氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

25.小さい頃の話

「こちら"プリンス"。目標A奪還作戦の流れを再確認する。我が姉、セファリア主催のダンスパーティーにて作戦行動。"アーチャー"、"シスター"はダンスパーティーに潜入。俺と"バーサーカー"は王宮外にて待機。そして時を待つ。以上の流れでいいな?」
「「「了解!」」」

バラックが周りから見てただの糸にしか見えないだろう通信機で通信していると、彼のそばに人の気配が。

「随分面白そうなことをしてるな。」

バラックが振り返る。
そこにはシノハナのローブを被った女性が居た。
 
「ティナ・ラウサーク!」

バラックが叫ぶ。
女性…ティナは頷いた。
バラックは混乱した。 

(ティナもシノハナだったのか…!)

そのバラックは隙だらけだった。
ティナはバラックにおもむろに手を向けた。

「…ごめんなさい。バラックくん。」

ティナはそう呟く。
彼女の手から突風が吹き出て、バラックを襲う。

「ぐっ!」

バラックは後ろに吹き飛び、頭を盛大にぶつけ、気を失う。

ティナはぐったりと気を失ったバラック抱えた。

「私も、するべきことがあるのよ。」

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「プリンス、プリンス!!」

ミイロは応答がなくなったバラックのコードネームを呼び続けた。

「くっそ…。」

その時だった。

『あー、あー。…これって聞こえてるのか?あー。聞こえてるか?あー。あー。』

バラックの通信から声が聞こえた。
その声は……。

「ティナちゃん…。」
『はーい、ティナちゃんでーす。もしくは"風神の舞姫"のティナちゃんって呼んでねー!』

風神の舞姫。シノハナの中でもとりわけ強い3人の通称である「超能力者」、氷花の鬼神、水の愛子いとしごと続くもう一人の異能力者。
前まではここに、炎の番人がいて、四人だったのだが。
ジリアスは年齢を偽って引退したから3人になってしまった。
これを聞いたとき、ミイロ少し呆れてしまったものだ。

『でさ、ミイロ。私も混ぜてくれない?その遊び。』

ティナはそう言った。

「遊びなんかじゃないよ!」
『分かってるって。で、混ぜてよ。こっちでバラックくん…。ジュレーク様預かってんだし、ミイロに拒否権はないけどね。』
「…はいはい。分かったわよ。まっくん助けてくれるなら大歓迎よ。」
『やった!』

女の子らしく嬉しそうな声を出すシノハナ隊員。
ミイロはレンガづくりの家の壁にもたれる。

『じゃ、これから私んち来てよ!バラックくんもいるし、私の家なら安全だし!ね、良いでしょ?』
「分かったわ。どこに行けばいいの?」
『へへ、聞いて驚け!』

ミイロは目をしかめた。

(大きい家を自慢してくるのかな…?ふん!いいもん!)

ミイロはふん、と鼻息を吐いた後、

「はいはい。驚きますよ。」
『あんたが今触ってる家!』
「え?!」

これにはミイロは本気で驚いた。
慌ててミイロはその家のドアを開ける。
鍵は掛かっていなかった。
そして、そこには…。

「やっほ、ミイロ!」

片手にバラックの通信機を持ってる友達、ティナが居た。

「…本当だった。」

ミイロは少し驚いた。
ティナは不満そうに顔をしかめる。

「私は嘘は言わないわ。ほら、入って。あ、お茶いる?」

ティナが先に歩き出す。

「お茶は要らないわ…。で、バラックくんは?」

ティナはそこ、と一つの扉を指した。
ガチャリと開けるとベットにスースーと息を立てているバラックが居た。

「良かった…。」

ミイロがホッとしたように息を吐く。
ティナは笑う。そして、話し出す。

「俺だって、エレミヤを助けたいんだ。…昨日、窓に小さくアイツを見たんだ。アイツ、泣いてたよ。」
「え…。まっくんが…。」

うん。と首を立てに振るティナ。

「そして陛下…。あの王がなんか言ったんだろうな。…いや、もしかしたらジリアス元隊長がエレミヤを突き放したのかな。」

ミイロは目を見開く。
ティナは寝ているバラックの部屋から出て、長い廊下を歩き出す。

「でも、エレミヤは泣いてた。どんなに人殺しが嫌でも、痛くても、人を殺しても泣かなかったあいつが泣いてたんだ。相当なことだったんだろうな。」

ミイロはティナを見る。

シノハナは戦闘組織。
エレミヤがたくさん人を殺してきて「氷花の鬼神」とまで呼ばれることになったことは重々承知でいた。
しかし、目の前にその事実が突きつけられるとどうしても批判したくなる。
「まっくんは人殺しじゃない」
と。
人殺しは自分で十分だ。
しかし、エレミヤは今まで何人殺してきたのだろう。
確か、その数は100を越していたはずだ。
たった数人を殺した自分とは大違いだ。
しかし、決してエレミヤは自分の前で人を殺すことはなかった。
それは彼のもつ優しすぎる性格のせいだ。
なので、彼は人を殺すことを一番に嫌うはずだ。
それでも泣かなかったらしい。
目の前で人が死んでも、自分が殺してしまっても。

