Magic&Steel~対魔物闘歴~

卯月霧葉

作戦開始


 翌朝、5時50分。ライの屋敷前。
 そこには繋一やノーラを含め、百名を超える人数が集まっていた。
 整列する大勢を前に、ライは声を張り上げて宣言する。
「今回の作戦に参加していただいた皆さん、本当に感謝します。陽出出身である繋一さんが参加してくれたことで、本作戦はいよいよ最終段階に入りました」
 最終段階。その言葉で、場の緊張感が一気に高まる。
「他勢力の妨害も考えられますが、我々の成す事はただ一つ。彼の精霊を目覚めさせ、この手中に収める事です。手順は先行部隊が周囲の魔物の討伐、引きつけを行い、突入部隊がその隙に洞窟へと乗り込みます。では、皆さんの武運を祈ります!」
 拍手の代わりの言わんばかりの雄叫びで、周囲が湧きたった。
 昨日参加したばかりの繋一には分からない事だが、よほど苦難の道だったのだろうと、想像するに難くない程の盛り上がりだ。
 取り残された感覚で周りを見渡していると、ノーラが近づいてきた。
「こっちきて。分かってるとは思うけど、あんたは突入部隊の一員だよ」
 彼女に案内されて合流した突入部隊の人員は、わずか十名。この場に集まった人々の一割ほどだ。
「あなたが陽出から来たっていう人ですね。私がこの部隊の隊長です」
「よろしく。突入がこの人数って事は、ほとんど先行部隊なのか。そんなに危険な場所なんすか?」
 実際に現場を見た事が無い繋一が尋ねると、隊長は頷いた。
「町の近辺としては珍しく、かなり危険度の高いという調査結果が出ています。妙に多くの魔物が徘徊しているものの、洞窟以外には何もない。だから、まるで何かに引き寄せられて集まっているようだっていう人も居る場所なんですよ」
 強大な魔物が存在する周辺の町はすでに陥落しているため、結果として町の付近の魔物ほど弱いという理論が成り立っている。
 しかし、調査によるとその洞窟には危険な魔物も多いという。
 では、その場所が普通でないと考えられる理由は何か。現状では一つだ。
「その正体こそが、例の精霊、って訳ですか」
「その説が濃厚です。ライさんはその事を調べるために、多くの出費と被害を出したらしいので、この作戦、失敗は許されないという思いで取り掛かってください」
 無論繋一は、こんな所で死ぬつもりも、失敗して無様に帰ってくるつもりもない。
 そこでふと、一つの事に気付く。
「ちょっと待てよ、ノーラがここに居るって事は、一緒に来るのか?」
「居たらいけないの?」
「てめぇ、お嬢馬鹿にすんのも大概にしろよ」
「別に馬鹿にしちゃいねぇし、昨日見たから問題ないのも知ってるさ。けどよ、そんな危険な場所に行って大丈夫かってのは別の話だろ」
 繋一とて、年は18でこの群衆の中で見れば相当若い。そんな繋一よりも、ノーラは明らかに年下だ。
 実は見た目に反して年寄りだといった、冗談のような話でもなければ、子供が危険地帯に乗り込むという事になる。気になって当然だ。
「あんたより強いんだから、大丈夫に決まってるじゃない」
「ノーラの実力は確かです。問題ありませんよ」
「はぁ……」
 本人と隊長から言われ、反論できなくなる。
 しかし繋一が一番不思議に思ったのは、いくら実力が確かといえ、誰一人とてノーラを心配している者が居ない事だった。
 精霊に守られているという事実は、下手な護衛が居るよりも心強いのは事実だろう。それでも、身体が弱いと言っている彼女が全く配慮されていないのは如何なものか。
 隊長が最終確認で離れた隙を見て、繋一はノーラに小声で話しかける。
「ノーラ。きついと思ったら俺を使え」
「は? いきなり何言ってんの?」
「頭いかれたか?」
 当然怪訝な顔をされるが、構わずに言葉を続ける。
「まぁ聞けって。いくらノーラが俺より強かろうが、無理させたかないんだよ。だから、この作戦の間は仲間の俺を、少しは頼れって話だ」
「仲間?」
 何故か不思議そうな顔をするノーラ。
「目的のために協力する、つまりは同じ仲間だ。そんで俺は仲間が無理しようとしてるのに、負担押し付けて見てるつもりはないんだよ」
「オレ達とお前が同じだと? 本気で言ってんのか?」
 アインの疑り深い言葉にも、堂々と頷く。
「おうよ。そりゃ精霊と契約はしてないし、歳の違いはありそうだけどな。むしろ俺のが年上だろうから、頼られるのが当然ってもんだ」
 しばし唖然とするノーラとアイン。
「……まぁ、その時考えるよ」
