日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~
第14話 罪人の子というレッテル
昨日はラノベを読んでいるうちに寝落ちしてしまっていた。そのせいで、気がつけば朝だった。
「ふああ……朝か……」
今日は土曜日で、学校がある。なので起きた。……本当は行きたくないのだが。カーテンの隙間から外を見てみると、一晩中張り込んでいたのか、記者たちの姿が見えた。
「これは学校行くだけでも骨が折れそうだな……」
やっぱり休もうか……何だかどんどん行きたくなくなって来たな。
そんな事を考えていると、部屋の外からノックする音が聞こえた。
「兄さん、起きてる?」
紗希の声だ。紗希がお呼びだ。正直、これだけで目が覚めるというものだ。
俺は窓際から移動し、ドアを開ける。
「おはよう、紗希」
「うん、おはよう」
そこには、当たり前だが紗希がいた。
「何か用でもあるのか?」
「うん、兄さんは学校行くのかなって、ちょっと気になっただけ」
「そうか。悪いが俺は行きたくない」
俺がそう言うと、紗希は少し残念だと言わんばかりの表情を浮かべた。
「外危ないから気をつけろよ」
「……危ないって分かってる所に可愛い妹を一人で行かせるんだ」
うるうるした目+上目遣いのコンボに俺は敗北した。
「よし、俺も行くぞ。愛する妹のために!」
その後、超高速で支度を済ませた。そして、出発の時は来た。
「紗希、開けるぞ」
「うん、行こう」
なんだろう。学校行くのってこんな覚悟していってたっけ。俺は謎の覚悟を決めて、ドアを開けた。ドアを開けると俺たちに気付いたのか、家の周囲にいた飢えたハイエナにも似たやつらによって次々とシャッターが切られ、マイクが突き出されてくる。
「紗希、自転車に乗って行ってくれ」
「え、でも兄さんは?」
俺は紗希を無理やり自転車に乗せた。
「俺は歩いていくから」
「でも……ううん、分かった。それじゃあ、先に行ってるね」
そう言って紗希は間を縫って出発した。
「さてと……このまま家に逃げ込むのも手だが、それじゃあ、紗希の帰って来る時が心配だしな」
俺は紗希の後を追って学校へ向かった。そして、いつもの倍以上の時間がかかったが何とか学校に到着した。それからいつものように教室へ入り、自分の席へと向かった。
「これは……!」
机には俺の持ち物が置かれていた。これだけなら良かったのだが。
机に乗っていたのは体操服や教科書といった授業で使うものだ。体操服のズボンはご丁寧にもアソコの部分だけ切り抜かれていたり、上の服の部分には書道で使う墨汁がかけられていた。その墨汁は教科書にもかかっていた。さらにその上から水でもかけたのだろうか。ぐしょぐしょでもはや使い物にはならない。
とりあえず、体操服と教科書を机の下に移動させる。そして、机を見る。そこには文字が書かれていた。
『お前の親父は犯罪者!』
『学校来るな!犯罪者の息子!』
俺がその語彙力のない罵倒の文字を読んで顔を上げると、クラスの奴らは笑っていた。そして、目の前にいたお調子者でクラスの中心にいる……何かそんな感じの奴が侮辱の一言を放った。
「おい、親父は元気にしてるか?あ、お前の親父は今は刑務所の中だったな!」
「ああ。そうだな」
内心ぶん殴ってやりたい気持ちで一杯だったが、何とか耐えた。だが、俺個人としては紗希のことが心配だ。紗希もこんな目に遭っているんじゃないかと思うと気が気でなかった。
俺がそんなことを考えていると脛に痛みが走った。
「おい、早く帰れよ。犯罪者の息子が!」
そろそろ鬱陶しいな。魔法とか使えたら間違いなくぶっ放してるな。魔法か……またゲームやりたいな……皆で。
「聞いてんのかよ!キモオタ野郎!」
紗希に何かあったら本当に俺も犯罪者になりかねない。激昂して何をするか俺にも想像がつかない。
「おい!」
俺はいきなり胸ぐらを掴まれた。
「……何だよ」
「俺はお前のそういう所が前から嫌いなんだよ!」
何だこいつ……!まさか……自分語りを始めるつもりなのか……!
