非公開日記

文戸玲

夫の非公開日記④~優しいがゆえに・・・・・・~


令和二年 九月一日 火曜日


 優しさというのは時に人を絶望へと追いやる。
 「人にやさしくするとそれは必ず自分に返ってくる」と教えられていたが,あれは嘘だった。情けは人のためにはならずという言葉は,相手に情を持って接するとそれは相手のためになるのではなくて自分の為になることなのだとも言われてそれも信じていたが,世の中嘘っぱちだらけじゃないか。たまには愚痴も吐きたくなる。
 県をまたいで嫁いできたうちの妻。そんな妻に辛い思いをさせたくないと複数の不動産屋と物件を見て回った。これはと思った物件は予算を大幅に超えるものばかりで、今のアパートを見つけるのにはとても苦労した。少し駅から離れた立地にはなるものの,オートロック付き,部屋の広さ十分の2LDK,築二年と文句ひとつ出そうにないものだ。とはいえ予算内には収まらなかったため家賃の交渉までした。それも全て愛する妻のためだ。
 しかし,このマグマのように熱く粘っこい思いがしつこく自分に絡みつくことになろうとは夢にも思わなかった。一緒に住まうこの部屋に入った時,予想通りの反応を示した。収納に困ることはないしバルコニーも洗濯物を干すのに十分な広さがあり,浴室は築年数が新しいだけあって24時間換気や浴室乾燥機能などを取りそろえていた。困ったのは生活を初めてからだ。汚すことは一切許されず,ご飯をこぼしては叱られ,お菓子をこぼしては叱られ,グラスの水滴がこぼれては怒号が飛び,しまいには空気も吐けない始末だ。
 そんな生活を何年過ごしてきたことか。今日も怒られた。洗面台に歯磨き粉が付いていると。あなたは一切汚さずに生活をしているのか。確かに妻が汚した後を見たことはないのだが。窮屈で仕方がない。
 

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