、もう平気」
 三人で宿を後にした所で、ノーラが問いかける。
「で、ルートとか決まってんの? まさか適当に入国するとか言わないよね」
「ただ国境を越えただけじゃ、追いかけられて捕まるかもしれない。まずは僕の主と、国境付近で合流予定さ」
「どうやって?」
「それを解決するために送られたのが、この僕さ」
 ジェイクが魔力を練りあげ、魔術を行使した。
 すると先程繋一達が通ったような風の道が、町の外へと出来ていく。
「僕は感知の魔術を所持している。これを使えば主の方向は探し出せるから、むこうが何かあって移動したとしても、辿っていけば確実に会えるという訳さ」
 彼が今行ったのは、感知魔術の一般的な応用の一つである、周囲の探知だ。
精度や範囲は魔力量によって大きく変化するが、大まかであれ仔細であれ、周囲の情報を知れるのは、特に今回のような場合では非常に重要だ。
 何気なく語るジェイクの言葉は、少しばかり自慢げだ。自分の魔力と魔術に誇りを持つ、霊人らしい話し方である。
「この道が相手まで続いてるなら、むこうにも伝わるんじゃないのか?」
「そこは少々残念な事に、限界範囲はあってね。ある程度近づくまでは、方向しか探れないんだ」
 繋一の疑問に、ジェイクが風の道を見たまま答えた。
「範囲外なのに、相手がどっちに居るかとかは分かるのか」
「誰にでも出来るわけじゃ無いが、良く知っている相手が対象なら方向くらいは判別できる。まぁ、簡易的な目印だね」
 ジェイクは一度魔術を中断すると、繋一達に向き直る。
「確実に位置が掴めるまでは、僕が時折魔術を行使して方向を確認する。君達はついてきてくれ」
「分かった」
「仕方ないから、今はついてくよ」
 ジェイクはまず、風が示した方向へと町を出て、そこからは言葉通り、時折方向を確認しながら進んでいく。
 しかし、稀にだが方角通りでなく、迂回しながら進んでいた。
「方向を確認してる割には、随分遠回りするじゃない」
 疑いをまるで隠さないノーラの言葉に、苦笑するジェイク。
「君達を送り届けるために極力安全なルートを選んでいるんだ。その位は信用してほしいものだね」
「ノーラ、俺達はジェイクについてくって決めたんだ。言いたい事は分かるが、程々にな」
「ったく、仕方ないなぁ」
 繋一に咎められたノーラは、不満そうにしながらも言葉を収めた。
「言ってくれたのはありがたいけど、完全に止めてくれるわけじゃないんだね」
 感謝しつつも複雑な心中なのか、ジェイクは繋一に話を振る。
「ジェイクには失礼な話かもしれんが、ノーラが疑うってのは特別おかしな事じゃない以上、自由な意思の結果だ。そいつを止める権利は、生憎俺にはないんでね」
「随分と変わった思想だね。まぁ、大人しく同行してくれるだけ、ありがたいと思っておくよ」
「そうしてくれ」
 ノーラも一応は納得したのか、その先も時折行われる迂回には、それ以上口出しはしなくなった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品