氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

29.大闘祭(3)〜ラニアとの再会と戦闘の開始〜

(やばい…。負ける…!)

エレミヤは肩で大きく息をしていた。

はぁ…はぁ…はぁ…。

エレミヤは全身から吹き出る汗を拭う。

「くっ…。せぁっ!」

エレミヤは気合を入れ、大きく足を踏み出す。

(くっそ…。足に…力が入らない!)

エレミヤは脳の片隅がチクリ、と刺激されたような感覚にあった。
そして対戦相手を驚きの眼差しで見つめる。

(そんな…。まさか!) 

エレミヤは知っていた。
たった一人。このような事を成し得る異能力者を。

「なら…。余計に負ける訳には行きませんね…。」

エレミヤは顔に苦笑を浮かべる。

エレミヤは久しぶりの苦戦を経験していた。

❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅

「第3回戦〜!ラーニャ・クロック対エレミヤ・ロガーツー!」

エレミヤは目を泳がせた。

トゥーリス国王が観客らにエレミヤの事について箝口令かんこうれいをしいたので口外することはないと思うが、彼らがエレミヤの正体を知っていることは紛れもない事実。
なので、「ルティーエス・ログラーツ」としてエレミヤを見ている人がこの中にいる。
よってルティーエスではないエレミヤはそこについて戸惑っている最中なのだ。

「やれぇ!!ログラーツなんかぶっ潰せぇ!」
「ラーニャ!!頑張って!!」

その声援にフードを被っているラーニャは軽く手を振る。
歓声が膨れ上がる。
エレミヤはエレミヤで小さく苦笑した。

(うわぁ。なんか色々言われてるぅ…。)

エレミヤは心の中でため息をついた。

(でも、嫌なことに目を瞑るのは大得意なんだよなぁ。)

そしてエレミヤはラーニャを見る。

(う〜ん…。誰かに似てるなぁ。誰だっけ?)

そう考えていると審判が声を上げる。

「試合ぃぃぃ、開始ぃぃぃ!」

色んなバージョンがあるんだな。
エレミヤは単純にそう思ったその時だった。

自分の体力がストンと落ちるのを感じた。

(え?!)

エレミヤは慌てて対戦相手に目を移した。
彼は拳を握ると、エレミヤに殴りかかってくる。

「くっ…!」

エレミヤは慌てて避けた。

(今、何をされた?!)

そんなことをエレミヤは知る由もなかった。

「くっそ!」

エレミヤは悪態をつくと長剣を握り直す。
エレミヤは長剣を横に払う。
ラーニャは難なく避ける。

「ちぃっ!」

エレミヤは大きい舌打ちを打つ。

するとエレミヤに向かって拳が突き出された。

「っと!!」

ジリアスは自分の弟子が珍しく苦戦している様子を見ていた。

「うっそだろぉ…。」

王も目を見開き、口をポカーンと開けている。

そうこうしているうちにエレミヤはラーニャから逃げ続けているうちに自分の体力の低下について分かったことがある。

(血だ!僕に流れる血を操作されてる!)

血は空気中から入ってくる酸素を受け取る重要な液体だ。
呼吸とは酸素を血が受け取ることを指す。
しかし、その血を酸素を受け取らないようにしたらどうだろう。

窒息死。

その一言だ。
それに運動することで早まる鼓動に合わせ多くの酸素が必要となる今はどうだろう。

(やばい…。負ける!!)

エレミヤは転生してから思ったことのなかった感想を持った。

(でも…。楽しい…!)

エレミヤは力の入らない体を必死に動かし、攻撃と回避を繰り返す。
いつの間にかその唇は笑みを形作っていた。

(小さい頃の僕と師匠との打ち合いのようだ。)

エレミヤはある二つの気配を感じ、ゆっくり横を向いた。
その方向はアーシリアとダリアがいる方向だ。

エレミヤは動きを止めた。
それに驚き、ラーニャも又動きを止めた。

そこには…。

人間の姿をしたアーシリアとダリアがいた。

「アーシリア…ダリア…。」

アーシリアは目に涙を浮かべながら、

「パパの馬鹿!頑張って、なの!」

と叫ぶ。
ダリアはパチンと指を鳴らす。

「あと0.0005秒で父様にかけられていた異能力が解除されるです!」
「ふ、二人とも!」

エレミヤが叫ぶ時、確かに彼にかけられていた異能力は解除された。が、
エレミヤは悲鳴のような声を上げる。

「なんで現れたんだ!」

アーシリアは涙を振り落としながら拳を握り、こう叫ぶ。

「だって、パパが私達と契約したのも実力でしょ!この大闘祭は自分の実力を最大限に駆使して戦うお祭り!だから、パパの窮地に、私達が現れたの!悪い?!」
「姉様の言うとおりです!このダリアと姉のアーシリアは父様が大好きなのですよ!だから、負けてほしくないのですよ!」

