氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

30.大闘祭(4)〜命のやり取りとエレミヤの心〜

エレミヤとラニアの二人はお互いにしのぎを削っていた。

気を抜いたほうが負ける。

エレミヤは剣姉妹を巧みに操り、攻撃や防御を繰り返している。
一方でラニアも長槍を閃かせながら戦っている。

エレミヤの頬に汗が流れる。

「くっそ!!!」

エレミヤは叫び、大きく後ろに飛び、一旦下がる。

ラニアはダラダラと汗を流しながらニヤニヤ笑っている。

(やっと…やっとこいつをれる…。)

ラニアは歓喜に溢れていた。

ラニアがエレミヤを敵視し始めたのはエレミヤが7歳のときだった。

エレミヤがシノハナに入ってからたった二年でエレミヤはジリアスには遠く及ばなずとも、シノハナの中で二位、三位を争う実力を持っていた。
その候補者のもう一人がラニアであった。
なんとしてでも隊長になって功績を得たかったラニアは大人しそうなその表情の反面で野望をメラメラとたぎらせていた。

そして、ジリアスが引退を表明してからエレミヤは益々努力を積み重ねていった。
それは師匠に弟子として最後にはいい姿を見せたいというエレミヤの思いからなるものであったが、ラニアにはそう見えなかった。
曰く、
「シノハナ次期隊長の奪還」
であった。

その時は既にジリアスが隊長はラニアと決めていた。
なので、それに根を持ったのだろう、と。

そして、ジリアス引退の際に皆で模擬戦をしたのだ。

勿論、最後に残ったのはエレミヤとラニア。

無から有を生み出すエレミヤの能力と有を強化するラニアの能力では誰から見てもエレミヤの方が有利な戦いになっていた。

次々と新しい氷を生み出し、奇想天外な局面を作り出し、戦闘不可能になる状態まで追い詰めるエレミヤの「必殺」の戦いには誰も、ラニアでさえ対応ができなかった。

どんなに強化しても、ことごとく破れてしまう。

そして遂に、エレミヤはラニアに土をつけた。

そして彼は笑顔で最後にこう言ったのだ。

「いい戦いでした。楽しかったです。」

と。
ラニアにとってはこの試合は自分こそが隊長に相応しいとジリアスに見せつけるための大事な戦いであった。
なのに、エレミヤは汗一つかかないで笑顔でそこに立っていたのだ。

地につく手など無いというようにしっかりと地を踏みしめていた。

「なんで…なんでお前がこの俺を見下せるんだぁぁ!普通逆だろ!俺は…俺はシノハナ隊長なんだ!だから、俺はお前を見下せる権利があるんだぁ!」

エレミヤは慣れてきた二刀流でラニアの凄まじい槍筋を捌きながらその言葉を聞いていた。

「俺は誰よりも努力してきた!一度この右手が血だらけになって使えなくなったときだってあった!なのに…。なのに何で!お前みたいな努力しなくてもいい天才が!俺の上に立ってんだよぉ!」

エレミヤはハッとし、ラニアを凝視した。
ラニアの目尻からは涙が流れている。

その時だった。

またも、体中の血液が支配される感覚に陥った。

しかも、それが…。

(ぎゃ、逆流?!)

エレミヤは驚きに目を見開いた。
フメイを見ると、ギラギラとあちらも目を飢えたライオンの様に光らせていた。

〈父様、かけられた異能力を3秒後に解除します。3…2…1…解除。〉

ダリアの声が聞こえた。
その瞬間、エレミヤの血液が正常に戻った様だ。

エレミヤはフメイを見た。

(二人でどうぞ、なんて言ったけど、やっぱりフメイさんを潰してからのほうが良さそうだな。)

エレミヤはそう考え、アーシリアに合図を送る。

〈アイアイサー!!〉

アーシリアがスキルを発動させる。

〈パパ、時間操作でパパの体感時間を5秒遅めておいた!〉

「サンキュ!」

エレミヤは転生剣の姉に英語で答えた。

そしてエレミヤは走り出す。

(おお!確かに皆の動きが亀並みにのろい!)

