日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~

ヌマサン

第46話 暗殺者たちとの死闘

直哉がギケイの凶刃に倒れたころ、二階から三階に上がる階段前では褐色肌に緋色の長髪をうなじ辺りで結んでいる女暗殺者と寛之の戦いが続いていた。

「そういえば、まだあなたの名前を聞いてませんでしたね。名前は何て言うのですか?女暗殺者さん」

「フッ、アタシの名前はアレッシアよ!」

爪での攻撃を繰り出しながら女暗殺者はアレッシアと名乗った。アレッシアはミロシュの名簿にあった気を付けるべき5人の暗殺者だ。

「なるほど、アレッシアさん。あなたにはここで倒れておいてもらうことにします……よ!」

寛之は感じ取っていた。このギルドの暗殺者たちからは一切の魔力を感じないということを。

純粋な身体能力だけで今まで任務をこなしてきたのだろうか。

そうだとすれば、この女暗殺者の身のこなしにも納得がいくのだった。

的確に急所目がけて爪を突きだしたり、切り裂こうとしたり。本当に人を殺すことに特化している……と。

間合いを詰めての格闘術は中々手強かった。ミレーヌから近接格闘術を習っていなければとっくに殺されている。

寛之はアレッシアが爪による攻撃を繰り出してくる場所に的確に障壁を展開して防ぎ切っていた。

そうやって、絶妙な間合いを維持していた。

しかし、このままではジリ貧だ。それこそ魔力が無くなれば、寛之にこの爪を受け止める術はない。

「ハッ!」

寛之は防戦一方であったが、一撃を返した。

アレッシアの顔のサイズの障壁をアレッシアのあごにアッパーの要領でぶち当てた。

「ウグッ!」

反撃を受けたアレッシアは後ろ向きによろけた。

「今だ!」

しかし、うかつだった。寛之は次で決めようとアレッシアの間合いに入ってしまったのだ。

鈍い音を立てながら、寛之の腹にアレッシアの爪が突き刺さる。

突き刺した勢いでアレッシアは廊下の反対側の壁まで寛之を押していった。

「グハッ!」

壁に叩きつけられると同時にアレッシアの爪はどんどん寛之の腹部に深く、深く突き刺さっていく。

苦しさに表情を歪める寛之。それを見てアレッシアは不敵な笑みを浮かべていた。

アレッシアは一気に爪を引き抜いた。そして、そのまま下を向いている寛之に膝蹴りをくらわせた。

鼻と腹部から血を流しながら壁にもたれかかる寛之。その額には汗がにじんでいる。

「さて、ここまでね。アタシが今、楽にしてあげるわ」

アレッシアは爪に付着している血を払った。その爪は銀色の光彩を放っていた。アレッシアが止めを刺そうと一気に間合いを詰めた瞬間。

アレッシアの上腹部から聞こえる鈍い音を聞いて寛之はゆっくりと口角を上げた。

「なっ……!」

「僕が動かなかったのはあなたをこうするためだったんですよ」

アレッシアの上腹部には半透明の細長い槍上のモノが刺さっていた。

そう、寛之は膝蹴りを受けた後に自分の前に障壁を展開していた。しかし、攻撃を防御するためではない。槍のように細長い障壁を作り出し、その先端をアレッシアに向けていたのだ。

