日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~

ヌマサン

第10話 異人からの警告

「……君!!…苗君!!薪苗君!!」

……呼ばれているのに体が動かない。それでも俺は何とかして動こうと体に力を入れる。

「……っ!」

全身をズキズキと痛みが走り抜ける。これ、ラノベとかなら転生するパターンだよな……。しかし、俺はまだ死んだわけじゃない。それに転生なんかファンタジーだ。現実的に考えれば、あり得るはずがない。そして、さっきから右手を包むような温もりを感じる。

少し痛むのをこらえて目を開ける。しかし、視界がぼやけていて鮮明には見えない。でも、俺の名前を呼ぶ人かのじょが誰なのかは分かる。

「呉……宮……さん……?」

俺はその人かのじょの名前をかすれた声で呼んだ。

「薪苗君!?まだ生きてたんだね!!良かった!!」

「……っ!!」

呉宮さんが力一杯抱きついてくる。嬉しいのだが、そんなに力強く抱きつかれると……痛い。

右腕から暖かく程よい弾力とズキズキとした痛みが同時に這い上がって来る。俺は何とかして体を起こそうとしたが……無理だった。

「薪苗君、まだ起き上がったらダメだからね」

俺は黙って頷く。

……ダメだ。話すことが出来ない。

何故だか声が出しにくい。いつものように話せないのがもどかしい。

そうこうしているうちに救急隊の人がやってきた。

「一、二、三!」

救急隊の人達の掛け声で俺はストレッチャーに乗せられた。

……病院に行くのか。

そう思ってすぐのこと。俺は疲労に意識を持っていかれてしまった。

――――――――――

あれからどのくらいの時間がたったのだろうか。

俺がふと目を開けてみると、白い天井が見えた。窓のほうへ目線を遣やると外はまだ明るい。空が赤く染まっている。

そして、俺から見て右にある窓のところには紗希が立っていた。

「あっ!兄さん!目が覚めたんだね!」

俺の視線に気がついたのか、紗希がそう言って、こちらへと振り返る。

「……ああ」

あれ?声が出せる。あの時は全然出なかったのに。……ま、いっか。

「紗希、今何時か分かるか?」

「たぶん7時半くらいだと思うけど」

「……そうか」

大体、事故に遭ってから1時間くらいだろうか。

「そうだ、紗希。いつの間に来てたんだ?」

「6時過ぎだよ。守能先輩と弥城先輩と武淵先輩も一緒に。兄さんがトラックに跳ねられたって呉宮先輩から電話で聞いて大慌てで駆け付けたんだから」

「それは……心配かけたな」

「ホントに心臓止まるかと思ったよ。でも……」

そして、紗希は一拍、間を開けてこう言った。「兄さんが生きてて良かった」と。

おそらく、これは紗希の偽りのない本心だろう。俺は茉由ちゃんがいなくなって不安になっている妹にさらなる不安を与えたんだ。そう思うと目から涙が溢れてきた。

「えっ!?兄さん!?何で泣いてるの!?」

「……すまん。ホントにすまん」

「何で兄さんが謝るの?」

「いや、何か……」

……言葉が出てこない。のどの奥に引っかかって出てこない。それ以上、俺は何も言うことが出来なかった。

そんな俺の頭の上に紗希は手を置いて、ぽん、ぽん、と優しく叩いてくれた。紗希にそうされているうちに何だか落ち着いてきた。

「兄さん。朝話せなかった昨日のお風呂のことなんだけど」

突然、紗希が話を切り出した。

「ボク、怖かったんだ。いきなり茉由ちゃんがいなくなっちゃって」

「それで風呂に突入してきたのか……」

……でも、紗希の気持ちも分かる。確かに怖いよな。俺だって怖い。普段はそれを悟られないように振舞っている……つもりだ。

「……あれ?薪苗……君……?」

左の方。窓があるのとは反対側。一人の少女が起き上がった。

「……呉宮さん」

呉宮さんは椅子に座り、俺の寝ているベッドに突っ伏して眠っていたみたいだ。静かだったから全然気が付かなかった……。

「呉宮先輩、どうしても兄さんと話したいことがあるんだってさ♪」

さっきまでのしんみりした表情は何処へやら紗希は満面の笑みであった。

「ちょっと紗希ちゃん!」

「じゃ、あとは若い二人でごゆっくり~」

呉宮さんが呼び止めるも、紗希は走って病室を飛び出して行った。……たぶん逃げたな。

それよりもその時の手をわちゃわちゃと振り回しながら慌てた様子の呉宮さん。……可愛かった。

「呉宮さん、俺に話したいことって何?」

「あ、うん。そのことなんだけど……」

呉宮さんは何やら言葉に詰まったように固まっている。俺は焦らずに呉宮さんが話し出すのを待った。

「えっと、気になることが2つあって……」

「……気になること?」

……それも2つも?

