日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~

ヌマサン

第35話 男のロマンと初夏の頃

ギルドが1つになってから1カ月近くが経った。

あれからも俺たちは日々、魔法や武器を使った戦闘の練習に励んだ。

いつ呉宮さんを助けに行くのかは、「また連絡する」とウィルフレッドさんから言われている。

だからこそ、いつでも助けに行けるように俺たちは訓練を一日として怠らなかった。

そんな日の朝である。ギルドで朝食を食しながら俺は寛之とあることで口論になっていた。

「俺はやっぱり、まな板が至高だと思うわけよ」

「いや、僕はまな板を愛するのは犯罪者のすることだと思うよ」

「……寛之、貴様は俺が犯罪者だとでも言いたいってわけか?」

「そうだな、それに大多数の人は僕の意見に賛同だと思うけどね」

周りにいる冒険者たちは何事かと遠くから見つめているだけだ。

「よし、寛之。下の訓練場で決着をつけよう」

「望むところだ。この議論はいつか誰かが終止符を打たないといけないからな」

俺と寛之はこの議論にケリをつけるために地下の訓練場へと向かった。

心配なのか、紗希や茉由ちゃん、洋介と武淵先輩までついて来た。

「洋介、審判を頼んでも良いか?」

「ああ、それは全然大丈夫だが、お前ら一体何のことで揉めているんだよ?」

「胸が大きいのがいいのか小さいのがいいのかということだ。この議論にはいずれ誰かが決着をつけないといけないんだ」

俺がそう言うと、洋介は大きくため息をついた。心底呆れたといった様子だ。

「お前らはそんなことで朝から言い合ってたのか……」

「そうだ。俺が慎ましやかな方が良いよなって言ったら、寛之が主張が強い方が良いとか言い出したんだよ」

俺と洋介が話していると寛之が会話に割って入って来た。

「僕は断然大きい方が好きだが、そう言う洋介はどっち派なんだ?」と矛先を洋介へと向けた。

寛之が『大きい』と言った時に茉由ちゃんが自分の胸を押さえていたが、見なかったことにしておこう。……というより、寛之よ。いい加減、茉由ちゃんの好意に気付いてやれよ。

さて、矛先を向けられた洋介の返答はイケメンしか言う事が許されないような言葉だった。

それは「俺は好きになった人のサイズが好きだな」だ。

こんなの俺とか寛之が行ったときには世界がエターナルフォースブリザードによって大気ごと氷結し、死に至るだろう!

まさにイケメンの特権である!

「それより!お前ら、本当に戦うのか!?」

洋介は話を深掘りされる前に無理やり話題を元に戻した。それにしても、この話題から随分話が逸れたものだ。

「直哉!僕は一人の男として決闘を申し込ませてもらう!」

「いいだろう!その決闘、受けて立ってやるぞ!」

こうして決闘は成立した。かつてこんな理由で決闘をした奴なんているのだろうか?これは黒歴史として永遠に記憶の片隅に残り俺を苛み続けるだろう。

「それじゃあ、二人とも位置についてくれ」

俺と寛之は洋介からの指示で10mほどの間隔を空けて俺たちは向かい合った。

「それでは……始め!」

洋介の合図で決闘が幕を開けた。

開幕したのと同時に寛之は何の小細工もなしに俺の方へと一直線に走って向かってきた。

俺は寛之の足元に魔法陣を付加エンチャントした。直後に寛之はその上を通り過ぎた。刹那、爆発が起こり、小規模の爆風が辺りを包む。

そう、俺が寛之の足元に付加エンチャントしたのは爆裂魔法だ。

爆風によって舞い散った土埃で視界が悪い。そんな中から寛之は飛び出してきた。

「直哉、お前がそうするだろうと思って、すでに対策は打ってあったんだ」

俺は驚きで見開いた眼を魔法陣を付加エンチャントした場所のすぐ上に向けた。そこには障壁が地面と水平に張られていた。その上にいたから爆発でのダメージを受けなかったのだろう。