「障壁魔法は防御以外にも使いようはあるんですよ。まあ、実際使っていくうちに理解したんですけどね」

「そんな……!」

驚いている様子のアレッシアに壁状の障壁をぶつけて反対の壁に吹き飛ばした。

再び、鈍い音が立った。

メリケン針サイズの槍上の障壁が壁中に展開されていた。

「少々、むごいことをしましたが、こうでもしないとアナタは僕を殺していたでしょう」

寛之には『正当防衛だ』などと綺麗ごとを言うつもりは無い。

しかし、もし自分に何かあったら……悲しむ者が居る。

だから、ここで倒れるわけにはいかない。ただ、その一心だった。

「急所は外してある。傷口にも障壁を展開して塞いでおいた」

「……アンタ、敵を殺さないとか、そんな甘い考えだと死ぬわよ!」

「……忠告、感謝するよ」

寛之は腹部を抑えながら、その反対側の手をひらひらと振りながら闇へと消えていった。

その上がってゆく階段には血の雫が新たに道を作っていた。

「カッコつけちゃってさ……」

アレッシアは窓の外を見ながらそんなことを呟いた。

一方、その上。三階から二階へと続く階段前では鉛色のセミショートの女暗殺者と夏海との間で一進一退の攻防が続いていた。

「へぇ~、意外とやるじゃない!アナタ!」

「それは、どう、も!」

女暗殺者の槍による急所を狙った鋭い突きを夏海は紙一重の所でかわしていた。

「ハッ!」

夏海も体勢を立て直して突きを繰り出した。

しかし、その女暗殺者は夏海の突きを槍の穂で受け止めた。

こんなに繊細な突きを繰り出せるものはそう多くは居ないだろう。

「そういえば、アナタ、名前は?」

その女暗殺者はニコニコと余裕そうな表情を浮かべながら夏海に名を聞いた。

「私は夏海よ。そういうあなたは?」

「私はヴァネッサ。マスターに付けて頂いた名前よ」

そういうヴァネッサの表情は何だか嬉しそうな表情をしていた。ちなみにヴァネッサはミロシュの名簿にあった気を付けるべき5人の暗殺者だ。

「……マスターに名前を付けてもらったって、あなた、親はいないの?」

そう、親ならマスターではなく父さんと呼ぶはず。なのに、呼ばないということはマスターと親は別人物なのではないか。

そんなことが頭をよぎった夏海はそんな質問を投げかけたのだ。

「……居ないわよ?このギルドの暗殺者はみんな捨て子。マスターが拾ってきた子たちよ」

夏海はヴァネッサに何と声をかければ良いのか迷った。しかし、頭の中をグルグルするだけで考えはまとまらない。

「……同情なんていらないわよ。さあ、お喋りはここまで。楽しい楽しい殺し合いを続けましょう?」

ヴァネッサは再び槍を夏海に向けて攻撃を再開した。これに夏海も否応なしに応じた。

ヴァネッサの一突きはどれも鋭く、確実に急所を狙ってくる。

「そこ!」

ヴァネッサの狙いすました渾身の突きが夏海の胸元へと繰り出される。

『このままでは殺される』

そう思った夏海は魔法を使うことにした。

「ちっ!これは……!」

ヴァネッサの槍は天井に突き立った。

夏海は重力魔法で槍の穂先を天井へと向きを変えた。

胴ががら空きになり、無様な格好のヴァネッサに夏海は重力を操作して周囲に落ちていた瓦礫をヴァネッサにぶつけた。

「カハッ……!」

瓦礫で脇腹を撃ち抜かれた痛みでヴァネッサは槍から手を放してしまい、そのまま瓦礫を何発もその身に浴び、体の随所から出血していた。

「ヴァネッサ、ごめんなさいね。このまま気を失っててもらうわよ」

「グッ……!」

夏海はヴァネッサに重力魔法をかけた。これでヴァネッサは床を舐めるようにうつぶせのまま押し付けられた。

重力魔法をかけ始めてから数十秒。ヴァネッサの動きは停止した。それを見た夏海は腹の底から深く息を吐き出した。

「何とか勝てたわね……」

夏海はヴァネッサを死なせるのは良くないと思い、せめて脇腹の傷口にポーションをかけるためにヴァネッサに不用心にも近づいた。

夏海が近づいた途端、息を吹き返したヴァネッサは夏海を取り押さえ、馬乗りするような形になった。

仰向けの夏海を押さえつけているヴァネッサの右手には短剣が逆手で握られている。

「アンタもバカねぇ。あのまま立ち去っていたら私は追いかけられなかったのに」

「あが……!」

ヴァネッサは夏海の細首を左手で締め上げた。

「私に情けをかけたご褒美ってことで苦しまないように一撃で殺してあげるわ!」

ヴァネッサは夏海の胸に短剣を突き立てようと振りかぶった。

――ゴキッ

そんな音と共にヴァネッサの悲鳴が洋館中に響き渡った。

夏海はヴァネッサが短剣を振りかぶった右手に下向きの重力をかけたのだ。このことによってヴァネッサの肩が脱臼したのだ。

このことでヴァネッサの夏海の首を絞める力は緩くなった。

「ごめんなさいね。私はあなたに殺されるわけにはいかないわ」

そう言って夏海は水平方向に重力を操作し、ヴァネッサを勢いよく壁に叩きつけて気絶させた。

夏海は今度こそ気を失ったヴァネッサの脇腹の傷にシャロンから貰った回復薬ポーションをかけて、その場を去ろうとしたがその場で気を失ってしまったのだった……。

――時は少し前に遡り、舞台はその階段を降りた先の二階に移る。そこではボサボサの黄土色の髪をした小柄な男と洋介の死闘が続いていた。

戦いは圧倒的に洋介にとって不利な状況が続いていた。

まず、洋介の斧槍ハルバードでは短剣を持った暗殺者に近づかれると対処が出来ないこと。

そして、洋介の一撃はパワーこそ高いがスピードに欠けるためかわされ続けていた。

この2点によって、洋介が圧倒的に不利な状況に追い込まれているのだ。

「おいおい、どうしたァ!カッコつけて仲間を奥に進ませてヨォ!」

洋介はその男の短剣で体のあちこちを切り裂かれてしまっている。しかし、鉄鎧を着込んでいるため、そこまで傷は深くない。そして何より、洋介の眼から闘志は失われていない。

