Magic&Steel~対魔物闘歴~

卯月霧葉

目的と力


 ジェイクに案内されて、再び走る事十数分。
 到着した小さな村の宿で、繋一達はようやく小休止を取る事が出来た。
「大丈夫か?」
「大丈夫に見えるなら、おかしいと思うよ」
 繋一の問いに、ベッドで横になるノーラは弱々しく反論する。
 ノーラはこの部屋に着くなり、ベッドを借りて倒れこむように横になった。
確かに戦闘は激しかったが、逃走の途中でアインに乗ってからは一度も降りていないのに、この疲労具合だ。
やはりノーラと共に行動するならば、常に休憩の事は頭に入れておいた方がいいと感じた。
「悪いな、ジェイク。しばらくここで休憩だ」
「今後どうするかを話し合っておきたかったし、構わないよ。それにしても、変わったお嬢さんだ」
 ジェイクが興味深げにノーラを見る。
「警戒心は妙に高いし、何よりもその目の色。一応確認するけど、人間なんだよね?」
「一応ね」
 顔も合わせずに答えるノーラ。
「獣人は人と獣、2つの血が流れているから左右で色が違うと言われている。人間でも、起こりうる物なんだね」
「ジェイク、その辺にしとけ」
 ジェイクが興味のままに語るのを止めたのは、繋一だった。
「興味があって自分の中で考えを纏めるのは勝手だけどよ、それはあんまり口に出していい内容じゃないぞ。相手に失礼かもしれないってのを、少しは考えな」
「おっと、これは失礼。ではこの辺にして、本題に戻ろうか」
「それでしたら、まずは私が先に話を済ませていいでしょうか?」
 繋一の横、ベッドの端に掴まり羽を休めていたテンが提案し、視線がそちらに集まる。
「そういえば、テンも話があるっていってたもんな」
「私が眠っていた事と、今後に関わる話です。出来れば内密にしたい話なので、話す相手は選びたいのですが」
 ちらと繋一を見るテン。どうやら、契約者である繋一に、話して構わない相手を選別して欲しいようだ。
「そっか。なら、ジェイクは悪いけど、少し席を外してくれないか? 助けてくれた事には感謝してるけど、流石にこの手の話となると、ちょいとね」
「残念だけど、仕方ないね。それなら、宿の受付辺りで待っているから、話が終わったら呼んでくれ」
 ジェイクが出ていくのを目で追ったノーラは、弱々しく体を起こした。
「ノーラ、どうした?」
「どうした、って、そんな重要な話なら、あたしだって外出た方がいいでしょ」
「いやいや、ノーラはここに居ていいだろ」
 さも当然のように言い切る繋一を、怪訝な目で見るノーラ。
「何で」
「何でって事はねぇだろうよ」
 しばし沈黙が続く。
 やがてアインが痺れを切らし、嘆息と共に繋一に告げる。
「小僧、お嬢はマジで分かってねぇ。説明してやれ」
「……まじか。そりゃあ、悪かったな」
 分かると思っていた事が伝わっていなかったことでばつが悪くなり、繋一は何とも言えない表情で謝りながら頭をかく。
「もっかい聞くけど、何であたしは居ていいのよ」
「俺とノーラは、一緒に自由に挑むって決めたろ。だったら、重要な事だろうが何だろうが、隠す必要が無い。むしろ、一緒に聞くべき話だ」
「一緒に聞くべき、ねぇ。まぁ、そこまで言うなら、もう少しここで横になってるよ」
 言葉の割に嬉しそうなノーラは、再びベッドに倒れこみ、テンの方を見た。
 繋一が、改まって切り出す。
「そういうわけで、この話を聞くのは、俺、ノーラ、アインだ。教えてくれ」
「分かりました。伝えておきたい事柄は3つ。まずは理由は分かりませんが、私は全てを覚えていないのです」
「全てを覚えていないって……じゃあ、何で封印されたかも、分かってないのか?」
 繋一の問いに、テンは首を横に振る。
「それはちゃんと覚えていますよ。ところで繋一さん、今はあの戦争から、何年経っていますか?」
「あの戦争っつうと、魔鉄大戦の事か? あれなら、200年前だな」
「なるほど。やはり、あの人の見立ては良く当たりますね」
 テンは何かに納得したように頷き、言葉を続けた。
「あの戦争の裏では、魔物に関する陰謀が蠢いていました。そして戦争を終結させた一方で、私達はとある魔物と戦ったのですが、完全に倒す事が叶わなかったのです。それが分かった時、私達は、その魔物の力と体を分離させて封印する事に決めました」
「じゃあ、精霊であるはずのテンが、あそこで封印されてたのは……」
「私はその魔物の力を封印する楔の役目を果たすため、あの洞窟で眠る事を選びました。魔物の力とは、魔力そのもの。もしあの地域で魔物が多く出没しているようでしたら、その力に惹かれての事でしょう」
 夜の炎に群がる虫のように、大きな魔力に誘われ、強力な魔物も寄り付いていた。そう考えれば、あの一帯だけで魔物が異様に強く、数が多かったというのも納得だ。
