生も死もない世界

ゆずっこ

2.雨はどこから

 そよ風に髪をなびかせながら子どもが木陰で本を読んでいる。
 穏やかな顔で。
 白茶のショートボブに色白の肌。
 歳は7つほどに見える。
 この子どもの名はティフィン・ミット。
 ティフィンのいるここはアネン村という。
 農耕と狩猟で食いつないでいる小さな村で、決して豊かとは言えないものの、明るい雰囲気に包まれた平和な土地である。
 ここで育ったティフィンは物静かな性格で、大抵の時間を読書や家事をして過ごしている。

 そんなティフィンは親の顔を知らない。
 正確には、誰が親なのかわからない。
 アネン村という狭い社会でありながら稀にあるのだ。
 誰の子かわからない子どもが見つかることが。
 アネン村は隣村ですら歩くと1日かかるような場所にあるため、人の往来はあまり盛んとは言えない。
 そのため、他の村の住人は一部の商人を除いてアネン村がどこにあるかすら知らないというのが現状である。
 つまり、他の村からやってきたとは考えにくい。
 このことが余計に親を知らない子どもたちの謎を深めていく。
 彼らはまるで自然発生したかのように見つかる。
 そのほとんどの場合、村の北にある祝福の森で採集を行っている村人が見つけて連れ帰ってくる。
 誰も心当たりのない子を。
 だから村人たちはこう考えた。
 “神様からの贈り物”だ、と。
 祝福の森の最奥、そこには見上げても先の見えない大きなが存在する。
 村人たちにとってその壁はあまりにも壮大で人智を超える存在であることから信仰の対象になっている。
 神の作りし聖なるものであると。
 そんな壁の名はパルチェリマ。
 人々の祈りが毎日捧げられる場所である。
 その壁から生まれてくる聖なる存在こそがティフィンをはじめとする子どもたちなのだろうと考えたのだ。
 だからティフィンも例に漏れず大切に育てられてきた。
 遊ぶことも食べることも寝ることもすべて、村に住む他の子どもたちとなんら変わりなく。
 幸せで平穏な日々がゆっくりとティフィンを包んでいた。

 ティフィンがふと顔を上げるとぽつりぽつりと雫が当たった。

「雨……」

 ゆっくりと本を閉じて立ち上がると、本を濡らさないように胸に抱えて小走りで家に向かった。
 家に入ると部屋の中央に置かれた丸テーブルの上に本を置いた。
 そしてまた外に出て、かけていた洗濯物を取り込む。

「うーん、まだ湿ってる……」

 ぽつりとそんなことをこぼしながら椅子を持ってきて窓際に作った部屋干し用の紐にせっせと、慣れた手つきで洗濯物を干していく。
 干し終わると椅子を元あったテーブルの横に持っていき、そこに座ってまた本を読み始める。
 ティフィンは雨が嫌いだ。
 理由を聞かれても自分でもわからない。
 でもなぜか気分が落ち込んでしまう。
 だから雨の日はいつも憂鬱になる。
 今もティフィンはあまり本に集中できていなかった。
 そんなティフィンの耳に何やら慌ただしい声が飛び込んでくる。

「おーい! 子どもだ! 子どもがいたぞ!」
「子ども!? 壁の子か!?」
「みんな集まれ! 壁の子がやってきたぞ!」

 窓から外を覗くと、村中の人が新たに見つかったという子どもの元へ集まってきていた。
 ティフィンが窓から顔を出している事に気づいた者がひとり、家の前までやってきた。

「ティフィン、よかったね。おまえの新しい兄弟だよ」
「そうだね」

 ティフィンは素っ気なく返した。

「あれ? 嬉しくないの?」
「うん……。どうせぼくが世話係でしょ? そしたら本が読めないじゃん……」

 壁の子の中でティフィンは最年長。
 以前はティフィン上に3人いた。
 しかし、ふたりが原因不明の死を遂げ、ひとりは冒険に憧れて数年前に旅立った。
 これまではその旅に出た子どもが主に新入りの世話をしていた。
 その子はブル・ミルフォイルという。
 綺麗な白髪が印象的な、誰にも優しくて誰からも頼られる子。
 しかしその子はもういない。
 ティフィンが一番上になってこれが初めての子ども。
 本が読めないから、とは言ったものの、喜べない一番の理由は世話が上手にできるかわからないという不安だった。
 窓の木枠をその小さな手で握る。
 気づけばティフィンは人々の集まりから目を背けていた。
 そんなティフィンの頭を大きな手がなでる。

「大丈夫さ。おまえは優しい。おまえなら大丈夫さ。それにおまえひとりでやるんじゃない。村人全員で世話するさ。もちろん私もね」

 その言葉は優しくて、温かくて。
 ティフィンの顔が少し緩んだ。

「グレーナありがと……。うん、ぼく頑張ってみるよ」
「よし! それでこそティフィンだ。一緒に頑張ろ!」

 そう言って彼女は小指を立ててティフィンに差し出した。
 ティフィンも力強く小指を突き出した。
 そしてふたりで指を結ぶ。
 明るく大きくふたりで笑った。

「よーし、おまえの兄弟の顔を見に行こうか。こいつがまた可愛いんだ」
「うん、行こ! そういえばその子の名前は決まったの?」
「ん? ……多分まだ。よし、ティフィン、おまえが決めな」
「え? いいの?」
「もちろん! おまえが一番上なんだからな。その代わりとびっきりいけてる名前にしろよ?」

 ティフィンはグッと拳を握った。

「まかせて!」

 雨のこともすっかり忘れてティフィンは元気よく家から駆けだした。
 その後にグレーナも続く。
 期待と不安に胸を膨らませながら、ふたりは運命の戸を叩き始めた。

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