「何でお前みたいなやつが呉宮さんと仲良くしてんだよ!」
「何だ?嫉妬かよ。鬱陶しいからそういうのやめてくれないか?」
俺の胸ぐらを掴んでいるコイツの右手が震えだした。うずいているのかと一瞬俺は考えてしまった。馬鹿だな。
「何なんだよ、お前!」
そう言うやいなや空いている左の拳で俺の顔面を殴ってきた。俺は勢いそのままに後ろに吹っ飛んだ。
そして、顔を上げると続けざまにもう一発殴ろうと振りかぶっているのが見えた。しかし、その拳は俺に届くことはなく、目の前で止まっていた。何故だろうと思っていると声が向こうの扉から聞こえてきた。
「一体これは何の騒ぎですか?」
「せ、先生!これは……!」
そう、担任の先生が来ていたのだ。発された言葉には怒りが含まれているように聞こえた。このクラスでは“皆仲良く”というのがモットーだ。だから、喧嘩しているこの状況そのものに対して怒っているのだろう。
「言い訳は聞きたくありません。二人ともすぐに職員室へ来なさい!」
先生がそう言うので、俺は立ち上がって職員室に向かおうとした。俺を殴ろうとしていたコイツも同じ様子だった。しかし、取り巻きたちは黙っていなかった。
「先生、○○は悪くありません!悪いのは薪苗だけです!」
「そうよ!あいつが先に手を出したから!○○は反撃しただけよ!これは正当防衛よ!」
こいつら……!俺を陥れるつもりか!どこまでも醜い奴らだな。
先生は何も言わずにコイツの方へと歩いていく。俺は思った。先生も”そっち”側なのか……と。しかし、そうではない事が次の一言で証明された。
「本当に薪苗君から先に手を出したのですか?どうもそういう風には先生は思えないんだけど」
取り巻きたちが何か言おうとしていた。しかし、それよりも先にコイツが一言。
「……いえ、俺が一方的にやりました」
取り巻きたちは言葉を失っていた。
「薪苗君。それは本当なんですね?」
「はい、その通りです」
先生は俺の顔を見て、納得したように頷いていた。そして、先生は俺の座席の状態を見て、わなわなと震えていた。
「こんなことをしたのは誰ですか!」
先生が怒りの声を上げると、取り巻きたちがざわついた。先生はその様子を見て悟ったのか、こう言った。
「やはり、薪苗君だけ保健室まで来てください」
……ん?保健室?
「薪苗君、荷物を持って私に付いて来てください」
「……分かりました」
とりあえず、先生に言われた通り荷物を持って教室を出た。
「皆さんは私が戻ってくるまで自習をしていてください」
そう言って、先生はドアを閉めて歩き出した。
そして、階段を下りて、保健室に到着した。教室に入ると先生が保健室の先生に事情を話してくれた。その後、俺は顔のところに大きい絆創膏を貼られた。そして、今朝の出来事について質問攻めにされた。
「……そうですか。分かりました。今日のところはここで待機していてください」
一通りの話が終わってこう言われた。俺はそのまま保健室で放課後までの時間を過ごした。そして、何もないままにチャイムが鳴り、一日の授業が終わりを告げた。俺はそれと同時に紗希のいる教室へと向かった。
教室に着き、入り口の辺りで待っていると紗希が出てきた。
「兄さん、お待たせ!一緒に帰ろう……ってどうしたの!?またケガ!?」
俺の顔を見て紗希が驚きの声を上げた。
「ああ。クラスの奴に絡まれてな。そんな事より紗希は大丈夫か?何も変なこととかされてないか?」
「うん。ボクは大丈夫だったよ」
俺はそれを聞いて、安堵の息を漏らした。俺が突っ立ったままでいると紗希に話しかけられた。
「兄さん、帰らないの?」
「勿論、帰るに決まっているだろ」
そう言って、昇降口へと歩き出す。そして、すぐ後ろに紗希が付いて来ている。
「あれ?犯罪者の息子じゃないか?まだ帰ってなかったのか?」
ムカつく奴らの声が聞こえる。何も言わず、通り過ぎようとすると今度はさすがに堪忍袋の緒が切れるような言葉が耳に入ってきた。
「あ、犯罪者の娘もいたのか。気付かなかったな。」
今何て言いやがった……?犯罪者の娘……?紗希に対する侮辱だけは許せん……!
