Magic&Steel~対魔物闘歴~
問題発生
「後方から魔物の声がした。少し様子を見てくる」
殿を務めていた霊人の一人が、闇に溶けていく。
しかしここにきて、ついに何かが起こった。
十分ほど経過しても、先程の霊人が戻ってこないのだ。
「何かあったのでしょうか……様子を見に行きましょう」
隊長の提案により、彼の傭兵が向かった方向へと全員で移動する。
だが、彼は見つからなかった。
「何か妙ですね。一旦前進を中断して、彼を探しましょう」
隊長が、緊張した声音で言うと、隊列を整えて闇の中に消えた霊人を探し、彷徨う。
「ノーラ、どう思う?」
警戒を続けたまま、繋一はノーラに問う。
「魔物の気配は今の所近くないし、魔物は倒したんじゃない?」
ぶっきらぼうな返答ではあるが、的を射ている。
しかし、なればこそ疑問は尽きない。魔物を倒せたなら、何故居なくなったのか。そして、何故彼の痕跡が一切残っていないのか。
魔物にやられたのであれば、死体なり血痕なりが残っているはずだが、その類の物が一切見つからないのだ。
そして、問題は続けてやってくると言わんばかりに、次の問題が発生してしまう。
「人数、減ってるね」
ノーラの一言で場が一気に緊迫し、彼女以外の全員が辺りを見渡す。
現在の人数は、7人。短時間の捜索の間に、更に2人減ってしまっていた。
「何が起こっているのでしょうか」
隊長が不安げに呟くが、その問いに答えられる者はこの場に居ない。
「皆さん、繋一さんの周囲の警戒を固めてください。彼まで居なくなってしまったら、作戦が成り立ちません。何が起こるか分からない以上、先に進む事を優先します」
隊長が僅かに逡巡した後に下した苦渋の決断に、反論する者は居らず、黙って従った。
今回の目的は、繋一と共に奥までたどり着き、精霊の封印を解く事だ。つまり、極端な事を言うのであれば、彼以外は居なくなっても犠牲の枠に過ぎない。
その犠牲を無駄にしないためにも、進むしかないのだ。
「しっかし、傭兵がただ守られるってのは、何とも言えないな」
「仕方ないでしょ。今回は、あんたが無事に奥まで行かなきゃ、意味無いんだから。大体、調査主体の開拓者なら、そういう事だって珍しくないでしょ」
繋一は少し考え、決めた。
「よし、ならノーラは俺を守ってくれ。で、俺はノーラを守る」
「特別扱いはやめて」
ノーラは不満げだが、繋一からしてみれば、むしろ逆だ。
「対等な仲間だったら、互いに守るのは普通だろ? 俺はその方が良いって言ってるんだ」
「対等、ねぇ。さっきも似たような事言ってたけど、どこまで本気なの?」
疑いの眼差しに、堂々と頷く。
「どこまでも何も、本気だよ。俺からしたら、そこまで他人と自分を分けたがるノーラの考えこそ、どこまで本気か知りたいくらいだ」
「あたしは他の人とは違うんだよ。悪い意味でね」
随分と引っかかる物言いだ。しかし、諦めや悲しみを感じさせる表情を見せられ、追及する事が躊躇われる。
「ま、言いたくないなら無理には聞かんさ。けど、俺はノーラに頼られても良いと思ってるのは本当だ。それは忘れんなよ」
「……やっぱあんた、変な奴だよ」
「もう言われ慣れた」
奥への道の捜索自体は続行出来たが、やはり3人も減った痛手はあった。
「くそっ、挟まれた!」
「繋一さんの保護を最優先に!」
先導役と後方警備を失った結果、魔物との突発的な戦闘は、先程よりも増えてしまっている。
ただ魔物の脅威に備えるだけならば、中央の人数を減らすだけで済んだかもしれない。だが今は、謎の失踪の件も鑑みなければならず、それはつまり、散らばった配置は危険という事だ。
それ故に、魔物との遭遇戦は、仕方ない危険である。
しばらく行き止まりと魔物に苦戦しながら進んでいくと、やがて少しだけ広い場所に出た。
暗くてはっきりとは見通せないが、10メートル四方ほどありそうな、真四角に切り抜かれたような空間だ。当然のように魔物が数匹徘徊しており、照明に気付き襲い掛かって来る。
「数は不明! 気を付けて!」
隊長の言葉の直後、全員が動く。
しかし、少し広い場所に出た事で、魔物に有利な空間が出来上がっていた。
「くそっ、どこだ!?」
「おい、こっちに――ぐぁぁ!」
先程までは、狭い路地のため複数匹に襲われる危険も少なかったのだが、半端に広い小部屋のせいで距離を取られると居場所が分からない。
