氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

60.綱渡り

「今回のターゲットはこの屋敷の主、ヴァルフォ・ジニーチャよ。ルイ、あなたなら単独で討伐できるわ。ベルが潜入捜査を行ってわ。はい、これが報告書よ。」

アリスから手渡された報告書をルイは受け取る。

「行ってくる。」
「行ってらっしゃい、ルイ。」

手を振るアリスにルイは微笑む。

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エレミヤは今、目の前に起こっていることが理解できなかった。

「これ…は…。」

ここはとある大屋敷。
エレミヤは一人で冒険者の依頼でこの屋敷に毎晩現れる侵入者を捕まえるためにここに来た。

「ヴァルフォ・ジニーチャ…か……。」

この国で有名な資産家である。
ランクがFになっていたエレミヤは小遣い稼ぎのためにこの依頼を受けたのだ。

そしてなぜか誰もいない家に仕方なく無断で入ったエレミヤ。
そこに入った瞬間、薄っすらと鉄の匂いがしたエレミヤは血相を変え、走り出す。
そのとある一室でエレミヤはあるものを見た。

簡単に言うと血祭り状態。
エレミヤの目の前には一人の男。
その男は目以外すべてを隠していてその目は理性を輝かせている。
男の足元にはこの屋敷の主と思われる男の死体と隅でスウスウと息を立てている赤子。そして泣いているヴァルフォの妻と思わしき美しい女性とメイドと思わしき女性達。

エレミヤはアーシリア達を出さずに短刀を腰から抜いた。

「…お前が殺したのか。」

エレミヤが低い声で聞いた。
男は何も話さずに当然のように頷いた。

エレミヤは短刀をゆったりと構える。

「なぜ。」

エレミヤが問うと男は口を開いた。

「この男は民から金を巻き上げていたからだ。」

若い男の声だった。
エレミヤと同じくらいか。

エレミヤはその男の言葉に目を細める。

「…本当か?」

男は顔の表情を動かさずにコクリと頷く。

すると、男は

「俺は嘘をつかない。」

と言い放つ。

(ふぅん…そこまで言うなら試そうか。)

エレミヤはじっと男を見る。
構えた短刀が揺れた。

そしてエレミヤの姿が消えた。

「くっ…!」

男は薄っすらと見えた攻撃を慌てて手に持っていた小型ナイフで受け止める。

エレミヤは男を後ろに弾き飛ばす。

(ほう。芯はブレず、雑念も感じられない……。ふぅぅん…。)

エレミヤは口元に笑みを浮かべる。

「…分かりました。あなたは嘘をついていません。」

すぐさま起き上がる男。
そんな男にエレミヤが敬語で言う。

エレミヤはたくさんの異能力者と戦ってきた。
中にはエレミヤの異名が世界に広がった後に嘘をついてエレミヤを騙し討ちにしようとした奴も沢山居た。

エレミヤはその経験が豊富なので戦闘でそれが嘘か真か確かめることができるようになったのだ。
しかし、それは戦闘上級者に限る。

男はエレミヤの急な言葉に驚いた様子だ。
エレミヤは微笑む。

「よろしければあなたの名前を教えてくれません?僕はエレミヤです。姓はありません。」

男は警戒する。
手を差し出すエレミヤ。

「何が目的だ?」

エレミヤは肩をすくめた。

「別に。僕らは旅人なんです。トゥーリスの王子の親友なのですけど、あなたに彼の護衛をお願いしたいのですよ。僕、どうも心配性なもので。」

照れたように言うエレミヤに男は更に警戒心を強める。
エレミヤは続ける。

「こっそりと護衛についてほしいのであなたみたいに気配を消すのに適した方にお願いしたくって。」

そしてエレミヤは短刀を腰の鞘に収める。

そして生きている人々の元へ向かった。

女子供は生かされているらしいが社会的に死ぬであろう。

すると、女性がエレミヤの袖を掴んだ。

「お願いです!この子だけでも…見逃してください!たとえ生きられたとしても、酷い暮らしをされられるかもしれない…それが嫌なんてす…!」

と嘆願する。

エレミヤはその女性の肩に手を置いた。

「良いでしょう。」

キッパリとそう言うとエレミヤは赤ん坊を抱き上げた。

そしてエレミヤは微笑みながらルイの手に紙を押し付ける。

エレミヤは男を一瞥する。

「じゃ。いい返事待ってます。」

男…ルイは俯いた。

(あの男…限界まで鍛えた俺の動体視力を軽々と超えるだと…?しかも…全力ではなかった。)

ルイはパタン、と閉まったドアを見た。

(姓…が無い。俺と…同じだ…。)

そしてエレミヤがドアを開けた瞬間にスカーフの隙間から見えた首元にキラリと反射した光を思い出した。

(あの輝きは…白金。防具か…それとも…罪人の首輪。後者であったら俺と同じだ。しかし…トゥーリスはそういうことをしない事で有名なのだが…。)