怒りに震えていると右手に暖かい感触が伝わって来た。右の方を見ると紗希がいた。
「兄さん、落ち着いて。ボクは大丈夫だから……早く家に帰ろう?」
紗希の目が潤んでいた。声もかすかに震えている。大丈夫とは言っているが、本当は大丈夫じゃないのだろう。
「……そうだな。早く帰ろうか」
冷静になって考えよう。俺はそれができる男だ!……たぶん。
その日はそのまま帰った。道中、紗希も辛かったのか一言も話さなかった。
家の周りには依然としてマス〇ミがたむろしていた。何とかその隙間を縫って入ろうとしたが、無理だった。囲まれて写真は撮られるはマイクを向けられるはで大変だった。
「ハア……何で家に入るだけでこんなにも疲れるんだ」
「そ、そうだね……」
外の現状に対して愚痴を言っていると母さんがやってきた。
「あら、二人ともお帰りなさい。紗希、少し前に電話がかかってきましたよ」
こんな時に電話かけてくる奴がいるのか……。
「うん、ただいま。電話?誰からかかってきたの?」
「茉由ちゃんよ」
「何て言ってたの?茉由ちゃん」
「私が『紗希の母です』って言ったらまたかけ直すって言ってましたよ?」
「それじゃあ、リビングで待ってようかな。かけたのは病院の公衆電話からかけたんだろうから」
母との会話のキャッチボールを終えた紗希はそう言ってリビングに入っていった。
「母さん、俺は部屋で横になってくる」
「それは構いませんけど……その顔の絆創膏はどうしたのですか?」
階段を上がろうとしていた俺の顔を見て母さんは心配そうに尋ねてきた。
「ああ、これか。クラスの奴にやられたんだ」
「痛くはないの?」
「全然痛くないって。ほら!」
俺は自分の顔をひっぱたいた。
「それならいいのですけど……」
母さんはリビングの方へと歩いて行った。そして、俺は階段を上がっているとき頬をさすりながらこう思った。
痛ってえ……やっぱり自分の頬をひっぱたかなければ良かったな……と。
部屋に戻ってから2時間くらい経った頃。紗希が部屋にやって来た。
「兄さん!明日の10時に茉由ちゃんが退院できるんだって!」
「それなら明日学校で会えるじゃないか。良かったな、紗希!」
よほど嬉しかったのか、紗希の表情はいつも以上に明るい。
「でも、神社に行くって言ってて……」
「神社?それまた急な話だな」
まさか遺跡に行く……とかじゃないよな……?
「退院してすぐに行くって言ってたのか?」
「うん、そんな感じのこと言ってたよ」
退院してすぐにわざわざ病院からも遠い神社に行く理由があるのだろうか?もしくは遺跡に行くつもりなのか?……いや、そもそも場所を知らないか。とにかく茉由ちゃんの話を聞いてみた方が良いかもしれない。
「明日は学校休むことにした」
「えっ!?きゅ、急にどうしたの?」
そんな驚くほどの事か……?
