氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

47.氷花の鬼神(6)〜戦争の終焉と物語の始まり〜

「ふざけんな貴様ぁ!」

怒りに満ちた声とは裏腹に狂人のようにニヤニヤと笑っているゴース。

「負けだぁ?誰がそんなこと決めた?神さんか?お前の独断での結論なら俺がそんなもん物理的に吹き飛ばしてやらァ!」

腰を沈め、拳を握りしめるゴース。
そんな彼にエレミヤは笑う。

「あなたの異能力の系統は僕の師匠と同じものなんですよ。なので炎の異能力には深入れしてしまいまして。なので、あなたなんかと契約している炎龍が可愛そうでなりません。」

挑発的な言葉を口にするエレミヤ。

ちなみに龍は魔獣の中での最上位種族だ。
なので、龍ではない魔獣も当然居るには居るが、その力の差は目に見えている。

なので、ジリアスの炎蛇の最上位魔獣が炎龍となる。
ちなみに氷を使う氷蓮は水龍のいわば遺伝子変異が起きたので、絶対にいないとは言えないが、氷を操る魔獣は氷蓮しかいない可能性が高い。

「貴様ぁ……。」

ゴースは殴りかかってきた。

「だぁぁぁぁっ!」

エレミヤはうっすらと笑いながら受け流している。

「中々威力はありますね。なるほど、そのパワーと異能力との混合だとファナリータさんの岩亀は耐えられないかもしれません。」

エレミヤはそう分析する。
そしてエレミヤはアーシリアを軽く振り、ゴースを牽制する。

「近距離だと僕の勝利は期待薄ですね。」

でも……。

「なんか、面白くなってきましたね。」

エレミヤは双剣を構える。
勝てないと言っておいてその近距離戦を挑むことはエレミヤならば、かつて無いことだ。

確実に勝てる方法で殺る。

それが彼の力の一つであった。

「さて……。」

エレミヤは気合の代わりにそう呟く。
そして足を踏み出そうとする。

ゴースは向かい打つためか、拳を高々と振りかざしている。

しかし、刹那。

エレミヤの体は一瞬、ブレたと思いきや彼の得物アーシリアはゴースの右肩を深々と切り裂いていた。

「な…!」

ゴースは肩から流れる己の血を見て驚きを隠せない。
それに対してゴースの背中側へと着地したエレミヤは。

「う〜ん…。腕ごと斬り落とそうと思ったのですが……。硬いですねぇ。」

エレミヤは頭の名で流れるルティーエスの声援を聞きながらそう呟く。

〔フレ、フレ!エレミヤ!!ファーイトぉー!〕

なんかルティーエス、上機嫌だな…。うるさいし…。

エレミヤは半眼になる。

「ま、いっか。」

エレミヤはルティーエスのことについてそう言ったのだが、もちろんルティーエスの声援など聞こえるはずもないゴースからしては自分との戦いについて言われたのだと勘違いする。

「なめやがってぇ…。このクソガキ……。」

呻くゴース。

「あ、ごめんなさい。」

エレミヤは素直に謝る。
その反応は予想外だったのか、ゴースは目を瞬かせると、こう言った。

「お、おう…。」

そして長い沈黙。
そんな中、ファナリータは思わず笑いが漏れそうになり、必死にこらえる。

(ほーら、また調子崩された。坊やはこれを無意識でするから怖いんだよねぇ…。いっつもこうなんだよね…。)

エレミヤは何か変な雰囲気になったのでキョトンと首を横に倒す。

「あれ?僕、また変なこと言いました?」

エレミヤの言葉に「また」がついているのはこの状況が何度もあったからだ。
しかし、エレミヤにとってはただ謝っただけであっておかしなことを言ったつもりはないのだ。

「くっそ!なんか調子狂う!じゃあ、こっちから行くぜ!」

ゴースが吹っ切れたように叫び、猛然と突進してくる。
その拳には師匠であるジリアスの炎の最高温度を優に越していた。

エレミヤは圧縮した氷の壁を作り、向かい打つ。

「せっ!」

鋭く気合を入れたエレミヤ。

しかし、その目は次の瞬間に大きく見開かれる。
エレミヤの作り出した氷は拳にあたったところだけ溶けていっているのだ。

「くっ…。」

エレミヤは呻いたあと、大きく飛び退った。
その瞬間だった。
炎に包まれた拳が氷を貫通し、

どぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!