そして凄まじいスピードで走ってくるエレミヤに観客席のフメイは驚きに目を見開く。

その瞬間、どん!と首に衝撃が走った。
フメイの意識は途切れた。

❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅

エレミヤは何故か倒れたフメイに驚きに目を見開く。

「なんだ…。」

エレミヤは目を不審げに細めた。
そこには…。

「まっくーん!!!」

と観客席を乗り越え、堂々と走ってくるミイロが居た。

「みぃ?!」

エレミヤは裏返った声で叫ぶ。

ミイロの手には弓が握られており、その矢はフメイの首を貫通したと見える。

「みぃ…。君は…。」

殺したのか、
そう言おうとした。が、ミイロが笑顔で首を横に振る。

「ううん!なんかね、ジュリバークさんが獣人の村に伝わる眠らせる薬…つまり、麻酔をちょっとくれてね、これを矢の先っぽに塗って、あの人の首に掠めたの!」

器用だ。
エレミヤは本気でそう思った。
ほら、とミイロが指を指す先には離れたところに矢が闘技場の床に深々と刺さっている。
その先は確かに濡れていて、少ししか血がついていない。

「でも、結構深く行っちゃったから失血死しちゃうかも。」

エレミヤは顔を青ざめ、フメイのもとに走り出そうとする。

「なぁんて、うーそぴょん!」

ミイロはペロと舌を出し、そう言い放った。
エレミヤはすぐに足を止め、ミイロを恨めそうに見つめる。

「みぃ…。」

絞り出すような声を発するエレミヤに完全に蚊帳の外であるラニアが大声を出す。

「おい、エレミヤ!本当の相手は俺だ!」

エレミヤは忘れてた、というようにポン、と左手に右拳を当てる仕草をし、 

「煩いですねぇ。わかりましたよ。みぃ、下がってて。」
「にゅう…。私も戦いたいのに…。」
「何かあったら呼ぶからさ。それまで待機してて。」
「分かったよ。ラジャー!」