「休むといっても家でずっとゴロゴロするわけじゃないからな?」
俺がそう言うと、紗希がピタッと動きを止めた。
「最近、兄さんがやたらと外出するけど……」
俺が外出することに何か言いたいことがあるのか?だとしたら、何だろう?さっぱり分からん。
「そのせいでこんな事件が立て続けに起こってるんじゃない!?」
「ひどい!」
それじゃあ、俺の外出頻度が増えたせいで事件がこんなに起こってるみたいじゃないか!もし本当にそうなのだとしたら、俺が疫病神みたいに不幸を呼び寄せてるみたいじゃないか!
「紗希、俺が明日学校を休むのは茉由ちゃんの話を聞くためだ。もし、遺跡に行くのなら止めた方が良いからな」
「そうなの?でも、あの遺跡ってそこまで危険なの?」
あの事、紗希に話した方がいいか……。
「紗希……」
俺はあの遺跡で起こった奇妙なことを紗希に話した。
「遺跡の周りだけ天気が違う……?」
「そうだ。昨日、神社に行ったときに遺跡の周りだけ雨が降っていた。神社の周りは快晴だったのにだ」
何を考えているのか、紗希は腕を組んでうなっていた。
「どうした?紗希」
「でも、前に兄さんや守能先輩と行ったときはそんなことは無かったよね?」
言われてみれば、そうだ。確かにそんなことはなかった。一体どういうことだ?
「とりあえず明日、茉由ちゃんとあの遺跡で合流しよう」
「そ、そうだね。その方が良いかもしれないね」
茉由ちゃんが退院してすぐ遺跡に来るのだとしたら、それより前に遺跡へ行かなければならない。それより考えないといけないのは、家の前にいる人々だ。ここは安直だが、明け方に家を出ることにしよう。
「紗希、明日は日が昇る前、5時前に家を出ようと思う」
「それが良いと思う。皆眠っている頃だろうし」
よし、決まりだ。俺はそう思って布団に入って寝ようとすると、紗希が言葉を付け足した。
「あと、お母さんにメモ書いておくね。勝手に出かけたら、お母さんも心配するだろうから」
確かに。急に俺と紗希がいなくなると、母さんも心配するな……。そこまで考えが回らなかった。さすが紗希。
「それじゃあ、頼む」
「うん。それじゃあ、おやすみなさい」
紗希が部屋を出て行ったあと、部屋は静けさを取り戻した。そして、俺は静寂に包まれるように眠りについた。
ーーーーーーーーーー
「ふわあああ……」
1人の若い男が大きなあくびをした。それを隣の男、昨日ドアを無理やり押さえていた男だ。その男がたしなめる。
「何だよ。眠いのか?俺はここんところ寝不足なんだ。少しは抑えてくれ」
「すみません……」
ここは薪苗家の前。この二人以外にも人がいる。7人ほどだ。薪苗宗正の逮捕からずっとここに張り付いている取材班だ。
もう日が暮れて随分と経つ。すでに家の電気も消えている。
あまりに動きがないため、皆眠そうである。
そんなところへ黒い外套のようなものを羽織った男が歩いてくる。街灯がなければ接近に気が付かないほどに闇に溶け込んでいた。
一番その男の近くにいた小太りの男が声をかける。
「おい、あんた。こんな時間にどうしたんだ?」
「………」
その男は何も答えない。そして、次の瞬間には小太りの男が地面に倒れこんだ。近くにいた若い男女が倒れこんだ男の顔を覗き込む。そして、顔色を変え、その真っ黒な男から遠ざかるように背を向けて逃げ出した。しかし、その二人もまた地面に倒れこんだ。他の4人もようやく事態を理解し、逃げ出そうとしたが、間に合わなかった。
「めんどくさいことにはなったが、これでいい。魔王様もお許しくださるだろう」
男は一人、そう呟いた。男が影の中に消えた後に残されていたのは、7つの死体。それらはみな一様に青くなった肌に苦しみに歪んだ表情をしていた。
「ふああ……朝か……」
