101回目の関ヶ原 ~西軍勝つまでやり直す~

田島はる

伏見城陥落



会津征伐に向けて、徳川家康は諸大名に指示を出すとと共に、既に兵も動かしている。猶予は多くない。


三成と吉継は大坂城に入ると、まずは安国寺恵瓊に計画を持ちかけることにした。


安国寺恵瓊には毛利氏の外交僧を務めていたこともあり、毛利との関係は深い。そして、秀吉から大名に取り立てられたこともあって、毛利家中においては親豊臣派の中核となる人物。
前回の関ヶ原の戦いでは、毛利秀元と行動を共にしており、戦闘に参加することなく終わってしまった。
前回同様、西軍の中枢として動いてくれることだろう。


「心得ました。必ずや輝元様を説き伏せ、徳川討伐の旗を振らせてみせましょう」


穏やかな表情で快諾。


さらに大坂城に残っていた奉行の前田玄以、増田長盛、長束正家も計画に賛同した。


各々の領地で兵を集めつつ、秀吉の死後、家康が犯した規律違反、越権行為の数々を書き連ねた「内府ちがひの条々」を諸大名に送りつけた。


三成たちは大坂で挙兵。屋敷に攻め入り、家康に味方した東軍の諸大名の妻子を人質とした。


宇喜多軍と合流すると、徳川家臣、鳥居元忠が守る伏見城に攻め入った。


伏見城は秀吉が政務を行うために築城した城だが、秀吉亡き後は徳川家康が我が物顔で使っている。
そして、ここを放置して東進しようものなら、こちらの情報は徳川に筒抜けとなり、挟撃の恐れもある。
是が非でも落城させておかなくてはならない。


奉行としての都合上、伏見城には何度も足を踏み入れた。加えて、この城を攻めるのは2度目である。当然、どうやって攻めるのが効果的か、どうすれば攻め落とせるか。すべて心得ている。


「流石は殿、見事な手腕でございますな。この勢いで、家康めの首も獲ってみせましょうぞ!」


三成の腹心、島左近が賛辞を送る。


「うむ。……そろそろだな」


三成は城門に鉄砲隊を構えさせた。


殿? と左近が口を開くより先に、城から敵方がうって出た。


「我ら三河武士の忠義、見せるは今ぞ! 者共よ! 命を惜しむなッ!」


城から飛び出したのは城代、鳥居元忠他、数百の兵。よく見れば、名のある者もちらほら見受けられる。


「撃てッ!」


号令と共に、空気を切り裂く轟音が響く。


城から飛び出した徳川兵が、次々と倒れていく。後ろから詰めていた兵も、倒れてた兵に足を取られ鉛玉の餌食となった。


鳥居元忠もその中に含まれていた。全身を鉛玉で貫かれ、立つのもやっとといった様子だ。


左近が種子島を構えて、引き金を引く。


頭を貫かれ、伏見城代、鳥居元忠は大の字になって倒れた。


「鳥居元忠、この左近が討ち取ったり!」


オオオオッ! 兵たちから歓声が上がる。


関ヶ原の戦い、その前哨戦伏見城の戦いが幕を下ろした。








落城した伏見城から物資の徴収を指揮していると、毛利輝元と安国寺恵瓊が陣を訪れた。


「治部殿はおられるか?」


「これはこれは毛利殿。此度の挙兵、誠にかたじけない」


三成が深々と頭を下げる。


「なに、太閤殿下には良くしてもらったからの。内府めの好きにはさせんわ。それに、前田、上杉と来れば、次はこの毛利に攻めてこよう。そうなる前に、こちらから叩いておかなくてはな」


なるほど。そういう口上で毛利を口説いたのか。安国寺恵瓊の手腕に感心する。


「頼もしい限りです」


「それにしても、伏見がこれほどすぐに陥落するとはな。貴殿がこれほど戦上手とは知らなんだ」


「恐れ入ります」


「では、次は刑部殿の陣に向かねば。失礼させてもらおう」


毛利輝元が立ち去ろうとするのを、三成は呼び止めた。


「金吾も来ていると聞きましたが、どちらにいるかご存知でしょうか?」


三成の問いに、あからさまに顔をしかめる。


「……途中までは一緒だったのだが、急に鷹狩がしたいと言い出してな……。近くの山にいると思う」


小早川家は元々安芸の国人だったのを、毛利元就の三男、隆景を養子に送り乗っ取った家だ。以降は吉川と並ぶ両川として毛利家を支えてきたが、秀吉の台頭と共に秀吉の直臣のような扱いとなっており、一時は毛利と共に大老を勤めた。
輝元に子がいなかったため、秀吉の養子の秀秋が毛利に養子として迎えられるところを小早川隆景が自家に引き入れ毛利が過度な影響下に置かれることを防ぐこととなったが、それは同時に小早川家における秀吉の影響力が強くなるということになり、両川体制の崩壊を迎えるという結果に陥ってしまった。


現に、輝元も秀秋を御しきれておらず、勝手な振る舞いをする秀秋を苦々しく思っているようだ。


こうなると、秀秋が西軍に留まるように輝元に話をつけて貰うというのも、難しいかもしれない。毛利本家に協調しない秀秋を、どうして輝元が御せるというのか。


となれば、自分が行くしかあるまい。他勢力との交渉自体は何度も行ってきたし、金吾とは小姓時代からの仲だ。知らない仲でもない。


秀秋の説得を行うべく、三成は秀秋の元へ足を進めた。

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