一方で魔物は感知の魔術を所持していたのか、はたまた人の気配を感じ取れるものなのか。こちらの位置は把握されており、ほぼ一方的に攻撃される危険な状態だ。
「アイン、行くよ」
「おう」
ノーラもそれが分かったのだろう。ついに彼女が自分の足で立った。
鉱山の時同様、彼女が二つの武器に触れた途端、まるで意志を持つかのように反応して、魔力で覆われて連結する。
「隊長、死にたくなかったら、自分の安全確保でもしてて」
言葉と同時に、ノーラは飛び出した。
圧倒的な魔力に引き寄せられるよう、魔物はノーラへと襲い掛かるが、それではむしろいい的だ。
避けて反撃するたびに魔物は減り、全滅するまでに時間はそうかからなかった。
「ふぅ」
ノーラは疲れたように一息つくと、武器をアインの体に装着された鞘に戻し、その背に再び乗る。
小剣と鎌、そして彼女の体を覆う膨大な魔力は、まるで泡沫の幻であったかのように、すっかりなりを潜めていた。
「皆さん、大丈夫ですか? 被害状況の確認を……」
心配そうに駆け寄ってくる隊長の背後に、繋一は殺気を感じた。
一気に距離を詰めて、盾代わりに鉄の鞘を構える。直後、凄まじい衝撃に襲われ、彼の体は弾き飛ばされて地を転がった。
「ってぇ!」
「繋一さん!?」
正体は確認出来なかったが、重く、鋭い一撃だ。もし鞘でしっかりと防御しなければ、隊長はおろか、繋一すらも無事では済まなかっただろう。
「勘のいい奴だ」
「何者ですか!?」
隊長が地に伏せる繋一を庇う様に立ちながら、声の方へと松明を向ける。
小さな照明に照らされて浮かび上がったその姿は、頭頂部には獣の耳、腰の後ろには獣の尾。獣人だ。
正体を悟られたとみるや、その獣人の左右に、新たな獣人が並び立つ。
「なるほど、こいつらが精霊を狙ってるっつう、別の奴らか」
ノーラは、ライが典型的な霊人だから、獣人が作戦に参加していないのだろうと言っていた。
それも間違ってはいないのだろうが、一番の理由は、敵対組織が獣人の組織だからなのだろう。
先程から行方不明者が出ていたのも、彼らの手によるものと考えられる。それならば魔物に殺害された場合と違い、痕跡が残らずとも不思議ではない。
「危ない事しやがるぜ、陽出の野郎」
「全くだ。あんたに死なれたら俺らも困るんだから、大人しくしててもらいたいもんだぜ」
口ぶりから察するに、どうやら獣人達の組織側も、陽出の人間の協力を得るのに苦労していたようだ。
それを知っていて作戦をすぐに決行したライ。そして、陽出の人間が居ない状態で妨害し、姿を現した獣人達。
敵を退け、再び進んでいける状況では、最早ない。ならばどうすべきか。
「繋一さん、ノーラと先に行ってください」
隊長は迷いなく告げると、繋一に唯一の灯りである松明を手渡した。
そう。どちらの作戦が成功するのか、その鍵を握るのは繋一であり、目的を達成するのに一番の方法は、繋一の先行だ。
「そうは言ってもよぉ」
繋一自身も分かってはいるが、不安が大きい。
何せ、暗くて迷いやすい場所とはいえ、誰にも気づかれずに3人も始末出来る実力者だ。存在を明かされても堂々と姿を現す所を見るに、闇討ちだけが能ではないのだろう。
そんな相手を前に、繋一とノーラが欠けてしまって、果たして勝てるのだろうか。
「姿を現した以上、彼らにも後がないのでしょう。ならば、繋一さんが先に精霊を解き放ってくれれば、それは私達の勝ちなのです。皆がここに来たのは、そのために他なりません」
「……なら、死なないでくれよ。出来れば、後で礼くらいは言いたいからな」
そこまで言われては、繋一も無駄に足を止めてはいられなかった。
「ノーラさん」
眼前の獣人に対する警戒を崩さぬまま、隊長は言葉だけをノーラへ投げかける。
「後は頼みましたよ」
「はいはい、面倒事は押し付けるってわけね。慣れてるからいいけどさ」
うんざりした様子でノーラは繋一の横に並ぶ。
「よし、行くぞ!」
繋一は、アインと共に駆けだした。
直後に後ろでは剣戟の音が響くが、彼は決して振り返らない。ここで足を止めてしまったら、足止めに残ってくれた人達の覚悟を無駄にしてしまうからだ。
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