日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~

ヌマサン

第26話 初仕事

日もすでに昇った昼。通りは待ちゆく人々で賑わっている。俺たちは今、冒険者ギルドの一階のカウンターの前でミレーヌさんと話している。 昨日、ウィルフレッドさんが言っていた各々のクエストの詳しい説明を聞くためだ。

「洋介と夏海は建築現場で運搬の手伝いをお願いしておくわね」

洋介と武淵先輩は建築現場の運搬の手伝いだ。何でも、木材を運ぶ人手が足らなかったらしい。報酬は大銀貨1枚と小銀貨6枚。ちなみに貨幣を円換算に直すと約一万六千円だ。詳細はこうなる。

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貨幣一覧
大金貨1枚:百万円
小金貨1枚:十万円
大銀貨1枚:一万円
小銀貨1枚:千円
大銅貨1枚:百円
小銅貨1枚:十円
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洋介と武淵先輩は言われてそのまま現場に向かった。その次に寛之と茉由ちゃんのクエストの説明に移った。内容は馬車への荷物の積み込み。報酬は大銀貨1枚と小銀貨5枚だ。寛之も茉由ちゃんもすぐに指定された場所へと向かった。

「待たせてしまってごめんなさいね。直哉と紗希の二人には……」

ミレーヌさんが俺たちのクエストの内容を読み上げようとした時。ギルドの扉が勢いよく開けられた。

「……誰か、いる……かな?」

随分息を切らした様子で一人のスーツ姿のきまった青年がギルドに駆け込んできた。その青年をよく見てみると何でも屋の店員のミロシュさんだった。

「あら?ミロシュじゃない。どうかしたの?あ、ラウラなら今買い出しに行ってて、ここには居ないわよ」

ミレーヌさんがカウンターから出てきてミロシュさんのところへ歩いて行った。俺と紗希は黙ってその様子を眺めていた。

「姉さんに用ってわけじゃないんだけど」

「じゃあ、どうして冒険者ギルドこんなところまで来たの?」

ミレーヌさんは優しい眼差しでミロシュさんが話を始めるのを待っていた。そして、ミロシュさんは店の近所の路地裏で起こった事件の話を始めた。話をまとめるとこうだ。

今朝、何でも屋から少し北の路地裏で胸に三本線の切り傷を負った二人の男が発見されたらしい。軍が調べてみると、その二人は昨日にある老人に会っていたのだそうだ。そして、その老人の家から装飾品が盗まれたということも判明した。現段階ではその二人が盗んだ可能性が最も高いとのことだった。

「……で、それがどうしてここに来る理由になるのかしら?」

「個人的に調べてほしいことがあってここに来たんだ」

その時のミロシュさんの目からはいつも以上の真剣さが感じられた。その瞳を見たときには俺の中でどうするかは決まっていた。

「ミロシュさん、その依頼俺に受けさせてもらっても良いですか?」

俺がそう言った途端、ミレーヌさんもミロシュさんも驚いたのか、目を見開いていた。

「まだ、クエストの内容も話していないのにクエストを受けるつもりなのか?」

「はい」

「そんな話、聞いたことがないよ……」

そりゃあ、俺だって見知らぬ人が来たならこんなことは言わなかっただろう。だが、知り合いが困っているのであれば、できる範囲でだが助けてあげようという気持ちの方がまさってしまう。

「おはようッス!」

「おはようございます!」

このタイミングで空気も読まずに入ってきたものが二人。ミレーヌさんは二人を見てからフッと笑みを浮かべた。ディーンとエレナちゃんの二人は状況をよく分かっていないためポカンとしている。

「ミロシュ。直哉と紗希の二人に加えてディーンとエレナも一緒ならどうかしら?ディーンとエレナは青銅ブロンズランクだからまだ信用できるんじゃないかしら?」

ミロシュさんは顎の辺りに手を当てて少し唸っていたが、渋々首を縦に振った。

「分かったよ。それじゃあ、依頼内容と報酬のことを話しておくよ」

依頼の内容は路地裏で発見された男たちが盗んだと思われる装飾品の行方を掴むこと。報酬は大銀貨4枚。すなわち報酬は一人につき大銀貨が1枚ずつ。日本円なら1万円ってところだろうか。