しかし、洋介は斧槍ハルバードから手を放してだらんとしている。

「てめぇはここらでくたばれ!」

そんな洋介の様子を見た男は短剣の刃先を洋介に向けて一直線に突っこんだ。

しかし、もう少しで短剣が洋介の胸部を貫くという時に男暗殺者は何か危険を感じ、一歩後ろへ跳び退いた。

刹那、一つの斬撃が男暗殺者を襲った。

「一瞬、遅かったようだな……」

洋介は腰に差していたサーベルを抜いたのだ。王都に向かう道中で紗希から教わった抜刀術だ。

男は咄嗟に飛び退いたから致命傷には至らなかったが、十分といってもいいほどにダメージを与えていた。

胸元にザックリと傷が刻まれていた。

「そろそろ決着つけようじゃねぇか」

そう言って、洋介は斧槍ハルバードを捨ててサーベルを構えた。

それからは洋介と短剣を持った男暗殺者との間で斬撃の応酬が繰り広げられた。

洋介の重い一撃を受け止めるたびに男暗殺者の顔は胸の傷から血を流しながら痛そうな表情を浮かべていた。

「オラァッ!」

「グッ……!」

洋介の豪剣に男暗殺者は決壊した堤防から吐き出される水の如き勢いを持って後ろへ後退させられた。

洋介の一撃は本当に一撃一撃に威力がある。そのため受け止めた時点で弾き飛ばされてしまう。

「……一度仕切り直しだな」

「てめえ、ぶっ殺す!」

冷静な洋介に対して完全に気が立っている男暗殺者。

男暗殺者は再び短剣を手に洋介へと向かっていった。男暗殺者の動きは素早く、洋介を翻弄した。

しかし、洋介は途中から無駄に攻撃をすることなく拳を握り締めて、体力を温存する構えをとった。

いつの間にやら洋介の後ろに回り込んだ男暗殺者は短剣を一直線に洋介の背部目がけて突き出した。

――ガキィン!

しかし、男暗殺者の短剣は洋介に届くことは無かった。

洋介の一閃で短剣は真ん中より上が斬り飛ばされてしまっていたからだ。

「……チッ!」

「“雷霊砲らいれいほう”!」

洋介の左の拳から雷の砲撃が放たれる。放たれた雷は洋館の壁に巨大な穴を空けた。

男暗殺者は肌を雷に焼かれ黒く変色させ、煙を体中から立てながら仰向けに床に倒れた。

洋介は男暗殺者が素早く周囲を動き回っている間に拳に魔力を集中させていたのだ。これによって男暗殺者の隙に合わせて"雷霊砲”をお見舞いできたというわけだ。

「……ん?」

洋介は床に落ちていた男暗殺者の短剣を拾い上げた。

「……テオ?」

短剣の黒い柄には名前なのだろうか。白い文字が刻まれていた。テオと言えば、ミロシュの名簿にあった気を付けるべき5人の暗殺者だ。

洋介はその短剣を優しく男暗殺者の倒れている横に置いた。

「結構傷が痛てぇな……」

洋介は腕や背中や足やらを短剣で斬られていた。

「戦いの最中は気づかなかったな……集中が切れたからか?まあ、この傷じゃしばらく無理は出来ねぇな。ちょっと軽く止血くらいはしておくか」

洋介は近くの壁に寄りかかり回復薬ポーションを傷口に吹きかけた。その後で斧槍ハルバードを持とうとした。

「……ッ!」

サーベルは辛うじて振り回せたが、さすがに斧槍ハルバードともなると持ち上げることすらできない有様だった。

「仕方ねぇな。斧槍ハルバードは一度ここに置いていくか……」

洋介は少し名残惜しそうであったが、サーベルのみで先に進むことを決めた。

この時、寛之、夏海、洋介が倒したアレッシア、ヴァネッサ、テオというのは昨日の夜に出会ったら用心するようにウィルフレッドが言っていた5人の暗殺者の内の3人だということを3人が思い出したのは少し後になってからであった。

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