今日は土曜日で、学校がある。なので起きた。……本当は行きたくないのだが。カーテンの隙間から外を見てみると、一晩中張り込んでいたのか、記者たちの姿が見えた。
「これは学校行くだけでも骨が折れそうだな……」
やっぱり休もうか……何だかどんどん行きたくなくなって来たな。
そんな事を考えていると、部屋の外からノックする音が聞こえた。
「兄さん、起きてる?」
紗希の声だ。紗希がお呼びだ。正直、これだけで目が覚めるというものだ。
俺は窓際から移動し、ドアを開ける。
「おはよう、紗希」
「うん、おはよう」
そこには、当たり前だが紗希がいた。
「何か用でもあるのか?」
「うん、兄さんは学校行くのかなって、ちょっと気になっただけ」
「そうか。悪いが俺は行きたくない」
俺がそう言うと、紗希は少し残念だと言わんばかりの表情を浮かべた。
「外危ないから気をつけろよ」
「……危ないって分かってる所に可愛い妹を一人で行かせるんだ」
うるうるした目+上目遣いのコンボに俺は敗北した。
「よし、俺も行くぞ。愛する妹のために!」
その後、超高速で支度を済ませた。そして、出発の時は来た。
「紗希、開けるぞ」
「うん、行こう」
なんだろう。学校行くのってこんな覚悟していってたっけ。俺は謎の覚悟を決めて、ドアを開けた。ドアを開けると俺たちに気付いたのか、家の周囲にいた飢えたハイエナにも似たやつらによって次々とシャッターが切られ、マイクが突き出されてくる。
「紗希、自転車に乗って行ってくれ」
「え、でも兄さんは?」
俺は紗希を無理やり自転車に乗せた。
「俺は歩いていくから」
「でも……ううん、分かった。それじゃあ、先に行ってるね」
そう言って紗希は間を縫って出発した。
「さてと……このまま家に逃げ込むのも手だが、それじゃあ、紗希の帰って来る時が心配だしな」
俺は紗希の後を追って学校へ向かった。そして、いつもの倍以上の時間がかかったが何とか学校に到着した。それからいつものように教室へ入り、自分の席へと向かった。
「これは……!」
机には俺の持ち物が置かれていた。これだけなら良かったのだが。
机に乗っていたのは体操服や教科書といった授業で使うものだ。体操服のズボンはご丁寧にもアソコの部分だけ切り抜かれていたり、上の服の部分には書道で使う墨汁がかけられていた。その墨汁は教科書にもかかっていた。さらにその上から水でもかけたのだろうか。ぐしょぐしょでもはや使い物にはならない。
とりあえず、体操服と教科書を机の下に移動させる。そして、机を見る。そこには文字が書かれていた。
『お前の親父は犯罪者!』
『学校来るな!犯罪者の息子!』
俺がその語彙力のない罵倒の文字を読んで顔を上げると、クラスの奴らは笑っていた。そして、目の前にいたお調子者でクラスの中心にいる……何かそんな感じの奴が侮辱の一言を放った。
「おい、親父は元気にしてるか?あ、お前の親父は今は刑務所の中だったな!」
「ああ。そうだな」
内心ぶん殴ってやりたい気持ちで一杯だったが、何とか耐えた。だが、俺個人としては紗希のことが心配だ。紗希もこんな目に遭っているんじゃないかと思うと気が気でなかった。
俺がそんなことを考えていると脛に痛みが走った。
「おい、早く帰れよ。犯罪者の息子が!」
そろそろ鬱陶しいな。魔法とか使えたら間違いなくぶっ放してるな。魔法か……またゲームやりたいな……皆で。
「聞いてんのかよ!キモオタ野郎!」
紗希に何かあったら本当に俺も犯罪者になりかねない。激昂して何をするか俺にも想像がつかない。
「おい!」
俺はいきなり胸ぐらを掴まれた。
「……何だよ」
「俺はお前のそういう所が前から嫌いなんだよ!」
何だこいつ……!まさか……自分語りを始めるつもりなのか……!