「でもさ、それじゃテンが目覚めたら、その魔物も力を取り戻して起きてくるって事?」
 ノーラの疑問は最もである。もしも魔物が共に目覚めてしまうのであれば、繋一達はとんでもない事をしでかした事になってしまう。
「それは大丈夫です。魔力とは常に維持できる物ではなく、時間と共に魔素へと霧散する物。長い年月の封印で力は取り戻せないでしょう。とはいえ、体側の封印も私の封印と連動していたので、もし誰かが見つけてしまったら、体の封印は解かれてしまうかもしれません」
「じゃあテンの目的は、今度こそ封印しか出来なかった魔物を、何とかしようって事でいいの?」
「力を失わせてしまえば御しやすくなり、何か手段が生まれているはずですから。ですが、何も知らない繋一さんをこんな事に巻き込んでしまって、申し訳ないとは思っています。すみません」
 テンは謝るが、繋一にとってそこまで悪い話ではなかった。
「俺は元々世界を旅するために、魔物を何とかしたかったんだ。それだけ大事なら、そいつさえどうにかしちまえば、魔物が居なくなるんだろ?」
「それだけで解決するほど都合よくはないでしょうが、世界に蔓延する状況からの解決には向かうはずです」
「ならむしろ、ありがたい話さ。英雄にゃ興味は無いが、要因を作れるなら一仕事も悪くない。で、まずはどうしたらいいんだ?」
 繋一の問いに、テンの表情が再び申し訳なさを孕む。
「その事なのですが、大事な事だというのに、一部しか記憶に残っていないのです」
 まさかの事実に、拍子抜けしてしまう。
「つまり、なんだ。目的は分かるけど、過程が分からんと」
「何故かは分からないのですが、魔物に関する事と目的に関する事、この2つに関わる記憶だけが、一部残っていないんです」
 責める気は無いが、困った話だ。
「じゃあ何、目的の足掛かりも無いまま、世界中回って目的を思い出せって事?」
 無理があると言いたげなノーラに対し、テンは首を横に振る。
「いえ、まずは現代の光龍王に会いに行きます。これで全てが始まるという事だけは、はっきりと覚えているんです」
「……覚えてるだけましだけど、そりゃまた、随分と大変そうな話だね」
 ノーラが驚き、言葉を詰まらせるのも無理はない。
 龍とは、滅多に人前に姿を現さない事で知られる、非常に名高い究極の生物だ。その頂点に立つ8匹の龍こそが龍王であり、光龍王は光の魔力を持つ龍王の事である。
 龍に会うだけでも大変な事なのに、更に限定された存在に会う事が目的となれば、それこそ世界中を歩き回って会えるかどうかだ。
「突拍子も無い事を言ってるのは分かっていますが、200年ならば彼がまだ龍王のはずです。私の事に気付けば、どこかで接触する機会はあるでしょう」
「龍王と知り合いなんだ。やっぱ、封印される伝説の精霊ともなると、格が違うね」
「伝説?」
 テンは不思議そうに首を傾げるが、やがて納得したように頷いた。
「あぁ、童話に隠したからそんな風に呼ばれてたんですね。私自体は、少し特殊な魔術を持つだけの、普通の精霊です。知り合いなのは、偶然ですよ」
「あぁそうだ。魔術についても少し聞いときたいな」
 気にしていた話題が出た事で、繋一が口を挟む。
「当面の目的は分かったし、それについて文句もない。けど、かなり変わった魔術みたいだから、先に聞いとかないと困りそうだ」
「それが、3つ目の伝えておく内容です。では繋一さん、精霊の魔術に関してはどこまで御存知ですか?」
 問われて少し記憶を整理するが、出てくる情報が一切無かった。
「悪い。精霊と契約する機会なんてこのご時世じゃ無いと思ってたから、正直全く知らん」
 時折姿を見せては再び消えてしまう精霊。
 昔からその性質は変わっていないらしいが、見かける姿は200年前の戦争以降、めっきり減ってしまったという。
 更に言えば、霊人と獣人の関係の悪化や魔物の侵攻など、世界を旅するどころか国境を越える事すらも、下手をすれば危険の伴う時代だ。
 それ故に、まさか自分が精霊と出会い、しかも契約するなど考えた事も無かった。
 だがテンは怒る事も呆れる事も無く、優し気な笑みをたたえて繋一を見る。
「では、最初から話していきましょう。まず、先程契約した際に渡したのは、精霊が2つ持っている核の内の1つ、魔力の中枢となる、魔力核と呼ばれるものです」
「そんな物渡しちまって、大丈夫なのか?」
 繋一の不安は最もだが、命に別条のあるものでは無い。
「大丈夫ですよ。むしろ、渡したからこそ核を経由して、魔力の同調が可能なのです。ですが、万が一破壊されてしまうと、精霊は一時的に実体化出来なくなり、同調も途切れてしまいます」
「一時的で済むのか?」
「魔力核はもし傷や破損が発生しても、時間の経過だけで簡単に治ります」
 魔力核は生物の魔素の取り込み同様、時間の経過で魔素が取り込まれ、傷を負っても修復できる機能が備わっている。
