Magic&Steel~対魔物闘歴~

卯月霧葉

出会い


 6つの国と1つの大陸、そして複数の小島が存在する世界。
 人間、霊人、獣人。人類と総称される彼ら3種族は、身体に宿る魔力の恩恵を受けながら、多くの生物、そして世界の観察者たる精霊達と暮らしていた。
 ある現象に、人類は名を与えた。内なる魔力に形を与えるすべに〝魔術〟と。
 ある物に、人類は名を与えた。魔力と対極の物質に〝鉄〟と。
 鉄は争いを長い生んだ。その争いが終結した時、人々は新たな可能性を手にした。
 だが、争いの終結と同時期に、新たな戦いもまた生まれてしまっていた。
 これは、人類の存亡をかけた〝魔物〟との戦い。


「これで依頼は完了です。お疲れ様でした」
「君のおかげで無事にここに来れたよ。ありがとう」
 受付の男性から、事務的な言葉と共に報酬を受け取った繋一は、外に出て護衛をしていた恰幅の良い商人と別れると、ため息をついた。
「何やってんだろうな、俺」
 生きていくためにお金は必要で、そのためには傭兵協会で依頼を受けて、報酬を貰うのは必要な事だ。
 しかし繋一は、そんな事のために傭兵になったわけではない。
 大陸の東に位置する国、エアスト。繋一は今、商人の護衛として入国しただけであり、ここで何かする予定など何もないのだ。
 普段は割り切れているのだが、ふと冷静になってしまい、お金のためだけに活動している自分が悲しくなってしまった。
「……だからって、この金を捨てるのも違うしなぁ」
 同時に、妥協している自分に少し腹が立ってしまう。
 いら立ちを抱えたまま道を歩いていると、突然叫び声が聞こえてきた。
「ようやく追い詰めたぞ!」
 何事かと思い、辺りを見回す。
 何かを騒ぎ立てる声は路地裏から聞こえてきており、気になった繋一は声の方へと足を進めた。
 見れば、三人の獣人の大男が道を塞ぐように背を向けて立っている。その先には、行き止まりに追い込まれた人間の少女が居た。
「本当にこいつなのか?」
「見た目は子供の奴にやられたって言ってたんだ。こいつじゃなかったとしても、あの場所から出てきた以上、奴らの仲間に違いねぇ!」
 少女は、黒い丈長の、フリルがあしらわれたドレス風の衣装を身に纏い、大きな帽子を被っていた。
ウェーブがかった背中まである銀髪に、人間では初めて見る、右目が緑色で左目が青色なのが特徴的な彼女は、どこかのお嬢様なのだろうか。
 冷めた目で男達を見る彼女は、漆黒の毛に覆われた狼に腰かけていた。少女と逆の目の色をした狼は、愚か者を眺めるような表情で状況を見守っている。
 ただ非力な少女が追い詰められているのとは、少し状況が違いそうだ。
「おい、そこのあんた」
 しかし、今の繋一にそこまで考える冷静さは無かった。
「あ? なん――だぁ!?」
 男の一人が降り向くと同時、彼の頭へと思い切り刀が収まったままの鞘を叩きつける。
 仲間をやられた男たちは勿論の事、突然の乱入者に少女すらも驚いていた。
 唖然とする三者を前に、繋一ははっきりと言い切る。
「いい大人が、真昼間から子供虐めていい気になってんじゃねぇよ」
「んだとぉ!?」
「何も知らねぇガキが、良い気になってんじゃねぇぞ!」
 残った二人の男が、敵意を剥き出しにして繋一に襲い掛かる。
 繋一は臨戦態勢に入り、半ば反射的に体の無駄な力を抜く。