隕石が落ちたような音を立て、そこにクレーターが現れた。

凄まじい風速の砂塵が、飛んでくる。
しかし、エレミヤはそれを氷の盾で防ぐ。

「そっか、最硬の岩亀の障壁をものともしなかったんだ、こうなるのは当たり前か。いやぁ、僕って馬鹿だな。」

こう呟きながら。周りのトゥーリスの兵士達はファナリータが障壁で守ってくれたらしい。

『…炎龍の奴、腕上げたなぁ…。』

上空からそんな声が聞こえてきた。
それは翼を羽ばたかせ、こちらを見下ろしている氷蓮の独り言だった。

『炎龍のやつ、我の弟だから。』

氷蓮ははっきりと言った。
エレミヤは目を瞬かせる。

「へぇ…!」

エレミヤはそう呟いたあと、ゴースに(正式には炎龍に、だが)こう言ったのだ。

「ねぇ、炎龍さん。僕のところに来る気はない?」

と。氷蓮は目を見張る。

『でも、エレミヤもルティーエスもそれぞれもう魔獣を宿しているんだ、無理だ!』

しかし、エレミヤは話しかけるのをやめない。

「炎龍さん、あなたにはみぃ…。ミイロに宿ってほしい。ミイロならゴースのように君を荒く使わないし、優しいよ。今はトゥーリスでメハナとジュリバークさんと留守便してるんだ。勇者だからそこそこいい器だよ?」

すると、ゴースの中から赤く、氷蓮よりも一回り小さい龍が出てきた。

『…ほんと?』

その言葉にエレミヤは笑う。

「あぁ!聖弓レジュリアートを使いこなしてるからね。強いぞ!」

その言葉で炎龍は興味を惹かれたようだ。 

『その子、女の子?』
「あぁ!」
『…っ!可愛い?』
「もちろん!僕の幼馴染だからね!」

女性好きと言うことが判明した炎龍。
すると、そこに余計な知識を吹き込む兄龍。

『ミイロはエレミヤの許嫁だからな!』

その瞬間だった。
エレミヤが「余計なことを言うな」と言うように殺気を開放した。

口笛を鳴らし、そっぽ向く氷蓮。
その様子を見て笑っている翡翠。

しかし、エレミヤの殺気をもろに浴びたゴースは龍たちとは違い、体を縮こませた。

(なんだ…。この少年は……。)

ゴースは冷や汗を流しながらそう思った。
しかし、ゴースは逃げるという選択肢は無かった。

エレミヤがゴースを向く。
その目は戦闘を楽しむものでもなく、闘争心を宿したそれではなく。言うなら「暗殺者」のそれに似ていた。

ただ粛々と敵を成敗していく冷たさ。
しかし、その奥に隠れているのは強いものと戦える喜び。

エレミヤが戦闘開始の前に見せた歓喜の色は後者の気持ちが表立ってしまったものだろう。

「なので、ゴースさん。大人しく炎龍さんを渡してもらえませんか?」

丁寧な口調。
大人びた表情。

ゴースはその全てに理由の無い怒りを感じた。

「誰が渡すかよ!」

その言葉に対してのエレミヤの言葉は一言。

「じゃ、殺す。」

エレミヤはそう言いながら周辺に水をばら撒いた。

その水はあまりにも不自然に宙に浮いたまま静止した。

「第2ラウンドです。」

とエレミヤが地球にしかない言葉でゴースに対して宣戦布告をする。

「その喧嘩、買ってやる!」

ゴースは炎龍の炎をその漢らしい体に纏わせた。
エレミヤはその水を弾丸のようなスピードでゴースへ飛ばす。
そして炎と水が接触…するその瞬間だった。

ゴウっ!!!

