Magic&Steel~対魔物闘歴~

卯月霧葉

目覚め


 繋一は無言で刀の間合いまで詰め、一刀を振るった。
 奇襲を腰に下げていた剣で悠然と防ぐエイベル。
「野蛮だな。戦いの前には名乗るのが、陽出の礼節と聞いた事があったのだが?」
「礼儀を弁えなきゃいけない相手が、どこに居るってんだ」
 剣を強引に弾かれた所に、エイベルの精霊から氷柱が放たれる。繋一は魔術で自身を加速、飛びのいて回避した。
続くエイベルの追撃が襲い掛かり、数合の打ち合いと鍔迫り合いを繰り返す。
 不利なのは繋一だった。
合間合間に精霊からの追撃を受けて防戦に回らざるを得ず、少しでも間合いが開けば、常に危険な目に合い続けている。
5度目の鍔迫り合い。すでに余裕と判断したのか、エイベルが余裕の声音で問いを投げた。
「貴様は何故、あんな人形のために私に怒りを向ける?」
「てめぇは他人を踏みつける奴だ。俺はそういう手合いが一番嫌いなんだよ」
 繋一は自由を好むが、彼の考える自由とは、他人を侵害しない事が前提にある。何故ならば、そうでなければ相手の自由を奪う事になりかねないからだ。
 繋一にとって、エイベルはノーラの自由を奪う男であり、だからこそ許せない。
 実際に彼女の上の人とは関りを持っていないのかもしれないが、他者を人形と呼び、彼女を利用する存在を黙認しているならば、彼はその時点で同類だ。
「何を言うか。私とて相手を見て分別をつける。アレはそれに値しないだけだ」
「もういい。何も喋るな」
 今度は繋一が強引に剣を弾く。
「銀式戦歩術――」
 距離を取られれば不利なら、距離を開けずに回り込むまで。
 繋一は右足を一歩引く動きを見せる。エイベルがそれに合わせて追撃しようとすると同時に、一瞬だけ魔術で加速して左足を軸に回転。
「風見返し!」
 回避と同時に懐へと潜り込み、回転の勢いを乗せた一撃を叩き込む。
 はずだった。
「なっ!?」
 繋一は、突如地面に発生した氷によって足首から下を周囲ごと氷結され、捕らわれた。勢いは完全に失われ、一刀は簡単に防がれてしまう。
「今の動き、少し危なかったよ。私の精霊である、ヒョウが居なければ、だがね」
 言葉とは裏腹に、余裕を孕んだ声音で語るエイベル。
「感知か……!」
「察しが良い奴は嫌いじゃないぞ。魔術を併用した回避と反撃の発想は良かったが、鉄器の限界だ。剣を振るう際に加速出来ないならば、精霊の感知で捉えられない速さではない」
「エイベル様、いくら信用しているとはいえ、わざと釣られたりしないでください。危ないじゃないですか」
 ヒョウと呼ばれた精霊の注意を、笑って受け流すエイベル。
 彼の言葉は的確だった。
 鉄器は魔力に接触出来る性質上、魔具のように武器にも魔術を作用させる事が出来ない。そのため繋一は、鉄器である刀を振るう前に加速を解かなければ、腕が負担に耐えられなかったのである。
 魔術の作用さえなければ、いかな動きであろうと、精霊による感知であればどう動くのか知るのは容易であり、予測して氷を展開するなど簡単だ。
 尊大な物言いだが、魔術の特性を正しく理解している証拠である。
「さて、今度は私の加速による一撃だ。君に受けきれるかな?」
 彼の持つ剣も鉄製だが、魔鉄と化した剣は鉄でありながら魔力を纏い、氷に覆われた。
 致命傷を避けるため、咄嗟に頭と胸の前に構えた刀は激しい衝撃を受け、音を立てて刃が砕ける。同時に足を捉える氷が解除され、衝撃を受け流し切れない繋一は弾き飛ばされ、精霊の眠る石に叩きつけられた。
 激しい衝撃と痛みに襲われる中、繋一は強く心で願う。