 やがて絞り出すように言うノーラ。
 明らかに他人に頼る事に慣れていない態度だが、考えてくれるならそれでいいだろう。
 しかしノーラのような華奢な少女が他人を一切頼ろうとしないのも、なんだか不思議な話である。
 契約精という強い力を持ったことで、多くの事が自分で出来てしまうが故なのだろうか。
 気になる事は多々あるが、自分の思考に耽る時間はもう無い。どうやら、出発の時間のようだ。
 一行は無駄な魔物との戦闘を控えるため、先日訪れた鉱山を迂回して洞窟へと向かう。
 大きな問題もなく鉱山地帯を抜けた草原に辿り着くと、恐ろしい景色が目に入ってくる。
 まだ距離はあり、気づかれた様子はない。しかしはっきりと、大量の魔物が蠢いているのが分かる。
「なるほど、こりゃあ人手が必要なわけだ」
 繋一は思わず呟いた。
 ライの話にあった草原に辿り着いた時点で、すでに数えられないほどの魔物が居るのだ。こんな場所を南下するなど、少人数では到底行えないだろう。
「総員、まずはあの崖付近で待機。その後、足止め部隊は作戦を開始してください」
 隊長の指示に従い、一行は付近の崖の陰に隠れて、まずは足止め部隊の先行する。
 足止め部隊は無理な突撃をせず、陣形を維持して魔物の群れへと前進していく。ほどなくして、戦闘が開始した。
 交戦から約10分。時折様子を窺っては戻ってくるのを繰り返していた隊長が、ようやく口を開く。
「突入開始です。洞窟の場所は、私が魔術で確認しながら進むので、はぐれないようについて来てください」
 ライの館を離れた時のような歓声はあがらず、全員の表情が引き締まった。
 隊長が再確認の直後に手ぶりでの合図を出し、10人と1匹は同時に陰から飛び出し、全速力で駆け抜ける。
 繋一はちらと、ノーラを見た。
彼女は昨日と変わらずアインに乗って追従している。問題はなさそうだ。
足止めの人員が魔物を極力抑えてはいるものの、数は魔物の方が圧倒的に勝っている。1匹の魔物が、新たに現れた繋一達を獲物と定めて襲い掛かってきた。
「魔物の対処は最低限で! 突破を優先してください!」
 隊長の言葉に従い、隊員の1人が飛び掛かってきた魔物を回避し、そのまま無視して進んでいく。再び襲い掛かろうと体勢を立て直した魔物は、気付いた足止め部隊の人員によって阻まれる。
 走り続ける事数分、ついに目の前に迫る洞窟に、全員が飛び込んだ。追いかけてくる魔物を押し留める様に、後続していた足止め部隊の人々が入口を固めて守り始める。
 ようやく洞窟に辿り着いたが、これは終わりでなく始まりだ。
「第一段階、成功です。このまま進みましょう」
 息を整えるだけの休息を取り、すぐに立ち上がって奥へと進む。外で戦う者達のためにも、のんびりとはしていられないのだ。
「やはり照明がありませんね、持ってきて正解でした」
 洞窟内部は非常に暗いため、隊長の手にした松明の明かりを頼りに進んでいく。隊列は照明を持つ隊長とその護衛が前方、殿が数人で、繋一とノーラは最も安全な中央だ。
 狭く、曲がりくねった道と分かれ道がほとんどで、行き止まりも多数存在している。
「これは迷ったら合流が厳しそうです。はぐれないよう、気を付けてくださいね」
 ただ狭く暗いだけならば、時間をかければ進めるだけまだいいだろう。
 一番の問題は、内部にも住み着いている魔物の存在だ。
「左前方に1体発見!」
 前方の警戒に当たっていた霊人の一人が叫び、隊長ともう一人の人間が処理に当たる。
 1体の魔物と戦うのにかかる時間は数分。狭いため一気に仕掛けられないのもあるが、もっと大きな要因があった。
「町の付近にしちゃあ危険ってのも、納得だなこりゃ」
 予想以上の苦戦に、繋一がぼやく。
 事前に聞いていた通り、洞窟に集まってきている魔物は、1日で往復出来るような範囲に居る魔物にしては強かった。
 有名な傭兵達が揃いでもしていればもっと楽だったのかもしれないが、緊急性もあり難しかったのだろう。その事実は、重要とされる陽出の人間すら、お世辞にも経験豊富とは言えない開拓者の繋一を採用した事からも窺える。
 とはいえ、何も素人ばかりが揃っているわけではなく、連携や警戒はしっかりと出来ていた。
時間が無いなりに優秀な人々は集まっている事と少数で乗り込んだ事もあってか、比較的順調に進んでいく。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く