ゴースの周りにとんでもない威力をもった高温の煙が出現した。

「な…んだ!!」

ゴースが驚きを隠せずに言った。
さらに、高温のためゴースは逃げることのできない鍋の中で蒸される形と同じになった。

「あっちぃ!!」

悶えるゴースに一歩も動いていないエレミヤが落ち着いた声で説明する。

「この現象は水蒸気爆発と言います。高温の熱と水が接触されることで水が気化…つまり、高温な水蒸気になるときに発生する爆発です。まぁ、とても熱い湯気と思ってください。」

エレミヤはアーシリアを消し、ダリアを右に握りかえる。

アーシリアは十分に使った。
ダリアを使わないと後で面倒くさいことになるのだ。

「今、楽にします。」

そう言いながら剣を構えようとしたエレミヤ。
周りは兵士たち同士で戦い合っている。

しかし、その内ログラーツの兵士の何人かがゴースを守るように自分の武器をエレミヤに投げつけた。

「だぁぁ!」
「うおりゃぁぁぉぁっ!!」

エレミヤはいきなりの不意打ちに驚きつつ、ダリアを振るい、それを叩き落とす。
しかし、すぐにその攻撃してきた兵士はトゥーリス軍兵士によって殺された。

エレミヤが着地する。
そんなエレミヤの横をなにかが通ったのを感じた。すると、

「がっ…。」
 
ゴースが短く悲鳴を上げ、バタン、と倒れる音がした。
エレミヤは後ろを勢いよく振り返る。

そこにいたのは。
ふわふわと浮かびながら涙を浮かべ、レジュリアートを握っているミイロだった。

「みぃ…!なんでここに…!」

ミイロは呆然とする兵士たちが見上げる中、エレミヤのもとへ着地、駆け寄るとエレミヤの胸にダイブした。

「まっくんの馬鹿…。」

その後ろにはメハナとジュリバークがいた。

メハナは片手を前に突き出している。
その手のひらからは優しいそよ風が吹き出ており、それでミイロを浮かばせていたのだろう。

「ありがと。ふうちゃん。」

ミイロが呟く。
すると、翡翠が声を上げた。

『風龍…か!』

メハナはうん!と可愛らしく頷き、

「ふうちゃんだよ!」 

と言い、まだ混乱しているエレミヤにミイロが

「あのね、ロンガットさんがめーちゃんに譲ってくれたの。元々ロンガットさんに宿っていたんだけどね…。」

と言った。

戦場に穏やかな風が流れる。

これでトゥーリスとログラーツの戦争の決着はほぼついたと言ってもいい。
切り札であるゴースが殺され、その後はティナがエレミヤたちのところに早々と到着し、少し遅れてラニア、フメイの隊も来た。

そしてその場で炎龍とミイロの契約を成立させ、ミイロは炎龍に「紅蓮」と名付けた。

そんなミイロを含めた圧倒的な数の差、そして戦力の差にログラーツは降参せざるを得なかった。
ログラーツはトゥーリスの領土となり、ログラーツ王含む彼らの家族は奴隷として売払われた。
そして、エレミヤとティナはログラーツに味方したが、当人達が祖父の代わりに「罪人」と言う汚名を着ると進言した。

そしてトゥーリス、ログラーツのエゴから開戦された「トゥーリス、ログラーツ大戦」はトゥーリスの圧倒的な力を世界に見せつけると同時にトゥーリスとログラーツ両国の「失敗」として後世に受け伝えられるのであった。

そこで活躍した「氷花の鬼神」の存在も人々の記憶に根深く定着した。

しかし、氷花の鬼神はそれから表舞台に立つことはなかった。

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戦後まもなく。
トゥーリスの問前にて。
そこには送り出す側のバラック、ギリウス、ロンガットがいて、

「さて、行こうか。皆!」

送り出される側のエレミヤが仲間に呼びかける。
彼の後ろにはミイロ、メハナ、ジュリバークとティナがいた。

彼の冒険譚はまだまだこれからである。

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