「何でお前みたいなやつが呉宮さんと仲良くしてんだよ!」
「何だ?嫉妬かよ。鬱陶しいからそういうのやめてくれないか?」
俺の胸ぐらを掴んでいるコイツの右手が震えだした。うずいているのかと一瞬俺は考えてしまった。馬鹿だな。
「何なんだよ、お前!」
そう言うやいなや空いている左の拳で俺の顔面を殴ってきた。俺は勢いそのままに後ろに吹っ飛んだ。
そして、顔を上げると続けざまにもう一発殴ろうと振りかぶっているのが見えた。しかし、その拳は俺に届くことはなく、目の前で止まっていた。何故だろうと思っていると声が向こうの扉から聞こえてきた。
「一体これは何の騒ぎですか?」
「せ、先生!これは……!」
そう、担任の先生が来ていたのだ。発された言葉には怒りが含まれているように聞こえた。このクラスでは“皆仲良く”というのがモットーだ。だから、喧嘩しているこの状況そのものに対して怒っているのだろう。
「言い訳は聞きたくありません。二人ともすぐに職員室へ来なさい!」
先生がそう言うので、俺は立ち上がって職員室に向かおうとした。俺を殴ろうとしていたコイツも同じ様子だった。しかし、取り巻きたちは黙っていなかった。
「先生、○○は悪くありません!悪いのは薪苗だけです!」
「そうよ!あいつが先に手を出したから!○○は反撃しただけよ!これは正当防衛よ!」
こいつら……!俺を陥れるつもりか!どこまでも醜い奴らだな。
先生は何も言わずにコイツの方へと歩いていく。俺は思った。先生も”そっち”側なのか……と。しかし、そうではない事が次の一言で証明された。
「本当に薪苗君から先に手を出したのですか?どうもそういう風には先生は思えないんだけど」
取り巻きたちが何か言おうとしていた。しかし、それよりも先にコイツが一言。
「……いえ、俺が一方的にやりました」
取り巻きたちは言葉を失っていた。
「薪苗君。それは本当なんですね?」
「はい、その通りです」
先生は俺の顔を見て、納得したように頷いていた。そして、先生は俺の座席の状態を見て、わなわなと震えていた。
「こんなことをしたのは誰ですか!」
先生が怒りの声を上げると、取り巻きたちがざわついた。先生はその様子を見て悟ったのか、こう言った。
「やはり、薪苗君だけ保健室まで来てください」
……ん?保健室?
「薪苗君、荷物を持って私に付いて来てください」
「……分かりました」
とりあえず、先生に言われた通り荷物を持って教室を出た。
「皆さんは私が戻ってくるまで自習をしていてください」
そう言って、先生はドアを閉めて歩き出した。
そして、階段を下りて、保健室に到着した。教室に入ると先生が保健室の先生に事情を話してくれた。その後、俺は顔のところに大きい絆創膏を貼られた。そして、今朝の出来事について質問攻めにされた。
「……そうですか。分かりました。今日のところはここで待機していてください」
一通りの話が終わってこう言われた。俺はそのまま保健室で放課後までの時間を過ごした。そして、何もないままにチャイムが鳴り、一日の授業が終わりを告げた。俺はそれと同時に紗希のいる教室へと向かった。
教室に着き、入り口の辺りで待っていると紗希が出てきた。
「兄さん、お待たせ!一緒に帰ろう……ってどうしたの!?またケガ!?」
俺の顔を見て紗希が驚きの声を上げた。
「ああ。クラスの奴に絡まれてな。そんな事より紗希は大丈夫か?何も変なこととかされてないか?」
「うん。ボクは大丈夫だったよ」
俺はそれを聞いて、安堵の息を漏らした。俺が突っ立ったままでいると紗希に話しかけられた。
「兄さん、帰らないの?」
「勿論、帰るに決まっているだろ」
そう言って、昇降口へと歩き出す。そして、すぐ後ろに紗希が付いて来ている。
「あれ?犯罪者の息子じゃないか?まだ帰ってなかったのか?」
ムカつく奴らの声が聞こえる。何も言わず、通り過ぎようとすると今度はさすがに堪忍袋の緒が切れるような言葉が耳に入ってきた。
「あ、犯罪者の娘もいたのか。気付かなかったな。」
今何て言いやがった……?犯罪者の娘……?紗希に対する侮辱だけは許せん……!
