Magic&Steel~対魔物闘歴~

卯月霧葉

帰還後


「ありがとう。君が来てくれて助かったよ。皆を代表して礼を言われてもらう」
 屋敷に戻ってきた繋一は、共に鉱山へ行った霊人から感謝の言葉を受けた。
「どういたしまして。けど、礼を言われるのは俺じゃあないんだがな」
 役に立ったのは何よりだが、彼は今回の成功の理由が、自分だとは思っていない。
 繋一はちらとノーラを見た。窓際で1人、疲れた様子で休む彼女をアインが気遣っているのが視線に入る。
「今回はノーラとアインのおかげだ。あいつらが居なきゃ、全員無事とはいかなかったろうよ」
「彼女は元々、我々を護衛するための存在だからね。それよりも、追加で参加してくれて、助けてくれた君に礼を言うのは当然さ」
「そりゃ、どうも」
「本作戦の方でも手助けしてくれることを期待しているよ。それじゃ」
 少し気になる物言いだったが、彼はすぐに他のメンバーに合流し、慌ただしく屋敷の奥へと言ってしまった。
「ま、いいか」
 気のせいという事もある。難しく考えるのを止めて、ノーラに歩み寄った。
「大丈夫か?」
「少し疲れただけ。心配されるほどじゃない」
 気丈に振舞ってはいるが、あまり元気が無い。
 確かに撤収の際の大立ち回りは見事なものだった。しかし彼女が実際に働いたのは撤収の際の数十分程度であり、少し休めば十分に回復しそうなものだが、その様子が無い。
「身体が弱いってのも、大変だな」
 だとすれば、考えられるのは単純に体力が少ない故だろう。
「うっさい。それより、さっさとライに会いに行くよ」
 図星らしく、否定はしなかった。それどころか、あまり話もしたくないのか、用件だけ告げるとアインの背に乗り、さっさと行ってしまう。
 彼女に連れられ、繋一は再びライと面会した。
「ノーラ、アイン。彼はどうだった?」
 ライの問いかけに、ノーラが面倒そうに答える。
「まぁ、役立たずって事は無いと思うよ。先導役は開拓者らしさはあったし、撤収の時に殿やろうとしてたしね」
「ぼけっとしてるようで、見るとこは見てる。最低限くらいはこなしてくれるだろうよ」
「なるほど。なら、今回のテストは合格って事かな?」
 ノーラとアインの表情が、険しいものに変わった。
「それでいいよ。アイン」
「あぁ」
 彼女はアインに指示を出すと、連れられて退室してしまう。
「ノーラ……?」
「すいませんね、ノーラはいつもああなんですよ。それでは繋一さん、今回の作戦について、詳細をお話します」
「ん? あぁ、はい」
 妙な反応が気になり追いかけようと思ったが、ライの言葉に引き留められる形となる。
「場所は先ほど行ってもらった鉱山の先にある草原を、更に5キロほど南下した先にある洞窟です。時間は明朝6時」
「明日? 随分早いですね」
 早くても数日後と予想していただけに、繋一は驚きを隠せない。
「行っていただける人材が見つかり次第の予定だったもので」
「そこまで急ぐ理由が、何か?」
 何かあると直感し、素直に尋ねる。
 するとライはしばし何かを迷っていたが、やがて決心したように語り出す。
「混乱を招く可能性があるので、あまり広めたくない話なのですが、情報を探る中で、他にも精霊を狙う者達が居る事が発覚しました」
「ライさんは魔物を打ち倒すために探してたんですよね。協力すればいいんじゃ?」
「それは、そう、なのですが……相手方はその、私利私欲のために情報を集めていたようで、対話はしたのですが、その時にこじれてしまいまして」
「あー、それじゃあ無理ですね」
 ライはあくまでも、魔物の居ない世の中を目指して精霊を目覚めさせようとしている。それでは当然、利己的な連中との折り合いはつかないだろう。
「とにかく、そういった理由から、先に奪われないようにと、陽出の人が見つかり次第作戦を開始する予定だったのです。ご理解ください」
「大丈夫ですよ。確認したかっただけで、問題あるなら抜けるなんて言い出しませんから」
「そう言っていただけると、助かります。それでは明日、よろしくお願いします」
「じゃあ、今日はこれで」