 狭い路地という事もあり、どちらの男もただ腕を振り上げて殴り掛かってくるだけだ。勢いのままの行動に、警戒するほどの危険性は無い。
腕の軌道を見切り、2人の間をすり抜けるように体を運んで後ろを取ると、素早く彼らの後頭部に、鞘を叩きつけた。
力なく倒れる男達がしっかりと気絶しているのを確認してから、少女へと向き直る。
「大丈夫か?」
 鞘を腰に戻しながら少女に無事を尋ねた。
「大丈夫に決まってるでしょ。そんな奴ら相手じゃ、助けだっていらなかったよ」
 予想以上に棘のある返答に呆気に取られ、ようやく繋一の頭は冷えてくる。
 なるほど繋一も警戒対象だと、少女を背にした狼の目が訴えていた。敵意が無い事を示すため、刀から両手を遠ざける。
「そりゃあ、悪かったな。ちょっといらついてた所に、君が襲われてるように見えたもんで、ついね。にしても、こんなとこで何してたんだ?」
 飄々とした態度で問いかけられ、毒気を抜かれたか、あるいは敵でないと認識はしてもらえたのか。しばしの沈黙の後、少女は答えた。
「人探しの手伝い。だけど、その最中にこないだ揉めた相手の仲間に見つかって因縁つけられてたってわけ」
 彼女の言葉通りならば、男達だけが知った風だったのも納得である。
 しかし改めて見ても、上品ななりをした少女だ。こんな少女まで駆り出して探しているのはどんな人なのか、気になって再び問いかける。
「なるほどね。んで、人探しってどんな相手?」
「何でそんな事まで聞いてくるのよ」
「ただの興味本位だよ」
「……陽出の人。そこの出身なら、誰でもいいって聞いた」
 渋々ながらも教えられた内容は、繋一にとって無視できない物だった。
「へぇ。なら俺が行くから、そいつに会わせてくれよ」
「は? なんで?」
「俺がその陽出生まれだからだよ。誰でもいいなら、俺でも良いんだろ?」
 陽出出身の繋一は当然のように話に食いつく。
「そういやその恰好、陽出じゃ普通なんだっけ」
「おう。陽出以外じゃ全然見ないが、俺にはこれが一番動きやすくてな」
 繋一の身に纏う着物と袴は、陽出では普段着として用いられているが、陽出以外で着ている者はあまり見た事が無い。
 陽出の文化が独自的であると言われる理由の一つであり、稀に不思議な目で服装を見られる事もあるが、彼は気にしていなかった。陽出では普通なのだし、周りの目を気にして動きやすい恰好を止めるなど、馬鹿らしいからだ。
「でもさ、よく自分から来るとか言うよね。探してたあたしが言うのもどうかと思うけど、明らかに怪しくない?」
 彼女の言う事は最もだが、その怪しさもまた、したい事もままならぬ今の繋一には、新たな刺激への足掛かりにしか見えなかった。
「さっきも言ったが、興味本位だ。家の中が似合いそうな女の子にまで手伝わせて、陽出生まれに何させんのかってな」
「変な奴」
「変で結構。さ、俺の気が変わらないうちに案内してくれよ。自分で言うのもなんだが、陽出は狭いからそんなに人が多くねぇ。俺を逃したら、いつ見つかるか分かんねぇぞ」
 楽しそうに案内を促す繋一を見て、少女は呆れたようにため息をついた。
「アイン、行くよ」
 少女が一言だけ告げると、彼女を乗せた狼はゆっくりと歩きだす。
 繋一は久々に興味のままに活動する事への嬉しさを抱き、先程の苛立ちなどすっかり忘れて、彼女の後をついていった。