怒りに震えていると右手に暖かい感触が伝わって来た。右の方を見ると紗希がいた。
「兄さん、落ち着いて。ボクは大丈夫だから……早く家に帰ろう?」
紗希の目が潤んでいた。声もかすかに震えている。大丈夫とは言っているが、本当は大丈夫じゃないのだろう。
「……そうだな。早く帰ろうか」
冷静になって考えよう。俺はそれができる男だ!……たぶん。
その日はそのまま帰った。道中、紗希も辛かったのか一言も話さなかった。
家の周りには依然としてマス〇ミがたむろしていた。何とかその隙間を縫って入ろうとしたが、無理だった。囲まれて写真は撮られるはマイクを向けられるはで大変だった。
「ハア……何で家に入るだけでこんなにも疲れるんだ」
「そ、そうだね……」
外の現状に対して愚痴を言っていると母さんがやってきた。
「あら、二人ともお帰りなさい。紗希、少し前に電話がかかってきましたよ」
こんな時に電話かけてくる奴がいるのか……。
「うん、ただいま。電話?誰からかかってきたの?」
「茉由ちゃんよ」
「何て言ってたの?茉由ちゃん」
「私が『紗希の母です』って言ったらまたかけ直すって言ってましたよ?」
「それじゃあ、リビングで待ってようかな。かけたのは病院の公衆電話からかけたんだろうから」
母との会話のキャッチボールを終えた紗希はそう言ってリビングに入っていった。
「母さん、俺は部屋で横になってくる」
「それは構いませんけど……その顔の絆創膏はどうしたのですか?」
階段を上がろうとしていた俺の顔を見て母さんは心配そうに尋ねてきた。
「ああ、これか。クラスの奴にやられたんだ」
「痛くはないの?」
「全然痛くないって。ほら!」
俺は自分の顔をひっぱたいた。
「それならいいのですけど……」
母さんはリビングの方へと歩いて行った。そして、俺は階段を上がっているとき頬をさすりながらこう思った。
痛ってえ……やっぱり自分の頬をひっぱたかなければ良かったな……と。
部屋に戻ってから2時間くらい経った頃。紗希が部屋にやって来た。
「兄さん!明日の10時に茉由ちゃんが退院できるんだって!」
「それなら明日学校で会えるじゃないか。良かったな、紗希!」
よほど嬉しかったのか、紗希の表情はいつも以上に明るい。
「でも、神社に行くって言ってて……」
「神社?それまた急な話だな」
まさか遺跡に行く……とかじゃないよな……?
「退院してすぐに行くって言ってたのか?」
「うん、そんな感じのこと言ってたよ」
退院してすぐにわざわざ病院からも遠い神社に行く理由があるのだろうか?もしくは遺跡に行くつもりなのか?……いや、そもそも場所を知らないか。とにかく茉由ちゃんの話を聞いてみた方が良いかもしれない。
「明日は学校休むことにした」
「えっ!?きゅ、急にどうしたの?」
そんな驚くほどの事か……?