ルイは傷跡のある首を擦った。

ルイがなぜ裏の社会で働き始めたのか。
それは彼が犯罪者であったから。
人殺しはしなかったが、物をたくさん盗った。

ルイはスラム街の少年だった。
この国では金持ちと貧乏の待遇の差が大きい。
なのでスラム出身であるルイは最悪の罪人につけられる首輪をつけられたのだ。
そして上司であるアリスに助けられた。

この首輪制度はすべての国が導入している。

しかし、それぞれ使われている金属が違う。

アースレッドは銅。
今は亡きログラーツは鉄。
そしてトゥーリスは白金。

これはエレミヤ達も知らない知識である。

そしてルイは手元を見る。

「返答は今日の6時に。風水広場にて。 エレミヤ・ロ」

エレミヤ・ロで終わっているのが気になる。
元の名字であろうか。
思わず書いてしまったのか。
ならば罪人の首輪をつけ始めたのはつい最近ということになる。

ルイは思わずフッと笑う。

そして後ろを振り向く。

「お前ら選ぶといい。我々の組織に与し、通常通りの生活を送るか、お前らがいう「酷い生活」を送るか。」

彼女たちはお互いに視線を交わし合い、ヴァルフォの妻は胸の前で手を組み、口を開く。

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「ふぅ…。」

エレミヤは息を吐く。
そしてスカーフを口元まで引き上げる。

そして空を見上げる。

まだ朝。

(…あの男…暗殺者なのに優しい目をしていた…。)

エレミヤはスカーフで見えない唇をきゅっと引き上げた。

「多分、気づいていただろうな。僕が…飼い犬ということを。」

誰にも聞こえないふうに呟く。

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その夕方。
冒険者ギルドに「ヴァルフォは暗殺者に殺された」と報告をすると、ギルドの中は慌ただしくなった。

エレミヤは何時間も一通り時々嘘を交えて報告を終えると、赤子を抱いて風水広場に向かった。

そこにはすでにあの男がいた。
口元を隠していた布が無いほかはすべて格好は同じだ。

男はエレミヤに気づくと近寄ってきた。

「朝方ぶりだな。」

エレミヤは笑う。

「あぁ。」

エレミヤの隣には事情を知っているアーシリアとダリアがいる。

「真っ黒なお兄ちゃんだー。」

アーシリアが男を物珍しそうに見る。

エレミヤより青みがかった白い髪のダリアは赤子を抱きたいと強請っていた。

「ダ…ミスト、抱っこしたいです!」
「落とさないようにね。」
「分かってます。」

ダリアは赤子を恐る恐る抱く。

赤子は目をぱちくりとさせたが、すぐにニコーっと笑う。
ダリアの顔に歓喜の表情が広がる。

「可愛いです…!」

エレミヤの顔が綻び、男も思わず笑みを浮かべている。
アーシリアは男に駆け寄ると、可愛らしく手を差し出す。

「グラムっていうの!ラムって呼んで!」

男はぎこち無くグラムの手を優しく握った。
子供の扱いに慣れていないらしい。

「…ルイだ。」

男が初めて声を発した。

するとグラムは嬉しそうに頷いた。

「エレミヤは、ラムと、あそこで赤ちゃん抱っこしてるミストルティンのパパなの!」

それを聞いた男は目を見開いた。

「あんなに若いのにもう子供を設けていたのか?!」
「まっ…違う!養子、養子なの!」

エレミヤは必死に訴える。
すると男は落ち着いたようだ。

「そ…そうだよな…。お、驚いた…。」

そしてエレミヤはダリアが抱いている赤ん坊の茶色の髪の毛を優しくかきあげる。

そしてエレミヤは薄く笑うと口元を覆っていたスカーフを少し下げる。

「3人とも、来て。」

そしてアーシリアとダリアが嬉しそうにエレミヤを追いかける。
ルイはその少し後ろをついてくる。

そしてエレミヤ達は細い路地に入る。
ルイもその後を追う。

「で、返事を聞かせてくれるね?」

エレミヤはそう聞いた。
ルイはフッと笑った。

「分かった。しかし一つ聞いていいか?」

エレミヤは微笑を崩さず

「どうぞ。」

ルイは笑う。

「お前、普通の人間じゃないだろ?」

エレミヤはそれに笑い返す。

「えぇ。僕は亡国の王子であり、シノハナの隊員であり、罪人でもあります。」

ルイはそれに更に笑う。

「俺に付け入るためにそんな危険なことを口にするんだな。そんなに自分を雇い、陥れた王子に肩入れするか。」

エレミヤは意外そうに目を瞬かせる。

「いえ。彼は…ジュレークはそんなことしてませんよ。僕が罪人になったのは祖父を助けるため、自らなったので。父と母はずっと前から計画していた戦争を阻止しようとしたからなのか、監獄に入れられていたみたいなので罪には咎められず、トゥーリスで普通の人として暮らしています。父と母が共犯でしたら僕はどうしようもできませんでしたが。」

すらすらとそんなことを述べるエレミヤ。
ルイはそれに呆れた。

「良くもそんなことをスラスラと…自分の趣味を語るように言えるな…。」

エレミヤは笑う。

「だって、バラック…ジュレークが、大好きですから。危険な綱渡りでもなんでもしますよ。」

エレミヤは肩をすくめながらキッパリと言った。


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