 未だ名も知らぬ少女に案内されて辿り着いたのは、町はずれの洋館だった。
 手入れのされていない辺り一帯は草木が無造作に生い茂り、建物の一部にも蔦が浸食し始めている。
 少女を乗せた狼が、慣れた足取りで曲がりくねった一本道を進んでいく。彼女はさながら、隠された館に住んでいる、知る人ぞ知る名家の娘のようだ。
 建物の入り口には門番が居たらしく、彼女に気付くと声をかけてきた。
「ノーラ、もう戻ってきたのか。何かあったのか?」
「例の陽出生まれの人、見つけたから連れてきたよ」
 ノーラと呼ばれた少女と門番、二人の視線が繋一へと移る。
「どうも。繋一っす」
「よく来てくれた、歓迎するよ。詳しい話は中で聞いてくれ」
 門番は入口を開けると繋一達を促した。
 再びノーラについていく形で中へ入ると、外観ほど酷くはないが、どこか古びた印象が色濃い玄関に迎えられる。
 勝手を知る彼女と連れの狼は止まることなく進んでいき、やがて一つのドアの前で止まった。
 ノーラが小さくノックをすると、しばらくして中からドアが開けられる。
 中から現れたのは、身なりの良い中年の男性だ。
細身だが2メートル近くありそうな長身に、先細りの細長い耳。どうやら霊人のようだ。
「ノーラか。ん、そちらの客人は?」
「陽出の人。見つけたから、言われた通り連れてきたよ」
「どうも。繋一って言います」
「おぉ、やってくれたか! 私はここの主、ライと言います。さぁ、こんな所で立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
 部屋は中央に十数人ほどで使えそうな大きな机が置かれており、何人かの人々が何やら話し合いを行っていた。
「んで、陽出の人を探してたとしか、まだ聞いてないんですよね。何する気なんです?」
 繋一が本題を切り出すと、ライの表情が真剣なものに変わる。
「陽出の方ならば、鬼と眠る鳥の精霊の童話は、知っていますね?」
「えぇ。小さい頃、さんざ聞きましたからね」
 鬼と眠る鳥の精霊は、鬼に困った陽出の女性が鳥の精霊と旅に出て成長し、最後には鬼と精霊は長い眠りにつくという、少し物悲しい内容の御伽噺だ。
「実はですね、その童話には、いくつかの事実が隠されているらしいのです」
「あれが、実話?」
「あくまで一部ですがね。そして私はつい最近、ようやくその精霊が眠っているとされる場所を突き止める事に成功しました」
「そりゃあまた、何とも……」
 想像だにしなかった話の内容に、繋一は言葉を失ってしまう。
 ずっと聞いてきた内容だったが、その中に真実が隠されているなど、一度も聞いた事がなかった。
「よく、そんな事分かりましたね」
 しばしの間を置き、平凡な言葉を返すので精一杯だった。
「私もかなり苦労しましたよ。まず……おっと、私の苦労話などしても仕方ありませんね。とにかく、私の調べた結果、強大な存在を封じるほどの力を持った精霊が居るのは、事実である所に辿り着いたのです」
 熱のこもった言葉でライが語り続ける。
「そして、彼の精霊の封印を解くには、陽出の人間が欠かせないのです。それで私は、陽出の人間を探していました。事の大凡は、以上ですが、何か質問はありますか?」
 問われ、繋一は確認をする。
「もし本当なら、復活には多分、条件が必要ですよね。その辺は分かってるんですか?」
童話の最後で、鬼を封じるための礎になる事を決めた精霊は、封じる力を保つために神の用意した結界の中へと身を投じる。そして、3つの魂が交差する時まで眠り続けるという最後だった。
不思議な終わり方だとは思っていたが、なるほど御伽噺が事実を基に作られたというのも納得だが、それは目覚めるには条件が必要である事も示している。
「さすが陽出の方だ、よく覚えていらっしゃる。先程も軽く触れましたが、隠されている事実は一部のみです。終わり際の文から解読出来たのは陽出の人間が必要という事だけでした」
「つまり、3つの魂ってのは、偽の情報が混ざってると?」
「私はそう判断しました」
 偽の情報と断じるには思う所があるのだが、ずっと研究してきたのは繋一でなくライだ。彼が判断したのなら、その方が正解の可能性が高いだろう。
 段取りは済んでいると判断し、もう一つの疑問を投げかける。
「なんとなくは分かりました。けど、その精霊を解き放って、何するつもりなんです?」
「気になりますか」
「そりゃあね。一応、それを聞いて育ってきたもんで」
 どこまでが本当かは分からないが、歌の中では、命を賭して陽出を救った精霊だ。もし目覚めたとて、そのような存在が悪事や金儲けに使われるのでは、気分が悪い。
「繋一さんも知っての通り、今の世の中は、魔物に蹂躙される世界です。安全な場所は今も奪われ続け、国同士を行き来する事すら困難になっています」
「じゃあ、魔物を倒すために、その精霊を?」
「その通りです。私もあの歌がどこまで真実なのかを正確には知り得ませんでしたが、何かを封じるほどの力がもしあるのなら、間違いなく打倒魔物の第一歩となるでしょう」
 200年前に現れた、人類の天敵である魔物。ライの言う通り、魔物の出現により人類は徐々に生活の場を失っていき、今なおその恐怖に怯える生活を余儀なくされている。
「なら、力を貸すのも吝かではないですね」
 眠りにつくまでに、何があったのか。どのような性格で、どんな力を持っていたのか。
 童謡に存在する精霊が実在するならば、ぜひ会ってみたいと、繋一は大きく心惹かれていた。

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