ラーニャはフードで見えないが、確かに驚いた様子である。 

「ふ、祓魔剣アーシリアと魔剣ダリア?!」

ラーニャがそこで初めて声を出す。

その声はやはり誰かと似ていた。
その時だった。
エレミヤの脳裏に一人の男性が浮かんだ。

「あ。もしかしてラーニャさんって隊長…ラニアさん?」

びっぐう!と大げさすぎるほど肩を跳ね上げるラーニャこと「シノハナ」現隊長、ラニア・ストレイン。

ラニアは弱々しく笑いながらフードを払った。
そして見るからにヒョロヒョロな男の人の顔が現れた。

「や、やぁ。エレミヤ。久しぶり…。」

そんな彼にエレミヤは嬉しそうに笑いかける。

「お久しぶりですね!いやぁ、何ヶ月ぶりでしょうか?五?六?どっちでもいいけど、嬉しいです!」

エレミヤが嬉しそうに声を弾ませる中、ラニアは照れたように笑う。

「い、いやぁ。照れるなぁ。」

口でも言った。

「いえいえ、隊ちょ…。いや、ラニアさんとお会いできて嬉しいのは僕の方ですよ!いや〜、会いたかったです!」
「は、恥ずかしいなぁ……。ははは…。」
「先程、僕の血流を操作したのはフメイさんですよね!」
「あ、うん。」
「エレミヤぁー!!ひさーしーぶーりー!!」

ラニアとエレミヤが会話をしていると当のフメイが観客席から身を乗り出して両手を振ってきた。

「あ…フメイさん!」

フメイは只今49歳ののおじさん異能力者である。

その時だった。

『エレミヤ、気をつけろ!』
【え?何をさ!みんなと会えたんだよ!】

エレミヤが嬉しそうに返すと、

〔馬鹿!あれは表面上だ!彼らは…。お前を殺そうとしたし、今も殺そうとしている!〕
【え…!】

エレミヤはよく彼らを見た。

アーシリアもダリアも気を尖らせているのがわかる。

「パパ!私を使って!」
「父様、ダリアを使ってください!」

二人は一斉にこういった。
そして二人は顔を見合わせると、ムッと顔を不機嫌そうに歪める。

「私!」
「ダリア!」 
「私なの!」
「ダリアなんです!」

この場に限ってぎゃあぎゃあと口論を始めたアーシリアとダリア。 

「アーシリアの方が役に立てるもん!」
「何を!ダリアはまだまだ姉様に及ばないですが、役には立てます!」
「うるさい!だって、アーシリアはグラムだもん!」
「ダリアだってミストルティンなんですから!」

…へ?
今、何か妙な言葉を聞いた気が…。
『グラム』?それって…。北欧神話に出てくる竜殺しの危ない剣だよね?
よくゲームでもあるし。

『ミストルティン』は北欧神話に出てくる物と、フロームンド・グリプスソンのサガに出てくる剣がある。
ダリアは剣だから後者のほうだろう。

って、なんで納得してるんだ?僕。

「え、待ってね、グラム?ミストルティン?アーシリア達、何言ってるんだい?」

アーシリアとダリア姉妹は顔を見合わせると、ニッと笑った。

「「私達の本名だよ!」」

なんと、異世界での伝説の剣姉妹は地球でも有名な伝説の剣であった…。
って、なにそれ?
剣が転生?
馬鹿言わないでね。
でも、本たちがそう言ってるし…。
しかし物質が転生なんて可笑しくない?
もはや苦笑いもできないよね?

その時だった。
ラニアは急に肩を震わせ始めた。  

「いやいやぁ、その子達、やるねぇ!そうだよ、僕たちは君を殺そうとしているんだよ!」

歓喜の表情だった。
口調もいつもとは全然違っていた。
これが彼の本性なのだろう。
やっと邪魔者を片付けられる、そう言う感情が読み取れた。
しかし、エレミヤは氷蓮とルティーエスからも聞いていたのでさほど驚いた様子もなかった。
ゆっくりとラニアの方向に振り向き、感情のこもっていない目でラニアを見つめる。

