生も死もない世界

ゆずっこ

7.食べるということ

 テイラーがアネン村に来て半年ほど経った。
 ティフィンとグレーナ、村のみんなが協力してテイラーの世話をし、テイラーは何不自由なく成長していた。
 テイラーがいると自然と周囲に笑顔が移る。
 気づかないうちに明るい雰囲気ができあがる。
 そんな調子で村は今日も平穏がゆっくりと流れている。
 そよ風が村を染めていく。
 小さなようで大きな幸せ。

 そんなとある日の昼下がり。
 ティフィンとテイラーは村のすぐそばの小川のそばを歩いていた。
 これと言って目的もない。
 ぶらぶらと静けさを満喫するように。

「ティフィ、おさかな!」

 そう言ってテイラーが水底を指さしながらはしゃぐ。
 見ると掌ほどの大きさの魚が岩陰で体を休めていた。

「よく見つけたね……」

 そうつぶやきながらティフィンがテイラーの方へ振り向くと親指が口の中にあった。
 目を輝かせてじっと岩陰を見つめている。
 今にも腹の虫が鳴きそうな姿。

「もしかして……食べたいの……?」

 恐る恐るテイラーの瞳をのぞき込むと、その汚れなき瞳がティフィンの瞳を貫いた。

「うん、テラーおなか、へった!」
「えー、さっきお昼食べたじゃん。もうお腹減ったの?」
「うん! おさかなたべたい!」

 こうなったらティフィンに逆らう術はない。

「……わかったよ」

 ぼそりと言って辺りを見回した。
 すると少し先に手頃な木の枝を見つける。
 少し太くて20cmほどの長さ。
 その枝を拾って先の方を手折った。
 こうして即席のもりをこしらえるともう一度岩陰に目をやった。
 相変わらず動く気配を見せない魚。
 緩やかな流れに揺られて心地よさそうに。
 まさに今、命を狙われているなど露も知らずに。
 それをティフィンなりに鋭く見やると、ぐっと腰を落とした。
 小さく息を吐く。
 そして

「えいっ!」

 思い切り突いた。
 豪快に舞う飛沫。
 太陽に照らされて七色に染まる。
 その七色の中に大きな陰がひとつ。
 ティフィンが大きく手を掲げた。

「やった! とれた! テイラー、とれたよ!」

 ティフィンの顔に花が咲く。
 白茶が七色の中を舞う。
 それを見てテイラーも口を縦に開きながら手を叩いた。

「ティフィすごい! すごい!」
「へへん!」

 そう言ってティフィンは鼻の下を指で拭った。
 まだ幼いなりに見せたたくましい姿。
 そんな兄のような存在の姿にテイラーは爛々と瞳を輝かせる。
 憧れ。
 その感情の正体をこの幼子はまだ知らない。
 それでも拍手を続ける彼の姿勢は紛う事なき憧れが、尊敬が込められていた。

「じゃ、じゃあ村に帰って焼いてもらお! ソラニンのとこ!」

 すこし照れた顔でティフィンが提案するとテイラーは間髪入れず首を縦に振った。
 そして次の瞬間にはテイラーの興味は完全にこの後食べられるであろう料理に向けられる。
 もはやその瞳には憧れの存在だったものは映っていない。
 ティフィンにそっぽを向くと、テイラーは軽快な足取りで今来た道を引き返し始めた。
 今のティフィンの扱いはせいぜい都合の良いパシリ。

「ちょ、ちょっと待ってよー」

 なんとなくやりきれなさを覚えながらも、ティフィンは先行く食いしん坊を追った。
 しかし、ティフィンとて決して満腹などでは無い。
 むしろ空腹すら感じている。
 テイラーと同じく、ついさっき食事を済ませたばかりだというのに。
 テイラーも僕も成長期なのかな、とぼんやりとした考えに思いを巡らせる。
 その証拠に、ここ数週間ずっとこの状態なのだ。
 食べても食べても少し経つと腹の虫が鳴く。
 食い意地が張っていると思われるのが小っ恥ずかしくてティフィンは我慢してきた。
 幸い、絶えられないほどのものでは無かったし、食事をとればそのときはしっかり満腹感を覚える。
 今日もその程度である。
 我慢は出来る。
 多分このまま食べなくても平気だろうとティフィンは考えている。
 しかしその度合いは日に日に強まっている。
 昨日よりもはやく、強く空腹がやってくる。
 少しの不安がよぎった。
 このままだと僕はどうなっちゃうんだろう、と。
 お腹がすいたらそのうち我慢できなくなるのかな、そうなったらやっぱり食べちゃうのかな。
 そうしたら太って動けなくなるんじゃ無いかな、と。
 まだまだ幼い頭がそう呼びかける。
 村の人間に話せば笑いの種にでもされそうな、実にかわいらしい悩みである。
 そんな悩みを抱えながらティフィンは走った。

◇◇◇

 空腹が来ると言うことは体が燃料を求めていると言うことの証左である。
 ではあの小さな二つの体の一体どこに、そんなに多くの燃料が必要なのだろうか。
 なぜ頻繁に燃料を欲するのか。
 何に使われているのか。
 この答えを知っているのは誰であろうか。
 答えを知る人物はそっと頬を歪ませる。
 新たな鼓動を感じながら。
 誕生の刻を、その先に待つ未来をその人物は思い描いた。
 生きぬものをその両の手に乗せながら。

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