 正直な事を言えば、何日も待たされるよりは、すぐに始まる方が気は楽だ。そういう意味では、明日すぐというのも悪くはない。
 玄関まで来ると、ノーラが窓から外を見ているのを発見する。
「外になんかあるのか?」
 何気なく話しかけると、彼女は驚いて身構えたが、繋一だと分かると不機嫌な表情に戻った。
「なんだ、あんたか」
「急に話しかけて悪かったよ。そんなに驚くと思わなくてな」
 まるで背後から急に襲われたかのような驚き方をされ、申し訳なくなってしまい謝る。
「で、話はどうなったの?」
「明日の朝6時に決定だとさ。ノーラも参加するのか?」
「そりゃあ、あたしはそのために居るからね」
 一見普通の言葉なのだが、繋一には何故だか、他人事のように聞こえてしまった。
「ノーラは、何のために参加するんだ?」
 それ故に、ノーラの事が気になって問いかける。
「理由なんて別にないよ。任務として参加したからやる、ただそれだけ」
「やっぱ、自分の意志じゃないのか」
「自分の意志? そんなの、意味ないじゃない」
 言葉とは違い、その顔は酷く辛そうだ。
「意味なくはないさ。自分の意志で行動を決めて、やるだけやる。それが人ってもんで、誰もが持ってる自由ってやつだ」
「自由ねぇ。この世界に、ほんとにそんな物があるの?」
 言葉を語る彼女が厭世的に見えれば見えるほど、繋一は自分の思いを告げたくなった。
「当然あるさ。自由ってのは責任が全部自分に来るから、大変で良い事ばっかでもない。けど、だからこそ凄いもんだ。なんてったって、生き物全員が絶対に持ってる、自分だけの物だからな」
「ずいぶん熱っぽく語るじゃん」
「俺の夢は、いつか皆が自由に生きられる世界で、何のしがらみも無く旅する事なんだ。けど、それには魔物が邪魔すぎる。それが今回の作戦に参加する理由であり、俺の自由な意思だ」
 深い理由などなく、ただそう感じたからという理由で、ノーラの意志を確かめるように語る。
 彼女の自由は、意志はどこにあるのか。それもまた、繋一が自由の中から選び取った選択だ。
「楽しそうでいいね、あんたは」
「人生楽しんでなんぼだ。でなきゃ本当に辛い時、そいつを糧に踏ん張れない。だからさ、ノーラも少しは自分の思うようにしてみりゃいいさ」
「あたしはあんたとは違うんだよ!」
「おう、違って何より。それが人だ」
 ノーラの怒鳴り声を受け流し、言葉を続ける。
「人に同じ奴なんて居ないけど、自由は同じだけある。俺にも、当然ノーラにも」
「あたしに、自由が?」
 最後は諭すように、優しく告げる。
「あるさ。持ってる選択肢は違うから、何を選ぶかは人次第だがな。俺とノーラは確かに違うけど、同じ人間なんだ。自分で何かを選べるっていうのだけは、同じはずなんだ」
 ノーラは繋一の言葉を噛みしめるように、胸に左手を置き、少しだけ俯いた。
「……怒鳴ってごめん」
「お嬢?」
 アインが心配そうにノーラの様子を窺う。この精霊が、他者を気遣う優しさを見せたのを、繋一は初めて見た。
「ん、大丈夫。ただ、あんたみたいな奴がいるなんて、今まで思いもしなかった」
「世の中広いぞ。俺と違って凝り固まった考えしかしない奴も居るし、俺より変な奴だっていくらでも居るからな」
「あんたほど変な奴、そう居ないって」
 はっきりと言い切るノーラだが、微かに嬉しそうな顔をしていた。
 語りこそしたが、繋一は自分の考えを押し付ける気はまるでない。それでも、少しでも助けになれたなら何よりだ。
「へいへい。ま、俺はそろそろ宿に帰るとするよ。明日の作戦、よろしくな」
「言っとくけど、あたしの足は引っ張らないようにしてよね」
「やるだけやるさ。後はそん時次第だ。じゃあな」
 まだ名前は呼ばれないが、今はそれでいい。
 繋一は外に出た後、何気なく空を見上げると、夕日で赤く染まっていた。
「まだ早い気もするけど……どうせ明日は忙しいだろうしな」
 朝早くである事と、先程聞いた他の精霊を狙う連中の事もある。
 十分に英気を養うためにも、繋一はその足で宿へと真っすぐ向かった。

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