ミイロは観客席に何事もなかったかのように戻り始めた。

「…誰だ、あの美人。」

ラニアがエレミヤに聞いた。
エレミヤはふん、と鼻息を吐いたあと、  

「幼馴染ですよ。ミイロ・オノハラ。」

するとラニアはミイロに唆られたそうな顔をした。

「みぃに手出したらいくらあなたでも殺しますよ。」

そんなラニアに低く、唸るような声で言うエレミヤ。
ラニアはべーと下を出すと

「分かりましたー。お前が俺に勝ったら聞いてあげますよー。」

エレミヤは途端に真剣な表情となる。

「なら、勝つのみだ」
「そう簡単に行くかな?」

エレミヤは片頬で笑う。
蔑むように。

「あれ?今まで僕が手加減してたの、知りませんでした?」
「は?」

エレミヤはその内に秘めた殺気を解き放った。

それは氷の嵐のように激しく、冷たいものであった。

その殺気に当てられたら枯れた氷花の様に凍りつき、動けなくなり、その強さは鬼神の如く…。

これが「氷花の鬼神」の由来である。

「あなたはおっしゃいました。僕がなんの努力もしていないと。」

エレミヤはラニアに語りかける。

「だって、そうだろ!」

エレミヤは首を横に振る。

「僕も、頑張ってきましたよ。ジリアス・ガルゴスという偉大な師匠を持ち、シノハナという名高い組織に加入するのですから。」

エレミヤはじっとラニアを見つめながらそう言った。

「僕はまだまだです。師匠の様に戦えず、またあなたの様に優雅に戦えません。」

ラニアは自分を評したエレミヤを見る。
エレミヤの目は殺気と正反対に波一つない大海のように静かだった。

「だからこそ、僕は力を抑えていました。力を開放してしまうと、慢心してしまうからです。しかし、今、実際に開放してもそんなことはありませんでした。」

静かに語るエレミヤをラニアは呆然と見つめる。

「僕より上の人が僕の周りにゴロゴロいるからです。例えば師匠、ジュリバークさん、バラック、ミイロ、メハナ、ユキノさん…そしてあなた方、シノハナの皆さんなどです。」

ティナはエレミヤの言葉に照れくさくなったのが顔を赤らめ、ジリアスはふう、と息を吐く。
ジュリバークはエレミヤを真剣を見つめている。
ラニアは目を見広げている。

エレミヤは笑顔を作り、語る。

「皆は僕を『最強』とかそう言ったりしてますが、全然違いますよ。だって、もし最強なら貴方とは苦戦していないでしょう。」

ラニアはその言葉に機嫌を損ねたように顔を歪める。 

「この世界は広い。もしかしたら僕より強い人がいるのかもしれない。上には上がいるので。僕の上に師匠が居るように。」

ラニアは黙る。
何故なら、目の前の少年の目には嘘なんて言っていないように見えたからだ。

「それでも納得がいかないのなら、。しかし、もし、僕のことを信じてくれるなら。さぁ、どっちですか?」

エレミヤは問いかけた。
ラニアの目は泳いでいる。
全て、エレミヤの本心だった。
そう、全て。

エレミヤの心を読み取ったのか、ラニアは舌打ちをし、こう言った。

「分かったよ、。」

エレミヤは嬉しそうに笑う。

「はい!!」

エレミヤとラニアはそれぞれ得物を構える。

「やぁぁぁあっ!」

ラニアが叫び、

「せぁっ!」

エレミヤが小さく気合を発する。

双剣と長槍がぶつかる。

エレミヤは二振りの剣を払う。

ラニアは槍を神速のスピードで振る。

彼らは全力だった。
己のすべてを相手に見せつけるように。

あり得ない位ハイレベルな試合に観客達は固まっている。
声援の仕方も忘れているようだ。

そこでジリアスが叫んだ。

「ラニアぁ、エレミヤに負けたら後でビール奢れや!」

すると戦闘中のエレミヤが驚きに目を見開き、

「駄目です!今日も何杯か飲んだんでしょ!ロンガットさん、見張っててくださいね!」

と叫び、ロンガットはそれに忠実に従う。

ジリアスが、悔しそうに顔をしかめる中、ラニアは清々しそうに笑っている。

「やっぱ、ジリアス隊長は面白いわ!」

と槍を振るいながら叫ぶ。
するとエレミヤはそれを受け止めながら軽く笑う。

ですよ、ラニア。」
「へっ。隊長としてはあの方が一番だ。」

するとエレミヤはアーシリアを叩きつけながら嫌そうに顔をしかめる。

「ヤですよ。師匠が隊長なんて。絶対拒否。」

とはっきりと言った。

「全く…だな!」

ラニアはそれを必死で受け止めた。
手首の骨が何本か折れた音がし、痛みが襲う。

恐らく、これが最後の攻防だろう。

「イヤァァァァっ!!!」

ラニアが大声を上げると同時に槍を高く掲げる。

「りゃぁぁぁぁぁっ!」

エレミヤも負けじと叫び、ダリアを下から振り上げる。

二つの武器は交差したが、ラニアはあまりの威力と骨折の痛みに武器を手放してしまった。

そしてエレミヤのダリアがティナとの模擬戦の時のように減速していき、ラニアの首元に添えられる。

お互い、疲れ切っていた。

エレミヤは肩で息をしながら剣を突きつけ続ける。

そしてそこで呆然としていた審判が我に返ったのか、

「しょ、勝者、エレミヤ・ロガーツ!!」

と叫ぶ。

エレミヤはやっと剣を下ろし、フラリ、と倒れる。

「わっ!!エレミヤ?!」

ラニアは慌ててエレミヤを抱える。

そして頬に触れてみると、冷たい。

彼の体のあちこちに彼が作ったものではない傷がついているのがわかる。

「一体、誰が…。」

その時だった。
来賓席から声が聞こえた。

「やっぱりな…。」

と。その声の持ち主は王であった。

「やっぱり効果があったようだ。十年前に私が施した束縛術は。」

ラニアはジリアスを見る。
ジリアスはこの事実を聞かされていなかったのか、震えている。
ミイロやバラック達は呆然としているのみだ。

「私も異能力者でね。蜘蛛の魔獣を宿していおり、束縛の能力を持っている。」

ゆっくりと王はエレミヤに向かって歩いてくる。

「君は愚かだよ。ルティーエス。これで、君の命は私が握ることになってしまった。ある一定の力を開放してしまうと君の全ての機能が私に明け渡される仕組みになっていんだよ。」

そこでエレミヤは薄っすらと目を開いた。 

「…僕…の事なんて…。どうでも…いい…。ただ、皆と…一緒に居られれば………。」

かすれた声はこう言っていた。
王は意地悪そうに笑う。
そして、パチン、と指を鳴らす。

その瞬間、エレミヤの顔に血の気が戻り始めた。

そしてミイロ達が

「まっくん!!」
「お兄ちゃん!!」
「エレ!!」
「エレミヤ殿!!」

そう叫び、エレミヤの元へ走り寄ってくる。

その時だった。

エレミヤは長い戦闘と血流の操作によってボロボロになってしまったのが原因なのか、

眠りに入った。

そして大闘祭は中断された。

主催者であるセファリアの決断であった。

また、祓魔剣アーシリアと魔剣ダリアは王の決断によりエレミヤに明け渡され、エレミヤは高度な治療技術を誇るログラーツ王国へ移送された。

また、二国の闇が深まった。

そろそろだ。

もうそろそろ大戦の産声が上がる。

あ、ほら見て。

赤い星が瞬いている。

そして…。消えた。


ジリアス・ガルゴス。
亭年 55
死因 暗殺。


「ごめんなさい、ジリアス元隊長…。」

ジリアスの遺体の前で影が両手を胸の前で組む仕草をする。


容疑者 ティナ・ラウサーク

 本名 ティアラ・ログラーツ


ジリアスの座っていた机にはエレミヤの前使っていた折れた木剣が、無数に置かれていた。

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