「それじゃあ、行ってきます!」

俺たち四人は路地裏へと向かった。

――――――――――

一方、俺たちが出発した後のギルドでは。

「ミロシュ。さっきのクエストのことなんだけど……」

「ああ、手続きをしないといけないね。すぐにやるよ」

ミロシュはカウンターの方へと早足で歩いて行く。その足取りは何か急いでいるように感じられた。

「手続きもそうなんだけど、あれくらいのレベルのクエストならあなた一人で十分だったんじゃないかしら?」

ミレーヌさんのその言葉を聞いてミロシュさんはピタッと体を硬直させた。

「……そうだね。あれなら確かに僕一人でも片付いたよ。けどね……」

「……けど、何?」

「君のお父さんからの依頼をこなさなくちゃいけなくなったんだ」

ミレーヌさんは疑問を浮かべたような顔をしていた。

「お父さんから!?一体、何の?」

おそらくミレーヌさんには何も知らせていなかったのだろう。その言葉には焦りのようなものが隠されているようだった。

「あまり詳しくは言えないんだけど、遠くまで人を探しに行くんだ。だから、今すぐ出発しないといけない。それで姉さんにも『行ってきます』とだけ伝えたかったんだけど……居ないんじゃしょうがないね」

「そうなのね。……分かったわ、ちゃんとラウラにも伝えておくから。気を付けて行ってくるのよ」

ミロシュさんは何も言わず、笑顔だけを返してギルドを去っていった。カウンターの上には丁寧な字で書かれたクエストの依頼書だけが置いてあった。

――――――――――

俺たちは路地裏に到着した。ディーンの提案でとりあえず路地裏を歩いてみることになった。

「兄さん、その装飾品って二人を殺した犯人が持ち去ったのかな?」

「それは分からないな。それ以外の人物が持ち去った可能性もあるし」

この辺りの路地裏を歩いていて俺は一つ違和感を感じた。それはネズミとかそう言った生き物が一匹も見当たらないのだ。ここに来る途中の路地とかではネズミとかを見かけたのに。

「みんな、こんなところに小さな宝石が落ちてるよ!」

俺が振り返るとエレナちゃんがその落ちていた宝石を持って俺たちの後ろから走ってきていた。しかし、俺は振り返った時、エレナちゃんの背後に金色の光が二つ見えた。最初は何か分からなかったが、それは猫だった。銀色の毛並みにところどころ赤いシミのようなものがついている。

「ディーン、猫がいるぞ」

「……猫ッスか?猫くらい街のどこにでもいるッスよ?」

その猫はエレナの手の方を見ていた。その視線の先には落ちていた宝石がある。俺は直感的に嫌な予感がした。

「エレナちゃん、早く宝石を捨てるんだ」

「え、でも……」

「いいから早く!」

エレナちゃんは渋々宝石を道に捨てた。その途端、その猫は宝石が地面に落ちる寸前で口に加えて路地の奥へと消えていった。俺たちは驚いたが、その猫を追いかけることにした。

「敏捷強化!」

紗希が魔法を使って、その猫を追跡していった。俺たちも必死に後を追いかけたが、見失ってしまった。

「……ったく、紗希はどこ行ったんだ?」

「いくら何でも早すぎるッスよ……」

どうしたものかと考えていると、紗希が戻ってきた。

「兄さん!あの建物の二階にいるよ。装飾品とかも大量にあったよ」

俺たちは紗希の指さした建物を眺めた。おそらく誰も住んでない空き家だろう。そして、大量の装飾品。

これはあくまで仮説だが、その猫は光るものを集めていたのではないだろうか。そして、光るものを持っていた男たちを殺したのではないか。さっきの宝石のことも考慮するならば、ありえそうな話だ。だが、猫に人の首を切断できるほどの力があるとは思えない。

「直哉さん、行くッスよ」

ディーンは腰から片手剣ショートソードを引き抜いて空き家の扉を物音を立てぬように静かに開けて闇へと消えた。エレナちゃんも杖を構えてディーンの後を追いかけて行ってしまった。

「紗希、俺たちも行くぞ」

「うん!」

俺たちが入った時にはディーンとエレナちゃんの二人は階段をゆっくりと上がっていったところだった。

屋敷の中は木の床で歩くと軋む音がする。あちらこちらにクモの巣が張ってあるのも確認しながら、俺たちも二人の後を追って二階に上がった。そして、部屋の扉の隙間から中を覗いているディーンとエレナちゃんを見つけて近づいた。

「直哉さん、居たッス」

ディーンが指を指している方を見ると、装飾品に囲まれてさながら気品の漂わせながら眠っている猫の姿があった。

「二人はここで待っててくださいッス。俺とエレナで様子を見てくるッスから」

そう言って、ディーンはエレナちゃんと部屋に入っていった。しかし、その猫はすぐに二人の気配に気づき毛を逆立てていた。

「猫ちゃん、何もしないから怒らないでね」

エレナちゃんは毛を逆立てたままの猫を落ち着かせようとしているが、全然警戒を解く気配はない。……中々に用心深い。

ディーンはエレナちゃんが猫の気を引いている間に装飾品に近づこうとしたのだが、猫がそのことに気づきディーンに飛び掛かった。ディーンは最初こそ悠然としていたが、猫が手を振り上げた途端に血相を変えて俺たちのところに飛び込んできた。

