生も死もない世界

ゆずっこ

3.雨とともに

「どいたどいたー!」

 グレーナが威勢良く人混みをかき分けていく。
 その後ろをティフィンはにこにこしながらついて行く。
 あの子はどんな顔してるんだろう、どんな声なんだろう、大きいかな、小さいかな。
 そんな風に胸を躍らせて。
 周りの人たちもティフィンの顔を見るとすんなり道を空けてくれた。
 これから先、ティフィンがこの子の世話をすることをみんなが知っているから。
 人波がわかれ、中心が見えるようになる。
 するとそこにはちょこんと座る、かわいらしい子どもの姿があった。
 3歳ぐらいの小さな体。
 透明感ある琥珀色がティフィンを見つけた。
 ティフィンと視線が交わり合う。
 その瞬間、ティフィンはふらふらとその子の前に歩み寄り、ぺたりと座った。
 ゆっくりとその子の桜色の髪に手を伸ばす。
 そして優しく触れた。
 雨にやんわりと濡れた髪をティフィンの手がなでる。
 手の動きに合わせて流れる髪。
 するとその子はにっこりと笑った。
 清流のように澄んだ笑顔。
 周りにいた人は一瞬で心を奪われた。
 グレーナたちからどっと歓喜の声が湧く。
 新しい家族を迎える喜びが波になって共鳴して大きくなっていく。
 そうして大きくなった波は一気にひとりへと向けられた。

「さぁティフィン! この子の名前は決まったかい!?」

 村人たちから口々にティフィンへ向けられる言葉。
 人々の目からは期待があふれ出ている。
 目を輝かせて待ち望む人々。
 その中で少し震えながらティフィンはうなずいた。
 目の前綺麗な瞳を真っ直ぐに見つめる。

「君は今からテイラー。テイラー・チャコル。僕らの兄弟だ……!」

 そう言ってもう一度テイラーの髪をなでた。
 すこし震えた右手で。
 そんなティフィンの目をテイラーがそっとのぞき込んだ。
 そして左手をそっと両手で包み込んだ。
 子どもらしい柔らかな感触がティフィンにやってくる。
 まるで初夏の青葉の香りのよう。
 心に染み入るような、初めてに感覚がティフィンの元へ。
 思わず固まってしまった。
 こんな時どうすれば良いのかわからないという風に。
 すると

「あーうー! テ、ラー!」

 そう言ってティフィンの胸に顔を埋めた。
 ティフィンの匂いでもかいでいるのか、顔を離そうとしない。
 その様子にティフィンはぎこちなく笑った。
 そして慣れない手つきでテイラーの背中に手を回す。
 ゆっくりと兄弟を抱きしめた。
 そんなティフィンの肩にグレーナの手が触れる。

「いい名前だ! いい名前だったよ、ティフィン! さぁ風邪引いちゃうぞ。家に入ろうか」

 そう言って彼女は気さくに笑った。
 ティフィンがちらりとだけ彼女に顔を向けた。

「うん、テイラー行こっか」

 そしてテイラーを優しく抱き上げる。
 テイラーは素直に胸に収まった。
 すこし濡れた、冷たい肌の感触がふれあって互いを温めていく。
 ティフィンはなんだか鼻がむずがゆく感じた。
 その感触を抱きながら家に向かって歩き出す。
 周りで村人たちが色めき立っているのも目に入らないといった様子で。
 その後ろをグレーナが相も変わらずにこやかについて行く。
 三人が家に入ると村人たちは空いている扉からも窓からも、好きなようにのぞき込む。
 その瞳に込められているのは紛う事なき親心。
 新たな家族と、かわいい家族の成長をそっと見守る。
 そんな温かいような、すこしうっとうしいような視線に囲まれながらティフィンはテイラーの体を拭いていく。
 強めに拭くときめ細やかな桜色から水しぶきが舞った。
 気持ちよさそうにテイラーが目を瞑る。
 ティフィンもグレーナも村人たちも、みんなそろって思わず頬が緩んだ。

「テイラー、痛くない?」
「あう!」

 言葉はまだわからないはずのテイラーだが、話しかけられていることはわかるようで楽しそうに両手をあげた。
 頭を拭き終わるとティフィンは自分の服をしまっているタンスに手を伸ばした。
 引き出しを開けて、桜の髪に似合いそうな服を探す。
 漁ってみると、空色の服が目にとまった。
 澄んだ優しい色で半袖の服。
 ティフィンはその服を取り出してテイラーに着せた。
 テイラーは特に嫌がる素振りも見せず、おとなしくなされるがまま。
 ティフィンが手を離すとそこには膝まですっぽりと隠れたかわいらしいテイラーの姿があった。
 テイラーは恐らく生まれて初めて服を着たことになる。
 不思議なものなのか、自分を包み込んでいる布を体をくるくるさせながら見回している。
 ティフィンの目の端に楽しそうに笑い合う大人たちの姿が目に映る。
 グレーナも例外ではなく、頬を緩めながら話しかける。

「なかなかいいの選ぶな。ティフィンのことだからもっと地味な感じになるかと思ったのに」
「……ちょっと馬鹿にしてる?」
「いえいえ、めっそうもございません」

 そう言ってグレーナはおどけて見せた。
 ティフィンは少し頬を膨らませながらテイラーの頬に手を触れた。
 その右手にテイラーが手を重ね、気持ちよさそうに頬を擦り付ける。
 なんだか心が洗われるようでティフィンは目を細めた。
 グレーナも同じような顔をする。
 柔らかな世界がそこにはあった。



 外は雨。
 ずっと同じ音を鳴らして辺りを濡らす。
 いつも通りの雨。
 優しい雨。
 恵みの雨。
 雨は人を集わせる。
 狭い狭い空間へ。
 人は雨から身を守るために肩を寄せ合う。
 それは好機。
 這い寄る好機。
 侵す好機。
 広がる好機。
 静かに彼らは目を覚ます。
 小さな小さな彼らが。
 誰にも見られず、誰にも悟られず。
 静かに笑う。
 あなたの横で。

「生も死もない世界」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く