日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~

ヌマサン

第48話 殺意の塊

「ここは……?」

俺、薪苗直哉は今、見覚えのない荒野にポツンと立っている。

この状況を詳しく説明すると、この荒野に立っているのは俺1人だけなのだ。

俺の斜め上辺りには翼をはためかせながら空中で静止している竜がいる。その竜というのは背中から大きな翼が生えており、体長は……恐らく十メートル程。前後の足には鋭い爪が5本ずつ生えており、全身を墨色の鱗で覆われている。

そう、この光景は日本で見た夢の中での光景、そのままだ。

『ようやくここまで来たのですね。薪苗直哉』

そう、この声だ。夢の中の竜の声。

ならば、ここは夢なのか?

『……大方は間違っていませんよ』

突如、竜はそう独り言のように呟いた。タイミングだけを考えれば、俺の心でも読んだのかと思ってしまうほどの絶妙さだ。

「じゃあ、聞くが、ここは何処なんだ?」

『そうですね。ここは貴方の心の深層部ですね。夢だとか何だとかのさらにその深層領域』

……それ、もうめんどくさいから夢ってことで良くないだろうか?ややこしいし。

『それで、薪苗直哉。今、自分の置かれている状況を理解できていますか?』

「俺は……呉宮さんを助けて、それから……」

……そうだ。俺は行かないといけないんだ。ここが夢だというのなら、早く目を覚まさなければならない。

ギケイが言っていたじゃないか。

『そなたはここで仲間が死んでいく様を見届けてから死んでもらうでござるよ』……と。

早く目を覚まして、みんなを……!

『……助けに行って、あなたに何が出来るというのですか?』

……この竜の言う通り、俺の力じゃ何ができるというのか。ギケイには勝てない、みんなをギケイから逃がせるような俊敏さもない。

「……アンタの言う通り、俺に何が出来るというわけではない。それでも、行かなければならない理由があるんだ」

そう、例え勝てなくともみんなの力になりたい。

「……もう、誰かと離れ離れになるのはごめんだ」

どれだけ、醜く、愚かであろうと願いがある。人はそれを叶えるために足掻いて足掻いて……生きていくのだ。

「俺は『無駄だ』と言われ、笑われても、みんなの元へ帰る」

……それに、みんながまだ、諦めずに戦っているのに俺だけギブアップするのはカッコ悪いだろ。それこそ笑い者だ。一人だけ戦うことを放棄していることになってしまう。

『……分かりました。それではあなたに秘められた力を解放するとしましょうか』

……え、何それ。ひょっとして、俺ここで覚醒しちゃう感じですか!?

『もしかすると、あなたも気づいているかもしれませんが……コンビニ前での事故の時。そして、あなたの父親が逮捕された日の風呂上りに家の玄関の扉を閉めた時。この2つに共通して起こったことを思い出してごらんなさい』

俺は竜にそう言われ、思い出そうと記憶を引きずり出すことに意識を集中させる。

事故の時と家の玄関の扉を閉めた時。俺は深く、記憶を思い出すことを努力した。

この2つで共通して起こったこと……いや、まずは何かおかしなことが無かったか。

『薪苗君を撥ねたところに、その……魚の……う、鱗みたいな型がついてたんだって!』

『えっと、兄さんがドアを引っ張った時。兄さんの両腕に鱗みたいなのが見えたの。本当に一瞬だったけど』

……思い出した。呉宮さんと紗希が言ってたじゃないか!

「鱗……か?」

『そうです。それでは何の鱗だと思いますか?』

「……魚……とか?」

『違います』

即答……でも、鱗っていったら魚だろ?まさかトカゲとか?いや、でも……!

……ダメだ。頭がこんがらがって来たぞ……。

「ダメだ、分からん」

『答えは私に付いてますよ』

……付いてる?それって一体……あ、まさか……!

「竜の鱗!?」

『正解です』

ようやく正解したらしい。これで一安心……なわけがない!