 守る力が欲しい。ここで眠る精霊と、ノーラを助け出せる力が。
 魔力に優れる霊人との戦いで鉄器を失った事と、今の一連の流れで、明らかに不利である事は明確だ。
 それでもここで諦められない。
協力者を殺すような非道な作戦を立てる者達に精霊を渡すわけにはいかない。
 そして何より、ノーラを人形呼ばわりする相手を前に、勝てないからと逃げるのは、自分が許せない。
「よく防いだと誉めてやろう。だが、もう終わりだ」
 繋一は重力に従いずり落ち、そこにエイベルが歩み寄る。
 それでも諦めきれず、拳を強く握ったその時、背後の石の光が強まった。
「な、何だ?」
 突然の出来事に、繋一も背後を向く。
 輝きを増す石の中から、声が聞こえてくる。
「埋まった刀を、私目掛けて、石に。場所は、反対側」
 直接語り掛けるような、脳に響く感覚の不思議な声だ。
「戦いをきっかけに、精霊が目覚めようというのか……?」
 どうやらエイベルには聞こえていなかったらしく、彼は足を止めて呆然としている。
 この機会を逃すわけにはいかない。繋一は痛む体に鞭打ち、魔術で加速して一気に裏へと回る。
 すると、石によって照らされた地面の一部分だけが、一度掘り返された跡があった。思い切って手を突っ込むと、柄、更に奥には鞘の感触が手に伝わってくる。
「何をする気だ!?」
 エイベルも繋一の行動に気付いたようだが、もう遅い。
 繋一は刀を地面から引っこ抜くと、素早く刺突の態勢を取る。
「決まってんだろ、こうすんだよ!」
 刀を突きたてる直前、繋一は気付いた。3つの魂の言葉の意味に。
 ライの立てた予想は間違っており、3つの魂は必要だったのだ。それは陽出の人間の魂、眠りし精霊の魂、そして、精霊のために作られたであろう、工士の魂が込められたこの刀。
 阻止しようと駆け寄りながら手を伸ばすエイベルを無視し、繋一が刀を石に突き立てた。
光は一層強くなり、辺りが見えなくなるほどの眩さを放ち、光の奥では何かが砕ける音が響き渡る。
光が収まった時、部屋の中心に座す石は粉々になっており、中に居た精霊は目を覚まし、中心に残った石の残骸に足をかけ、穏やかな表情で繋一を見ていた。
「よくぞ来てくれました」
 先程、繋一に語り掛けてきた声だ。
「さっきの声、あんただったのか」
「私の名前はテンといいます。色々と話したい事はあるのですが……どうやら、それどころではなさそうですね」
 テンと名乗る精霊は豹変するような鋭い視線をエイベルに送る。凄まじい存在に睨まれた彼は竦み、身体を一瞬振るわせた。
 真剣な表情のテンが繋一の近くに飛び寄ると、小さいが、綺麗な透明の石がテンの胸元から現れ、繋一の手に納まる。
「その刀には柄の底に細工があるので、そこに入れてください。そうすれば、私は貴方の力となりましょう」
 繋一にもすぐに分かった。これが精霊との契約というものだ。
「やめろ! 貴様のような人間が、そのような方と契約するなど!」
 狂乱気味のエイベルが魔術で加速をし、繋一の腕を切り落とそうと剣を振るう。
 しかしテンが光を纏った翼を剣に叩きつけると、彼の剣はいとも容易く弾き飛ばされ、数メートル遠くで乾いた音を立てて地面に落ちる。
 柄の底にはスライドする部分が用意されており、引き出すと石が丁度入りそうな隙間があった。
 刀は土の中で眠った事で、少し傷んでいるが、この精霊のために作られた刀である以上問題ないと繋一は感覚で理解している。躊躇うことなく石を差し込み、鞘を戻す。
 すると、鉄器のはずの刀が魔力に包まれ、精霊であるテンの魔力が伝わってくるのが分かった。
「これが、契約精との同調か」