「ディーン、どうかしたのか?」

「あの猫の爪、何かヤバいッス。エレナ、早くこっちまで戻ってきてくれッス!」

ディーンがそう言うとエレナちゃんは慌ただしく部屋の入口まで戻ってきた。

俺と紗希はついさっきまでディーンがいた場所を見て背筋が凍り付いた。床が切り裂かれていたのだ。明らかに普通の猫のパワーではない。

「ディーン、あの猫の攻撃の威力が高いのが気になるな」

「はいッス、ここは一度攻撃して正体を暴くのが優先ッスね」

俺はディーンの剣を見て驚いた。なんと、剣が光を纏っていたのだ。

「エレナ、準備はいけるッスか?」

「うん、大丈夫だよ!」

ディーンが走り出すのと同時に、エレナちゃんの杖の先の石が黄色く光ったと思うと猫の周りに砂の壁が形成された。これで猫が逃げることは出来ない。ディーンはそれを確認して上へと跳躍した。

「行くッスよ!“聖刃”!」

ディーンは剣を思いっきり振りかぶって、猫の方へと振り下ろした。すると、剣先から光の刃が放たれた。しかし、ディーンはその直後、目を見開いて、とても驚いた様子だった。しかし、俺の位置からでは砂の壁の中は見えない。

「みんな!これはヤバいっス!」

ディーンが俺たちに叫んだのとほぼ同時に砂の壁が切り裂かれた。その裂け目から猫が飛び出してきてディーンに爪で切りつけた。ディーンは咄嗟に剣で受け止めたが、その剣は真っ二つになってしまい、ディーンはブレストプレート越しに攻撃を受けてしまった。

「ディーン!」

俺たちは壁の近くで倒れているディーンの元へと駆け寄った。ディーンは切られた胸の辺りから血を流していた。だが、致命傷ではないようだった。

「……あの猫の爪、青銅の剣をあっさりと切ってしまったッス。あれじゃあ、剣でのガードは出来ないッス」

いくら致命傷ではないとは言え、このまま出血が続くとヤバい。しかし、猫は警戒してのことか、睨みを利かせているが、近づいては来ていない。

「エレナちゃん、もう一度砂の壁を作ってもらっていいか?」

「それは大丈夫だけど……直哉さん、一体何をするつもりなの?」

「いや、ちょっと目くらましに使おうと思ってな」

俺はディーンの傷のところを氷を付加して止血した。かなり雑だが、応急処置としてはこれで大丈夫だろう。

「エレナちゃんと紗希でディーンを運び出してくれ。ここには俺が残るから」

「分かった!」

エレナちゃんと紗希はディーンを部屋の外へと運び出していった。そして、窓からは夕日が差し込んできている。夜になれば夜目の利く猫の方が有利だ。日が暮れるまでに何としても決着をつけなければならない。

「さて、どうするか」

今のところ、対策など何も考えていない。カッコつけただけだ。しかし、あまり考えている時間などなかった。猫が砂の壁を切り裂いて出てきてしまった。一瞬焦ったが、俺は咄嗟に猫のとある習性を思い出した。

「イチかバチかの賭けになるが、やってみるか……!」

猫は俺の方を向いたのち、一直線に突っ込んできた。俺はとりあえず一本目のサーベルを腰から引き抜き、正眼に構えた。

猫はサーベルを恐れることもなく一直線に飛び掛かってきた。俺は爪が振り下ろされる瞬間に足にとある効果を付加した。

そして、爪が振り下ろされた瞬間に後ろへ少しだけ跳躍した。猫が着地した瞬間に猫を飛び越えて背後へ回り、猫が振り向く前に首根っこを掴んだ。そう、猫は首根っこを掴まれるとおとなしくなるのだ。そして、俺の予想通り猫はおとなしくなった。

「兄さん、大丈夫!?」

紗希が俺の方へと小走りで向かってきた。

「ああ、大丈夫だ」

俺は笑顔でそう返した。しかし、この猫をどうしたものか……。

「兄さん、この子ギルドに連れて帰ろうよ」

紗希の提案には俺もどうするか迷ったが、紗希の提案通りに一度ギルドへと連れて帰ることにした。

「……で、連れて帰ってきたってことだな」

「はい」

ウィルフレッドさんは猫を抱きながら頬を緩ませている。

「こうしてると小さかった頃のミレーヌのことを思い出すなぁ」

なんだかんだ紆余曲折うよきょくせつを経て、猫は『レオ』と名付けられた。そして、ウィルフレッドさんが飼うことに決定した。また、この猫が好きな光り物はウィルフレッドさんが随時買い与えることになった

クエストは一応達成?したことになり、俺たちは報酬を受け取ってその日は家に帰った。

後日、あの家にあった装飾品の山は無事持ち主たちの元へと返されたとのことだった。めでたしめでたし。

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