「何で俺にそんな竜の鱗なんてのが浮かび上がってきたりするんだよ!」

『それは今はまだ話すときじゃないですね』

「……今はまだ?」

『その時が来れば分かるでしょうからね』

それ以上、竜は俺からの質問に答えようとしなかった。

『それでは薪苗直哉。覚悟が出来たなら、そこにある白い球体に触れなさい』

俺が後ろを振り向くと白い球体がそこにはあった。さっきまでは何もなかったと思うんだが。

「……触れたらどうなるんだ?」

『そうですね……竜の力を使えるようになりますよ。一時的に、ですが』

「一時的にっていうのはどのくらいだ?」

俺の質問に竜は間を開けて回答した。

『大体、5分くらいでしょうか』

「分かった。5分でみんなを助ければいいんだな」

『そういうことになりますね。ただ……』

「ただ?」

この竜、話を延ばすのが好きなのだろうか……。

『あなたに制御できるかどうかは保障しかねますが』

「……そっか。だったら、制御すれば良いだけだろ」

俺は右手で白い球体に触れた。すると、白い光のようなものが俺の体を這いあがってきた。

「これは……!」

よく分からないが、確かに体の内側から力が溢れてくるのが分かる。

「みんな、今戻る!無事で居てくれ……!」

~~~~~~~~~~

直哉のサーベルはギケイの凶刃を遮った。

そのまま、ギケイを刀ごと力任せに薙ぎ払った。一体、直哉のどこにそんな力が眠っていたというのか。ギケイもこれには驚きに顔を歪めた。

傷が回復したわけではない。なのに、どこから自分を吹き飛ばすだけのパワーが出ているのか。ギケイには理解が追い付かなかった。

そこからギケイは何度も接近するも刀を受け止められては弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

しかし、ギケイは1つ、あることに気が付いた。

「こやつにはスピードと剣術なら勝てるでござるな……!」

そう、直哉の動きは今までより早くなったり、パワーが増しただけ。

剣術が上達したわけではないし、身のこなしならギケイの方が軽かった。

「ならば、速さで翻弄して次は一撃で決めてやるでござるよ!」

「直哉、来ますよ!」

セーラからの注意に対して直哉は何も言葉を返さなかった。

「貰ったでござるよ!」

ほんの一瞬の隙を突いて閃光の如き速度でギケイは直哉の背後に回り込み、直哉の背部に一太刀入れた。

これには聖美も茉由も、セーラもディーンもエレナの間に戦慄が走った。しかし、その直後に起こったことは戦慄をかき消してしまった。

「これは一体どういうことでござるか!?」

ギケイは間違いなく直哉の背を刀で斬っていた。しかし、直哉の背中からは血が流れるどころか傷の一つも付いていなかった。

そして、直哉は振り向きざまにギケイをサーベルで薙ぎ払った。

ギケイは直哉のサーベルを刀の切っ先を地面に向けて受け止めた。

その後もギケイは直哉を何度か斬りつけたが、依然として直哉に傷を負わせることは出来ないでいた。

「みんな、ここを離れましょう」

直哉の異変に気付いていたセーラはポツリと呟いた。

「どうかしたんスか?セーラさん」

「そうだよ、直哉さんを置いていくのはいくら何でもヒドイよ!」

ディーンとエレナは状況を飲み込めていなかった。そのため、直哉を置いていくことを反対したりした。

「二人とも今の直哉を見て、何とも思わないの?」

ディーンとエレナはセーラに言われて気が付いた。

直哉は周囲にうっすらとではあるが、何か赤黒いものを纏っていた。

「セーラさん、あれは一体……?」

訳が分からないといった様子の茉由はセーラに質問を投げる。

「……殺意。直哉は殺意に呑まれてしまっているわ」

「「「「殺意!?」」」」

4人は口をそろえて驚いていた。

「ギケイの様子も見てください。あの殺気に当てられて震えあがってるんですよ」

最強と謳われた暗殺者のギケイが恐れるほどの殺気。一体どれほどのものだというのか。

「そして、何より……」

「薪苗君からの返事がありません」

セーラが言い切るより先に聖美が言い切った。

「……そうです。それにギケイが向かってきた時、ワタクシの呼びかけに対して反応1つありませんでした。普段の直哉なら返事の一つや二つは返すでしょう。無視などはあり得ません。もはや、殺意に呑まれた直哉にワタクシたちが出来ることはありません。ウィルフレッドさんなら何とかできるかもしれませんが。」

セーラの一言に聖美、茉由、ディーン、エレナの4人は押し黙った。

「……この場に留まっていてはワタクシたちが殺されてしまうかもしれません。そうなれば、もし直哉が正気に戻った時にその事が一生彼の心を苛むことにもなりかねません」

セーラは不安そうな表情を浮かべながらも、4人に階段を上がるように指示を出して抵抗する4人を無理やり上がらせた。

そして、セーラは心配げな眼差しで直哉を見つめてから4人に続いて階段を上がった。

一方、ギケイは心臓を貫くような鋭い殺意を浴びながら、刀一本で直哉と対峙していた。直哉の眼からは殺意しか感じられない。ほんの少し前までの意思の感じられるような目ではない。

ギケイは素早さを活かして応戦していたが、直哉はただ力任せに壁を破壊し、水槽の残骸を打ち砕き、床にサーベルを叩きつけて地面に巨大なヒビを入れたりとめちゃくちゃだった。

意思や理性といったものがこれらの行動からも全く感じられない。

ただ、破壊衝動の赴くままに目の前にあるものを破壊し続けている。

ギケイも一度攻撃を止めて、直哉以外の者を攻撃しようとしたが、何故かは分からないが直哉に阻まれてそれは出来ないでいた。

「果たして、こんな化け物を倒す術があるのでござろうか……」

ギケイは直哉バケモノを前に一歩、また一歩と後ずさった。

人間誰しも自分より強いものには恐怖を覚えるものである。それはいくら最強の暗殺者と謳われていたとしても同じこと。

それからというものは一転してギケイが直哉からの攻撃を防ぐ一方の戦いになってしまった。

ギケイも恐怖で足が震えて思うように動かないといった様子だった。

ギケイは自らの攻撃が通じない直哉バケモノに純粋なほどの恐怖を抱いてしまっていた。

心はもう斬りつけたのに傷一つ付かなかったあの時からすでに折れかかっていた。

ギケイは殺されまいとする一心で地下空間を走り回りながら、打開策を考えようとしたが、「逃げる」という選択肢しか浮かんでこない。

ギケイは巨大な殺意の塊に追い回されて続ける。

しかし、ギケイは背後から捕らえられた。崩れてきた天井を避けるために一瞬、速度を落としたのだ。そこを捕らえられてしまったのだ。

ギケイの襟元を掴んだ直哉はギケイを腰を据えて天井へとぶん投げた。

天井に叩きつけられ、口から血を吐き出すギケイに追い打ちをかけるようにみぞおちに鉄拳を叩き込み、分厚い天井の壁をぶち破った。

ギケイは悲鳴にならない悲鳴を上げながらどんどん床が遠くなっていく。そのあとをサーベルを片手に崩れる瓦礫を足場にして上がって来る直哉の姿もあった。

もう床からどれくらいの距離が離れただろうか。一体、何枚の天井を破っただろうか。

ギケイの意識が遠くなりかけた時、玉座の前に立っているユメシュと数十名の冒険者たちの姿が見えたのだった。

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