「まず一つ目……と行きたいところなんだけど、その前に言い忘れたことがあって……」

……言い忘れていたこと?何だろう?

「……助けてくれてありがとね。お礼、まだ言えてなかったから」

「ああ、俺の意思でやったことだから気にしないでくれ。こっちこそ、突飛ばしたりしてごめん。ケガとかしなかった?」

「えっと、手とか擦り剝いちゃったけど、大丈夫だよ」

そう言って呉宮さんは笑顔を見せてくれた。でも、呉宮さんは人に気を使いやすいから、呉宮さんの大丈夫は大丈夫じゃないのだ。

俺はパシッと呉宮さんの一の腕を掴んだ。左右の手に包帯が巻かれていた。どうやら軽傷のようだ。呉宮さんが無事で何よりだった。ホントに。

「薪苗君……近い……!」

「わ!ご、ごめん!」

俺は慌てて顔を上げて呉宮さんの表情をうかがった。

呉宮さんを見てみると、両手で口元を覆っていた。

「……く、呉宮さん……?」

「ううん、何でもないよ」

「そ、そっか」

俺はホッとした。しかし、俺は次の言葉で思考が停止してしまった。

「……ちょっとドキッとしただけだから」

えっと……呉宮さん、それってどうゆう……?

「あ、ごめん。話が逸それちゃったね。それで1つ目の気になることなんだけど……」

話が本筋に戻されてしまった。いや、本来こうなるべきだよな。

「薪苗君のケガ、トラックにねられたとは思えないぐらい軽傷だよね」

「……確かにそうだよな。すごく今更だけど、あの事故って本来死んでてもおかしくなかった……」

「これ全部紗希ちゃんから聞いたんだけど、お医者さんに聞いたんだけど、普通の交通事故とかだと退院までに80日はかかるんだって。でも、薪苗君は明後日に退院だって」

……ってその話、俺、今知ったんだが。

「えっと、話を戻すね。気になることの一つ目が、薪苗君のケガが軽くて、退院が早いことで、二つ目が……」

「二つ目が……?」

俺はゴクリと唾を飲んだ。なんだろう。すごく緊張する。

「薪苗君を撥ねたトラックの事なんだけど……」

何か言いにくいことなのだろうか。呉宮さんは突然黙り込んでしまった。

「……そのトラックがどうかしたの?」

「えっとね……警察の人たちが言ってたのがたまたま聞こえたんだけど……」

「何を言ってたの?」

「薪苗君を撥ねたところに、その……」

うう……一体どこまで引っ張るつもりなんだ……!気になって気になって仕方がない!

「魚の……う、鱗みたいな型がついてたんだって!」

「鱗みたいな型……?」

……まさか、警察は俺が魚だとでも言いたいのだろうか?

「……薪苗君、何か心当たりとかってありそう?」

心当たり……か。魚……第一あそこは道路だ。別に近くに池があったり、川が流れているわけではない。

じゃあ、鱗に関することで何かあるだろうか……?

俺はここ最近あったことを思い出していると脳裏にふと、あの夢のことが浮かんだ。そう、三日前。先週の金曜日にみた夢の事だ。あの夢に出てきた竜には鱗があった。しかし、今回のことに関係があるとは到底思えない。

「どうかな?心当たりとかありそう?」

黙り込んで一人考え込んでいる俺を見かねたのか、呉宮さんが声をかけてくれた。俺はあの夢のことを話そうかどうか迷った。もしかすると、笑われるんじゃないか。呆れられるんじゃないか。俺はそう考えたが、やはり話してみることにした。

「呉宮さん……笑わないで聞いてほしいんだけど……」

俺は呉宮さんに夢のことを話した。笑われたり、呆れられたりする覚悟をしていたのだが、その覚悟は無駄に終わった。

「その夢、何だかアニメとか漫画でありそうな話だよね」

「……だな」

どうやら信じてくれたようだ。てっきり笑われると思っていたからその事は意外だった。

「……でも、今回の事には関係なさそうだよね」

「……やっぱりそうだよな」

数秒間の沈黙。そして、俺より先に話しだしたのは呉宮さんだった。

「そ、それじゃあ、私もう帰るね。これ以上長居するのも邪魔になると思うし」

「あ、ああ。呉宮さん、今日はありがとう」

ホントは引き止めたかった。でも、呉宮さんも家に帰らないと親御さんが心配するだろうから、引き止めることはできなかった。

「ううん、私の方こそ助けてくれてありがとね。薪苗君もゆっくり休んで」

「勿論。外暗いし気をつけて」

「心配してくれてありがと。それじゃ」

「それじゃあ、また」

呉宮さんは帰っていった。俺には呉宮さんが無事に帰れるように祈ることしかできなかった。

それから数分して、両手にペットボトルのお茶を持って紗希が帰ってきた。

「兄さん!呉宮先輩!今戻ったよ……ってあれ、呉宮先輩は?」

「呉宮さんなら今帰ったよ」

俺がそう言うと紗希は固まっていた。

「どうした、紗希?」

「兄さん……せっかく病室に呉宮先輩と二人っきりだったのに何もなかったの?」

「それって……つまり?」

俺は合間に水を飲んだ。

「兄さん、呉宮先輩の事好きなのに何もなかったの?」

「ゲホッ!」

「好き」の所で思わず俺は飲んでいた水でむせてしまった。

「さ、紗希……何を根拠にそんなことを……?」

紗希はため息をついてこう言った。

「兄さんが分かりやす過ぎるだけなんだけど……」

……俺ってそんなに分かりやすいんだろうか?