 逆に言えば、それだけ破損する可能性のある物とも言えるのだが。
「知ってりゃ狙われるってわけか。結構怖いな」
「しかし、それを解決したのは人間の技術です。彼らはそれを武器に埋め込む事で安全、かつ力を最大限に発揮する手段を取りました。とはいえ、魔鉄が生まれたのは、鉄器の登場よりもかなり後ですが」
 鉄は魔術を通さない。それ故に、もし鉄器に埋め込んだとしても、同調した魔力が外に出てこれないと考えられていたのだろう。
「次は、魔術の話です。精霊も魔術の種類自体は他の生物と変わらないのですが、中身はまるで違います。出来る事が限られる代わりに、より強力な魔術となっているんです」
「魔術は一緒なのに、出来る事が違う?」
 魔術と言えば、重要なのは魔力量よりも発想力と言われる代物だ。その魔術が制限されると言われても、今一つ要領を得ない。
「私であれば、魔術の反射は対象が魔力に限定されていますが、反射の威力や方向等、かなりの調整が可能です。アインさんはどうです?」
 アインはノーラを見る。彼女は黙って頷いた。
「オレは魔術の形状支配に特化してる。魔鉄の武器が2本に見えんのは、俺が作った魔力の鎖で武器を繋いでるからだ」
 なるほど実に合理的だ。
 契約の際に精霊が渡す魔力核は1つしか存在しない物であり、どうあっても魔鉄は精霊1匹に対して1つしか用意出来ない。しかし魔力に形を与えて操れるなら、接続して疑似的に2本に出来るというわけだ。
繋いでいる場合に限定されるとはいえ、それは他者には真似できない利点となる。
「って事は、俺が反射を使った時に足が捕まらずに済んだのは、反射だからってより魔力に特化してるおかげでもあったのか」
「そうなりますね。初めてなのに、お見事でしたよ」
「ちょっと待って、反射を繋一が使った?」
 何気ない会話に、ノーラが驚いた様子で口を挟んだ。
「ノーラだって、アインの魔術で龍みたいな防御してるんだし、同じなんだろ?」
「あれは違くて……って、そんな事はどうでもいいの。テン、あんたの魔術って、ほんとに反射なの?」
「ノーラさんの言う通りです。ここからは本題の1つになります」
 緊張した面持ちでテンの言葉を待つノーラとアイン、そして状況の飲み込めない繋一。
「私が本来持ちえた魔術は魔力の反射で、これは本当です。ですが、とある事情から私は例外である2つ目の魔術、支配を得ました。その内容は、他者との魔力、魔術の共有化です」
 テン以外の三者が同様に、言葉を失った。
彼女の言葉に疑問を持っていたノーラやアインは勿論の事、意味の分かっていなかった繋一ですら、想像を絶する物であった事が理解できる。
「とんでもねぇな、そりゃ」
 繋一は、単純な感想を漏らすので精一杯だった。最も、理解が深いだけに完全に言葉を失っていたノーラ達よりも、何か言えるだけましだったのかもしれないが。
 魔術とは本来、生まれ持った1つのみ扱う事が可能であり、これはどんな生物であろうと例外は無い。
 だというのに、テンは魔術を2つ所持しているだけでなく、他者との共有が出来るという。例外という一言で収まる内容ですらなく、最早神の御業の領域だ。
 驚愕による静寂の中、テンの言葉が続く。
「私が経由地点となる事で、私と繋一さんは他者の魔力の属性、そして魔術を使用出来ます。欠点としては、相手の同意が無ければ基本的には同調出来ない事でしょうか」
「複数同時にってのは、出来んのか?」
「勿論、出来ます。その分、繋一さんの魔力の負担は多少なり増えてしまいますが」
 どうやら万能ではないらしいが、十分すぎるほど強力な魔術だ。それほどの魔術は、龍ですら持っているか怪しいだろう。
「アインさんさえ良ければ一度試してみるのも良いかと思いますが、どうです?」
「俺とは絶対に同調するな。先に言っとくが、お嬢ともやるなよ」
 繋一は少しだけ興味があったが、厳しい口調で断られてしまっては仕方ない。
「今ので全部らしいし、一旦まとめるか。俺達はまず、記憶の欠けてるテンと一緒に、光龍王を探す。その道中ではテンの力を借りられる。これでいいんだな?」
 話を要約して確認を取ると、テンが頷いた。
「その方針で問題ありません」
「よし、ならジェイクを呼び戻してくるか。今のはとても言えたもんじゃないが、これで目的とずれそうな話が出たら断れるしな」
「ちょっと待て」
 繋一が立ち上がると、アインが呼び止めてくる。
「どした?」
「テンとは少し話がある。小僧、お前だけ行ってこい」
「ん? まぁ、いいけど。んじゃ、行ってくるわ」
 特に気にする事も無く、繋一は了承して部屋を出た。
 恐らく、精霊同士で何か話したい事でもあるのだろう。その位に考えていた。

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