「休むといっても家でずっとゴロゴロするわけじゃないからな?」
俺がそう言うと、紗希がピタッと動きを止めた。
「最近、兄さんがやたらと外出するけど……」
俺が外出することに何か言いたいことがあるのか?だとしたら、何だろう?さっぱり分からん。
「そのせいでこんな事件が立て続けに起こってるんじゃない!?」
「ひどい!」
それじゃあ、俺の外出頻度が増えたせいで事件がこんなに起こってるみたいじゃないか!もし本当にそうなのだとしたら、俺が疫病神みたいに不幸を呼び寄せてるみたいじゃないか!
「紗希、俺が明日学校を休むのは茉由ちゃんの話を聞くためだ。もし、遺跡に行くのなら止めた方が良いからな」
「そうなの?でも、あの遺跡ってそこまで危険なの?」
あの事、紗希に話した方がいいか……。
「紗希……」
俺はあの遺跡で起こった奇妙なことを紗希に話した。
「遺跡の周りだけ天気が違う……?」
「そうだ。昨日、神社に行ったときに遺跡の周りだけ雨が降っていた。神社の周りは快晴だったのにだ」
何を考えているのか、紗希は腕を組んでうなっていた。
「どうした?紗希」
「でも、前に兄さんや守能先輩と行ったときはそんなことは無かったよね?」
言われてみれば、そうだ。確かにそんなことはなかった。一体どういうことだ?
「とりあえず明日、茉由ちゃんとあの遺跡で合流しよう」
「そ、そうだね。その方が良いかもしれないね」
茉由ちゃんが退院してすぐ遺跡に来るのだとしたら、それより前に遺跡へ行かなければならない。それより考えないといけないのは、家の前にいる人々だ。ここは安直だが、明け方に家を出ることにしよう。
「紗希、明日は日が昇る前、5時前に家を出ようと思う」
「それが良いと思う。皆眠っている頃だろうし」
よし、決まりだ。俺はそう思って布団に入って寝ようとすると、紗希が言葉を付け足した。
「あと、お母さんにメモ書いておくね。勝手に出かけたら、お母さんも心配するだろうから」
確かに。急に俺と紗希がいなくなると、母さんも心配するな……。そこまで考えが回らなかった。さすが紗希。
「それじゃあ、頼む」
「うん。それじゃあ、おやすみなさい」
紗希が部屋を出て行ったあと、部屋は静けさを取り戻した。そして、俺は静寂に包まれるように眠りについた。
ーーーーーーーーーー
「ふわあああ……」
1人の若い男が大きなあくびをした。それを隣の男、昨日ドアを無理やり押さえていた男だ。その男がたしなめる。
「何だよ。眠いのか?俺はここんところ寝不足なんだ。少しは抑えてくれ」
「すみません……」
ここは薪苗家の前。この二人以外にも人がいる。7人ほどだ。薪苗宗正の逮捕からずっとここに張り付いている取材班だ。
もう日が暮れて随分と経つ。すでに家の電気も消えている。
あまりに動きがないため、皆眠そうである。
そんなところへ黒い外套のようなものを羽織った男が歩いてくる。街灯がなければ接近に気が付かないほどに闇に溶け込んでいた。
一番その男の近くにいた小太りの男が声をかける。
「おい、あんた。こんな時間にどうしたんだ?」
「………」
その男は何も答えない。そして、次の瞬間には小太りの男が地面に倒れこんだ。近くにいた若い男女が倒れこんだ男の顔を覗き込む。そして、顔色を変え、その真っ黒な男から遠ざかるように背を向けて逃げ出した。しかし、その二人もまた地面に倒れこんだ。他の4人もようやく事態を理解し、逃げ出そうとしたが、間に合わなかった。
「めんどくさいことにはなったが、これでいい。魔王様もお許しくださるだろう」
男は一人、そう呟いた。男が影の中に消えた後に残されていたのは、7つの死体。それらはみな一様に青くなった肌に苦しみに歪んだ表情をしていた。
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