「……どう分かりやすかったんだ?」

「兄さん、呉宮先輩と話す時だけ嬉しさとと緊張が同居したような顔してるから。それって意識してるってことでしょ?」

自分でも全然気づかなかったな。

「いや、もし仮にそうだとしても苦手意識の方は疑わなかったのか?」

「そうだったらあんなに楽しそうに話したりしてないでしょ」

「そんなに楽しそうに話してるのか?俺は」

「うん、いつもと全然違う。」

……一瞬ホントなのか気になったが、紗希が言うのならそうなんだろうと思う。

「確かに呉宮さんは可愛いし、こんな地味なフツーの高校生である俺とも気軽に話しかけてくれる、いい幼馴染だ。でも、俺が呉宮さんの事を好きなのだとしても呉宮さんからすれば迷惑だろ」

「……兄さんの鈍感ラノベ主人公」

最近、紗希の俺への扱いが何だか雑になってきた気がする……。

「兄さん、ボクもそろそろ帰るね。面会時間も過ぎちゃうし」

紗希が突然立ち上がって言った。

「もうそんな時間か。紗希、今日はありがとな」

「うん、別にそんな大したことはしてないよ。兄さん、ちゃんと安静にしててね」

「勿論だ。そもそも普段からあまり動いてないだろう?」

俺が笑いながらそう言うと、紗希も笑顔を返して帰っていった。紗希のことだ。帰ってから剣術の稽古でもするのだろう。

俺は特にする事も無かったから、再び寝ることにした。

―――――――――――

眠ってからどのくらい経ったのだろうか。俺はふと目が覚めた。病室内はすでに消灯されており、真っ暗だ。明かりといえば、窓から差し込む月明かりのみだ。

「その黒と金が混じった髪の色……なるほど、君が薪苗直哉か」

静かな病室に響く声。しかし、姿が見えない。確かに声は聞こえているのに。そもそも面会時間などすぎているはず……。心霊現象にしてもたちが悪い。

様々な思考が頭の中を巡る。しかし、どれも結論には至らない。

「だ、誰かいるのか?いるんだったら、姿を見せろ」

暗いうえに姿が見えない。怖いことこの上ない。しかも、返事がない。

「俺の名前を知っているようだが、一体誰なんだ?」

「ああ、自己紹介がまだだったか。私はユメシュ。魔王様配下の八眷属が一人にして闇のエレメントを司るものだ。よく覚えておくと良い」

「……プッ!」

ダメだ。笑いが抑えられない。このユメシュという人?は俺を笑い死にさせるつもりなのだろうか。

「おのれ……笑うとは!一体何がおかしいというのだ!」

俺は何度も深呼吸をして、呼吸を整えた。

「いや、すまん。あんたの自己紹介が中二病的過ぎて……プッ!」

……思い出すだけでも笑いが止まらない。このままでは笑い死にしてしまう!

「貴様!また笑うか!」

笑われた方は烈火の如く怒っていた。

「さっきの自己紹介で笑わない方が無理だろ……!」

「全く無礼な奴だ。だが、その話は置いておくとしよう」

何だか今までと雰囲気が変わったな。

「そういえば、君たちは『呉宮茉由』という少女を探していたな」

……まるで俺たちを監視していたような言い草だな。

「俺たちの事、知っていたのか?」

「ああ。私自身、お前たちを神社で何度か見かけている。それに、あの遺跡のことも知られてしまったし……ね」

……なるほどな。あの遺跡での視線の主はこのユメシュとかいう者だったのだろう。まあ、これはあくまで推測だから断定はできないが。

「それで、魔王の……眷属の……方が何の用でこんな所に?」

……笑いを堪えるのがこんなにも大変だったとは思わなかった。

「つくづく舐めた態度をとるやつだな……!お前は」

「それはどうも」

「褒めているわけではない!」

……あれだな、よくいる冷静な仮面被ってそう装よそおっているだけで割と安い挑発に乗っちゃう奴。

「もう一度聞き直す。こんなところに何のようだ?」

それを聞いたユメシュはコホンと一つ咳払いをした。そして、こう言った。

「警告に来たのだよ。薪苗直哉」

……警告?何のことだ?それに茉由ちゃんと何の関係があるんだ?

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