それからというものは俺にとって実に不利だった。寛之はミレーヌさんから格闘術を教わっているのだ。接近戦では全く歯が立たない。

俺はジリジリと後退を余儀なくされた。

「直哉、どうした?抵抗はしないのか?」

俺は防戦一方で全然攻撃しなかった。寛之は最初は怪しんだ様子だったが、今はそんな雰囲気はない。

「よし、ラスト!」

寛之は回し蹴りを俺の左頬目がけて放った。俺は左手につけている丸盾バックラーを掲げて防御した。

そして、直後に寛之の回し蹴りが俺の丸盾バックラーと激突した。

「うぎゃああああああ!」

寛之は盾から放たれた黄色い光によって焦げ臭いニオイを発しながら床へ倒れこんだ。

「どうだ。これが雷霊盾の威力だ。思い知ったか!」

自分でも思うが中々俺はひどい奴だと思う。だが、俺の殴られた痛みはこれでチャラだ。それにしても寛之がここまで格闘術が上達してるとは思わなかったな。

「紗希、全力ダッシュでラウラさん呼んで来てくれ」

「うん、分かった!」

入り口に一番近い場所に居た紗希をラウラさんの元へと向かわせた。

ラウラさんが来るまでに俺は寛之に応急処置として、治癒魔法を付加エンチャントした。そんな横たわっている寛之の横には茉由ちゃんが膝をついて見守っている。

「直哉、“雷霊盾”っていうのはどういうことだ?」

洋介が武淵先輩と一緒に俺の所へと歩いてきた。

「いや、名前だけそれっぽくしただけだ。精霊魔法を付加エンチャントするのはさすがに出来ないからな」

「それもそうか。精霊魔法は精霊の力を借りないと作動しないからな」

洋介も頷いていて、納得したようだった。今度は武淵先輩が俺を少し問い詰めるような口調で聞いてきた。

「今のはさすがにやり過ぎなんじゃないかしら?」

「まあ、それはそうですけど。威力は加減したので大丈夫……だと思いますけど……?どうなんでしょう?」

「そこは私に聞かれても困るわよ……」

夏海先輩はやれやれといった様子でため息をついていた。そんなタイミングで訓練場の扉がバタン!と大きな音を立てて、勢いよく開いた。

「兄さん、ラウラさん連れてきたよ!」

ラウラさんは訓練場に入ってそのまま寛之に治癒魔法をかけた。

そして、10分後。

「……ふぅ。これで大丈夫よ」

「良かった……」

ラウラさんの言葉に安心したのか茉由ちゃんは崩れ落ちた。

「……直哉、ちょっとこっちに来てくれるかしら?」

「あ、はい」

俺はラウラさんに連れられてウィルフレッドさんの部屋にやって来た。ウィルフレッドさんは膝の上で寝ているレオを撫でながら、読書をしていた。

「何でここに呼ばれたか、分かるかね?」

「寛之を一歩間違えれば殺してしまう所だったから……ですよね?」

「そうだ。気絶しただけで済んで良かったが、魔法は遊びでポンポン使っていいものじゃないんだ。それに君たちの実力はあの頃に比べて格段に上がっている。加減をしなければ、人を殺してしまう域に来ている。それくらいでようやく一人前とも言えるんだが。とにかく今後とも気を付けてくれたまえ」

そう、俺たちの実力は1カ月前よりも格段に上がってきている。そのおかげもあってか、来週にはアイアンランクに昇格するかもしれないのだ。

「……というわけで反省の意味を込めて、訓練場で2時間ほどおとなしくして頭をひやしてくるといい」

「分かりました」

こうして俺は謹慎処分を2時間受けることになった。

――――――――――

「兄さん、2時間経ったよ」

「ああ、もう2時間経ったのか……思ってたより早かったな」

俺は胡坐の体勢からゆっくりと立ち上がった。時々体勢は変えたけど、やっぱり足と腰が痛いな……。

「兄さんのことだし、どうせ寝てたんでしょ?」

「いいや、寝てないぞ。精神統一をしていたんだよ」

「それ、絶対寝てたでしょ!」

「バレたか~」

その後、俺と紗希は大きな声で笑いながら一階へと上がった。

「兄さん、今日はどうするの?」

「……仲間を集める」

さすがに俺の心が良く分かっている紗希でも何を言ってるのか分からなかったようだ。

「このローカラトの町で貧乳を愛するものを集めようと思ってな」

「ローカラト貧乳愛好会……的な?」

「それだ!」

……この瞬間、『ローカラト貧乳愛好会』が結成された。

「でも、今の所は俺一人だけなんだよなぁ……」

俺がどうやってメンバーを引き込もうかと頭を悩ましていると、横から手が上がった。

「どうした?紗希」

「ボクも入るよ。名前つけたのボクだし」

会員二人目ゲット!この調子でドンドン増やしていこう!

「……このままだと、世界中の人が貧乳好きになっちゃう」

紗希は何やら表情を強張らせていた。どうかしたんだろうか?