そんな彼が泣くこと。

大事なものが失われること。
大事な人が去ってしまうこと。

ティナは続ける。

「エレミヤはな、お前も知ってる通り、壊れやすいんだよ。ちょっとした衝撃でも、ひび割れてしまう。俺より6年も早く異能力を手にしたアイツが驕らなかったのはその壊れやすさにある。あいつは自分を下に考えてる。それは、自分の壊れやすさを知っていて、その衝撃を緩和しようとしているんだ。」

ミイロはティナの話を歩きながら聞いていた。
自宅の廊下を歩くティナの背中は小柄で口調とは正反対だがとても強い意志が見えた気がする。

「シノハナに最も近い子供として連れてこられた俺は最初驚いたんだ。同い年の子供がいるんだもん。しかも、隊員として。でも、アイツは俺の素振りを見た途端、目をキラキラさせて言ってきたんだ。『凄い!どうやるの?!』ってな。」

ミイロはティナを見る。
羨ましいと思った。
ティナは自分が知らないエレミヤのすべてを知ってる。
しかし、彼女にはどうしても嫉妬出来なかった。

「俺は最初、カチンってきたんだ。シノハナのくせにってな。でも、アイツの素振りを見た途端、吹き出したよ。下手だったんだもん。剣というものを握ったことがありません、というぐらいにな。でも、教え始めてから驚いたよ。どんどん吸収していくんだ。そして、素振りでも俺を越した。でも、アイツは『ティナの教え方が上手だからだよ!』って言いやがる。そして俺は言ってやったよ。『ちょっとは自分に自信持て!』ってな。」

ふふ、とミイロは笑う。
まるでその様子が目に見えそうだったからだ。
ミイロとティナはリビングに出る。
ティナはミイロが要らないといったお茶の用意を片付け始めた。

「あ、やっぱりお茶ほしいな。で、もっと聞かせてよ、まっくんの小さい頃のこと。」

ティナは笑う。そして頷く。
そしてお茶を淹れ始めた。
紅茶のいい匂いが香ってくる。

「ほい。砂糖と牛乳は勝手に入れてくれ。」
「ん。」

ミイロはティナの手から紅茶のカップを受け取った。
ティナはミイロの席の目の前に座った。
そして、ティナは話を再開させた。

「でな、そこからの成長がやばいんだわ。あ、ミイロ。そういえばさ、あいつの武器、見たことある?」

ティナの問いにミイロは首を縦に振る。

「片手直剣……。じゃないの?」

ティナは薄っすらと笑う。

「やっぱりな。違うよ。あいつの本当の武器はばっかでかい両手剣なんだ。それをアイツは軽々と使いこなす。その両手剣の名前は『祓魔剣ふつまけん アーシリア』。お前の『聖弓 レジュリアート』と同じ、国宝級の武器だ。」

ミイロは驚く。
エレミヤのあの細い腕があの豪剣を使いこなす様子が浮かばないのだ。

「お前も知ってるだろ?世界最強の武器だ。名前こそ可愛らしいが、エレミヤの身長の…。そうだな。3倍はあるか…?まぁ、あいつは基本的に片手直剣を使ってるが、あいつがあれを使ったのは俺は訓練のときしか見たことないな。ってか、あいつには国が正式に与えちゃいないからアーシリアの代行に置いてある剣はダノスって言うアーシリアと激似てる大剣なんだけどな。めっちゃ笑えるよな。エレミヤ、勝手に王宮に忍び込んでアーシリアと契約してきたんだぜ。それで慌てたジリアス元隊長がダノスを用意した、と言う訳だ。」
「そんなことが…!」

あの不正はしません、と顔に書いてあるようなエレミヤだが、小さい頃はそんなことをしていたとは…。

「ふふふ。」

ミイロは口元に手を当てながら笑い、ティナは天井を仰ぐ。

「でも、あいつの本質は変わってねぇ。優し過ぎで、自分に自信がないただの馬鹿だ。」
「ふふっ。確かにね。」

たがらさ、とティナは呟く。

「大切にしてやってくれよ。ミイロ。」

うん。とミイロは頷く。

「必ず。まっくんは今度こそ私が守る。」

ティナはにやりと笑い、ずいっと寄ってくる。

「でさ、なんでミイロはエレミヤのことをまっくんって呼ぶのさ。俺も話したんだ。お前も話せよな。」

ミイロは話していいのか迷った。
しかし、ティナのぶっきらぼうな言葉の裏に真剣な色が見えた気がした。

「分かったわ。話すわ、全て。私と彼の話を。私が知る限りすべてを。」

うん。とティナは頷いた。 

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通信機から聞こえるミイロとティナの声に獣人親子はお互いの顔を見合わせた。

「パパ。助けよう。絶対に。」

娘は言う。

「あぁ。お前を助けてくれたんだ。今度は我らが助ける番だ。」

雲の奥でチカチカと光り始める2つの星の横で赤く燃える星が消滅する寸前のように膨張し始める。

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