「え、もしかして、君も気づいていたの?」

エレミヤは無言でアーシリアとダリアの頭に手を置いた。

「ねぇ?何か言ってよ?」

エレミヤはそれでも無言でアーシリア達の後ろに立っていた。

「ねぇ!」

エレミヤはそこでやっと口を開く。
しかし、彼はラニアに向かってではなく、剣姉妹に言ったのだ。

「アーシリア、ダリア…。いや、グラム、ミストルティン。二人とも、剣になってくれ。」

剣姉妹はお互いに顔を見合わせると、

「「はぁい!」」

ニッコニコの笑顔で両手を上げ、喜んだ。

そしてアーシリアは祓魔剣アーシリアに。ダリアはアーシリアによく似ている魔剣ダリアになった。
二人はエレミヤの両手それぞれに収まった。
が、
エレミヤは自分の娘たちにこう呼びかけたのだ。

「本当の姿で頼む。」

剣姉妹はすぐに返事をする。

〈〈分かったー!〉〉

すると、アーシリアとダリアが輝き始めた。

〈いっくよ!グラム、開放ー!〉
〈父様のご命令とあらば!ミストルティン、本気出します!〉

アーシリアのその巨大な刀身が縮んでいく。
まるで、その膨大な力を凝縮するように。
柄は伸び、鍔は広がっていく。
また、色も真っ赤に変わっていく。

ダリアはその形状を大きく変えた。
どんどん刀身は細くなっていき、また、薄くなっていく。
柄はアーシリアと違って縮んでいき、鍔はエレミヤの手を覆う様に下へと伸びていく。

その様子にポカンとする観客達とラニアとフメイ。

そして二人は変身を終え、ポスっと再びアーシリアはエレミヤの右手、ダリアは左手に収まる。
ダリアもまた、色が変化していく。

まるでその姿は二刀流。

片手は赤い大剣、もう片方は白いレイピア。
剣の種類は違えど、それを軽々しく扱うエレミヤはその総重量50キロはあるその剣たちを紙切れのように軽く見せてくれる。

「ラニアさんがしたのは何ですか?僕を殺すこと?戦うこと?どちらでもどうぞ。お二人同時でも歓迎しますよ。」

エレミヤは小さく笑った。

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ジリアスはこの展開に目を見開いていた。

「エレミヤっ…!」

思わず立ち上がりかけるが、彼の前に人影が現れたことによってそれが押し留められた。

「ジュレーク様…。」

バラックはため息を付き、

「おいジリアス。お前、エレの本当の力知ってるならなんで心配する必要があるんだ?うちの有象無象共だって、余裕過ぎて雑談してるぞ。」

そう言ったのだ。
王は、突然の息子の登場に瞬きを何回もする。

「あら、誰か有象無象だって?」
「馬鹿にしてんのか、バラックコラぁ。」

後ろから聞こえた怨念に満ちた声。
その声の持ち主は振り返るまでもない。

ミイロとティナである。

「えと、この二人は除いて…。」

バラックはすぐに言い直した。
すると、

「バラックにーちゃん?」
「ふむ。バラック殿は私の拳を受けたことのないからそう言えるのだ。一度、受けてみるか?」
「……私以外全員を除いて…です……。」

シュンとしてしまったバラックに妹が追い打ちをかける。

「お兄様、貴方は昔から基本的に女性にお弱いですね。ふふ。」
「スィーシアまで……。もうやだ。死ぬ。俺、死ぬ。自殺する。」
「あらあら。お兄様ってば。」

兄妹の立場が逆転している。
スィーシアの後ろでは姉のセファリアが弟の頭に頬杖をついている。

「…姉上、お止めください。」
「お前の頭の形が良いのが悪い。」
「なんですかそれ。」

その様子を見てミイロ達は全くもうといった様子でため息をつく。

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エレミヤは迷わなかった。

(僕は…。僕に敵意を向ける人を放っておけない。必ず、僕からすべてを奪ってしまうから。僕はこの甘さのせいで多くを奪われようとした。)

エレミヤは剣を構えた。

(二刀流なんてしたこと無いけど、見様見真似で…。できるかな?)

エレミヤは少し悩んだが、両方の剣を普通の剣のように構える。

(見るからに素人だけど、ちょっとでも様に見えてくれよ…。)
 
エレミヤは軽く両方の剣を振る。

ラニアは伝説の剣の一位、二位を構えるエレミヤを見て少し躊躇った。が、

「はっ!構え方はど素人。剣が上物でもそれを扱う人が駄目だったらなぁ!」

そう実際に口に出すことで躊躇いを払った。

「行っくぜぇ!!」
「来てください。こちらも暇なので。」

ラニアはそこで初めて得物である槍を構えた。

「はぁぁぁぁっ!!」

ラニアが叫ぶ。

「せぁぁぁぁぁぁっ!!!」

エレミヤが珍しく大声で気合を放つ。

ぎぃゃゃゃぁぁぁん!

甲高い音を立て、武器が交差する。





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