生も死もない世界

ゆずっこ

11.彼の

 ジンの元で満腹と幸福を得てバルバラと別れた後、ミスティは自宅に戻った。
 仕事も積まれたものが残っているうえに彼にはするべき事が残っていた。
 それは彼にとってある意味では命よりも優先されること。
 はやる気持ちを抑えて帰路を急ぐ。
 彼は帰るとすぐに地下室へ繋がる扉の鍵を開けた。
 ひらりと扉の奥に体をおき、内側から鍵をかける。
 そのまま闇の中へ。
 足元にだけある仄かな明かりを頼りに降っていくとまた扉が現れた。
 厚みのある見るからに頑丈な扉。
 その扉に先ほどとは別の鍵を差し込み、回す。
 すると解錠音とともに扉横にあるパネルに光が灯った。
 パネルは数字の入力を求める。
 ミスティは素早く数字を入力していく。
 そして最後のひとつを入れ終わると扉がゆっくりと、静かに開いた。
 足早に扉をくぐり、部屋の中央に歩み寄る。

「ただいま、お嬢さん。目は覚めたかい?」

 返事はない。
 部屋にこだまするのはこぽこぽという水上で気泡がはじける音のみ。
 その音の主は部屋の中央に鎮座している見上げるような大きさの装置だ。
 その装置は透き通るような赤で満たされており、その中には桜色とうっすらとした橙色が人の形をなして揺蕩う。
 彼はその装置に右手をそっと置き、腰の高さにあるパネルに目をやった。
 そこには逐一更新されていく数字が並び、装置の中にいるお嬢さん・・・・、つまり先ほどの任務でばれないように持ち帰った桜髪を持つアンドロイドの状態を表していた。
 その数字をざっと流し見し、二度頷く。

「うん、順調そうだ。これなら今日のうちに回路も起動するな。……今回は廃棄・・なんて悲しいことをせずに済みそうだ」

 そうつぶやいて彼は部屋の奥にある机に向かった。
 椅子を引きそこに座るとポケットから煙草を取り出して火をつける。
 一息吹くと白が舞った。
 その白の中に快楽を見いだしながらコンピューターを起動する。
 すると部屋の奥の扉が開いた。
 そこから現れた人物は手にお盆を持ち、その上にふたつのカップを載せている。
 そこからは煙草のように白が舞っていた。

「おかえりなさい、ミスティ」

 そう言って机の上にカップをひとつ置いた。

「ただいま。あの子の調子はどうだった?」

 ミスティは煙草を灰皿に置き、カップを手に取った。
 目線を背後の大きな装置に向けて。
 すると突然、彼の右頬をヒリヒリとした痛みが襲った。

「元気そうですよ。もう私なんかいらなくなりそうなくらいにね」

 そう言ってさらに彼の頬をつねった。
 彼の視線が頬をつねる人物へと動く。

「わ、悪かった。でもエルのことは頼りにしてるし大切だ。だから手を離して……。俺はああいう子を見るとどうしてもほっとけないの知ってるだろ……?」

 それを聞いたエルは頬を膨らませながら渋々といった様子で手を離した。

「もぅ……。じゃあお詫びに今夜ミスティの手料理をご馳走してくれたら許す」
「わかった」
「よし!」

 そう言ってエルはスカートを揺らしながら小さく拳を握った。
 それを見てミスティはようやくカップに一口目をつけた。

「なあ、あの子で何か気になることなかったか?」

 ミスティはカップを回しながら問うた。
 エルは机に腰掛けながら答える。

「別に。数値もいつもの子たちよりうんといいし、構造自体も既知のものだったわよ。強いてあげるとすればちょっと可愛いことかしら……。私ほどじゃないけど……」
「そうか……」

 ミスティは少し顔をしかめながら起動したコンピューターを見つめた。
 対してエルは少し不満げな表情を浮かべる。

「たしかにおかしなところはこれといって見当たらんな。……思い過ごしだっただろうか……」

 そう言って彼は先の任務中のことを思い描いた。
 追っているとき、目標であるアンドロイドは胸に何かを大事そうに抱えているのを見たような気がした。
 だと言うのに追いついたとき、彼女は何も持っていなかった。
 このときミスティは最初新手の兵器でも隠し持っているかと疑ったがすぐに違うことを理解した。
 彼女の瞳。
 そこには絶望の色がかけらも感じられなかった。
 自我を持って逃げ出したのならばほとんどの場合、アンドロイドたちは捕えられることの意味を理解し、逃れられなかった運命を呪う。
 結局自分は鳥かごの中で踊るしかないと絶望する。
 そうした場合、今回のように彼が持ち帰っても・・・・・・まず起動しない。
 が現実を拒むのだ。
 ところが彼女は違った。
 絶望なんてものは見えない。
 むしろ自分のことなどどうでも良いとさえ思っているかのような顔をしていた。
 彼女の自由とは全く異なることが彼女の逃げ出した理由であるかのように。
 ミスティはそこに疑問を持った。
 一体何が彼女をそうさせたのだろうかと。
 そして彼はここに経験からひとつ思い当たる節があった。
 ちらりとエルの方を見た。

「あの子と面識あったりしないか? 以前、同じところ・・・・・で働いてたとか」
「うーん……」

 そう言って彼女は腕組みをしながら記憶回路を漁り始めた。
 しかし何もヒットしなかったようで、首を横に振った。

「そうか……。実はちょっと思い当たる節があってな。その辺は彼女が目覚めてから聞いてみるよ」

 ミスティはカップをあおってコーヒーを飲み干した。
 そうしてもう一度画面と向き直る。
 忘れないうちに彼女と出会ったときの情報をまとめておくためだ。
 瞬きもせずにひたすら手を動かす。
 そんな彼を薄らとした目でエルは見つめる。

「……それ打ち終わったら寝なよ。けっこう疲れの色が出てる」
「そうしたいところだが仕事が残っててな。もう少し頑」
「だめ」

 エルはもう少しで触れそうなほど顔を近づけた。

「いい? あなたはもう若くないの。42歳! しかも今回の任務は徹夜してるじゃない。仕事って言ったっていつもの簡単なやつでしょ? それぐらい私がやっとくから大人しく寝な」
「でもエルだって忙しいだろ? 大丈夫。自分のことぐらいやれるから」
「あーもー!」
「いてて」

 言葉に若干の苛立ちを込めながらミスティの耳たぶを引っ張った。

「いいから寝ろ! じゃなきゃ今夜の手料理が美味しくなくなるじゃん!」
「そこ?」
「そこ!」

 少し拍子抜けしたのかミスティはまたの力を抜いて笑った。

「わかったよ。仕事はここのファイルのやつだからよろしく頼むよ。できあがったら最後に書いてあるアドレスに送信しといてくれ」

 そう言ってミスティは椅子から立ち上がった。
 うんと伸びをしてエルが出てきた扉へと歩き出す。
 
「じゃ、おやすみ」

 エルへ向けて手を振った。
 エルもそれに答えて手を振る。

「おやすみなさい」

 そうして挨拶を交わすとミスティは奥にある居住スペースへと消えていった。
 見届けたエルが椅子に座る。
 彼が残していった煙草の吸い殻を見つめてひとつため息をつく。

「ほんとはこの煙草もやめさせなきゃなんだけど……」

 そんなことをつぶやきながらそっと咥えた。

「彼の味……」

 エルは仕事を片付けるべく、コンピューターを叩き始めた。

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