精霊と契約して魔力を同調するのが初めての繋一は、不思議な気分になる。それと同時に、ある事を思い出す。
「俺は繋一。改めて、よろしくな」
 自ら名乗り、契約してくれた精霊に対し、自分は名乗っていなかった。
感謝と敬意を込め、しっかりと名乗りは返しておく。例え倒すべき敵が眼前に控えていようとも、大切な事はある。
「こちらこそ、よろしくお願いします。私の魔術は少し特殊でして。詳細は後程話しますが、今の繋一さんは反射も扱えます。上手く活用してくださいね」
「へぇ。そいつはいいや」
「おのれ……おのれ!」
 エイベルは素早く剣を拾って構え直し、繋一と向き合う。
「最早加減などせん。すぐにでも貴様を殺し、精霊を解き放ってやる!」
 精霊と契約が完了した場合、解除されるのはどちらかの命が尽きた時だ。どうやらエイベルは、繋一がテンと契約したことがよほど気に食わないらしい。
「今度は同条件だ。やれるもんならやってみな!」
 互いに距離を詰め、再び回避と防御を交互に行いつつ剣を交わす。
 繋一は最初、剣の負担を気遣い防御は鞘で行っていたが、どうやら杞憂のようだ。
今手にしている刀の出来は、想像を絶していた。傷んだ今の状態でも、下手な鈍ら以上に強度や切れ味が保たれている。地に埋めていたのは、隠す以外にも風化を極力避ける意味もあったのだろうか。
理由はどうあれ、全力でやって問題なしと判断した繋一は、普段通りの動きに移行した。
エイベルは先ほどよりも鋭い打ち込みを行ってくるが、感情的であり、剣筋が直線的だ。
ならば有効な一手は、先程は失敗に終わった、反撃技。
「銀式戦歩術〝風見返し〟!」
一番の違いは、今度は魔術の加速を乗せてそのまま反撃を繰り出せる事。その結果は如実であり、先程のようにヒョウに動きを感知する隙を与えることなく、一刀が彼の足を捉えた。
「ぐぅっ!」
 足を深く切られたエイベルは、自身の攻撃の勢いが強すぎた事もあり、踏みとどまれずに倒れこむ。
「エイベル様!」
 ヒョウが再び繋一の足を氷結させようと氷の魔力を地面に放つが、今度は予測済みだ。
「テン、早速借りるぜ」
 繋一は足元で魔力を練りあげながら、反射の魔術を扱うと心で決める。
 すると普段ならば加速する所が、テンの言葉通り反射の魔術が発動し、光を纏った足がヒョウの作り出した氷に触れると跳ね返り、氷同士で自壊した。
「このまま大人しくしててもらうぜ!」
 素早く手にした刀を反転させ、後頭部に一撃を叩き込む。
 倒れゆくエイベルに、ヒョウが慌てて飛んでいく。
「安心しな、峰打ちだ。もし誰か来たら、お前が守ってやるんだな」
 納刀し、一息ついて同調を解除した。
 しかし、未だ魔力の繋がりを微かに感じる。
「やりましたね、繋一さん」
「ありがとうな、テン。それより、同調って一旦やめたんだよな?」
「簡単に説明しますと、他者と契約をした精霊は、以前のように姿が隠せなくなります。代わりに、体を維持する魔力を、契約者から頂く形になっているんです」
「あぁ、そういうもんだったのか」
 いわば、精霊という力を借り受けるための支払いだ。
 精霊は姿を隠せなくなる代わりに、魔力を貰い、契約者の近くならば自由に行動できる。これが精霊側から見た、契約する利点なのだろう。
「すみません。説明もせず、唐突に契約を履行してしまって」
「いや、構わねぇよ。テンが居なきゃ、今頃俺は死んでたんだからさ」
 少なくとも、鉄器を失って一人で勝てる相手では無かった。感謝こそすれど、怒る理由はどこにも無い。

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