「紗希、体調が悪いんだったらこのまま家に帰るか?」

「ううん、大丈夫だよ」

紗希は笑顔……を作っているつもりなのだろうが、いつもの笑顔じゃない。これは無理してる時の笑顔だ。

俺は紗希に背を向けてしゃがんだ。

「えっと、兄さん?」

「おんぶしてやるから乗れよ。しんどいんだろ?」

俺がそう言った後、背中に温もりと重みを感じた。

俺は家までゆっくりと歩いて帰った。家に着くころには背中から寝息しか聞こえなくなっていた。

俺は家の階段を上り、紗希の部屋のベッドに紗希を横にして寝かした。

俺は紗希の部屋の窓を開けて換気をした。窓からは若葉の香りが吹き込んでくる。そして、窓の外の風景は赤い屋根と石造りの建物。そして、その通りを賑やかに歩いて行く人々。何という事のない日常の風景。

「ただいま戻りました」

俺は後ろから聞こえた声に驚き、窓から落ちかけたがギリギリのところで踏みとどまった。

「お帰り、茉由ちゃん」

「紗希ちゃん、具合悪いんですか?」

茉由ちゃんは心配そうな眼差しで紗希を見つめている。

「ああ、そうらしい」

「それじゃあ、私が何か作ってきます」

「あー、それじゃあお願い」

「分かりました」

茉由ちゃんはそう言って部屋を出ていった。俺は紗希のベッドの横にある椅子に腰かけながら外を呆然と眺めていた。

この世界は現在初夏である。空はいかにも初夏らしく澄み渡っている。町の向こうにはアスクセティの森が広がっており、町の風景と対比しての美しさがある。

「呉宮さん、今頃どうしてるのかな……」

俺のこの不安は空を流れる雲のようには流れていってくれない。

「先輩……」

部屋の入り口には、料理を持って茉由ちゃんが戻ってきていた。

「あ、茉由ちゃん。紗希にそれ、食べさせてあげてくれ」

「……分かりました」

俺は部屋を抜け出て一階の庭にある共同で水を汲む場所で水を汲んで涙に濡れた顔を洗い流した。

「全く、情けないな……」

俺がこんなところで泣いてる所なんてみんなには見せられないな。

「先輩!」

どこから呼ばれたんだろうと思い、辺りを見回すと三階の窓から茉由ちゃんがひょっこりと顔を出していた。

「茉由ちゃん!どうかしたのか?」

「今日の夜、寛之先輩や洋介先輩、夏海先輩も呼んで一緒に夕食を食べたりしませんか?」

……どうせ、寛之にも謝らないといけないから、みんな集められるのならちょうど良いか。

「そうしようか!それだったら俺が買い出しに行ってくるよ!」

「買い出しなら私が行きますよ!」

「茉由ちゃんは紗希の傍に居てやってくれ!」

「分かりました!それじゃあ、買い出しの方お願いします!」

こんなわけで俺は買い出しに行くことになった。

まずはパン屋へ行き、パンを20個ほど購入。これで小銀貨2枚。

次に露店を回り野菜を調達。ジャガイモ6個、玉ねぎ3個、トウモロコシ6本を購入した。合計で小銀貨1枚、大銅貨3枚、小銅貨8枚になった。(日本円で1380円ほど)

「こんなもんか」

俺は両手から籠を下げて家に戻った。

「ただいま」

「先輩、おかえりなさい」

俺が家に帰るとエプロン姿の茉由ちゃんが出迎えてくれた。

「何を買ってきたんですか?」

俺は持っている籠を机の上に置いて茉由ちゃんに見せた。

「これだったら、ポタージュスープとか作れそうですね」

茉由ちゃんはそう言って料理の支度をテキパキと進めていく。これは将来、良い嫁さんになりそうだな。

「先輩、私の顔に何かついてますか?」

「いや、何もついてないけど」

「それじゃあ、何で私の方をそんなに見てくるんですか?」

茉由ちゃんはそう言った後、何やらハッとした様子で俺の方へ振り向いた。

「まさか浮……」

「それはない」

俺は茉由ちゃんの言おうとしていることを遮った。ていうか、浮気ってそもそも呉宮さんと付き合ってないし!

「俺は君のお姉さんがことが好きだから、茉由ちゃんをそういう目で見ることは出来ない。それに……」

「それに……何ですか?」

「茉由ちゃんは寛之のことが好きなんだろ?」

俺がそう言うと、茉由ちゃんは顔を赤らめて俯いてしまった。

そして、その直後。入口から物が落ちる音がした。

俺がその方を向くと……寛之がいた。あっけにとられた様子で。

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