【本編完結】ボクっ娘ロリババア吸血鬼とイチャイチャする話

田島はる

別々に寝た方がいいと思うんです

「あの、今日は自分の部屋で寝ようと思っているんです」

 テルミットからの突然の宣告に、エレナが唖然とした。

 ショックを受けているエレナに、慌てて弁明する。

「いえ、エレナさんと一緒にいるのが嫌になったというわけではなくてですね。ここのところずっとエレナさんと寝ていたわけですから、その、そろそろ元の生活に戻してもいいころかと」

「そうかい? ボクは今の生活が気に入っているけど」

「それに、着替えを取りに行くくらいしかお部屋に帰れていないんですよ」

「……それじゃあ、ダメなのかい?」

 ダメではない。ダメではないのだが、エレナに依存し過ぎて、エレナなしでは生きられなくなるような気がしてならなかった。自分の目指す冒険者とは、そんな惰弱な存在ではない。

 そのため、少し距離を取りたかったのだが、当のエレナは納得してくれそうにない。

「と、とにかく、あんまりエレナさんにべったりというのも、違う気がするんです」

「……わかったよ。テルがそう言うのなら、しばらく別々で寝ようか」

 しぶしぶといった様子で了承するエレナ。不満があるのか、少し頬を膨らませていた。

 胸の中で罪悪感膨らむ。

 これは仕方のないことなのだ。エレナが悪いということでは全然なく、むしろ自分自身を成長させるためには、しょうがないことなのだ。誰にともなく心の中で言い訳を呟く。





 夜。風呂から上がると、エレナの髪を乾かしつつ、優しく髪をとかす。失明したエレナの世話をするようになってからというもの、髪をとかすのが日課となっており、目が回復してからも続いていた。

「…………」

 何かを言いたげな様子で、チラチラと鏡越しにテルミットを見つめる。

 言いたいことは、何となく察しがつく。それだけに、それを無視しなくてはならないことに、チクリと胸が痛んだ。

「……髪、乾きましたよ」

「……うん、ありがとう」

 いつもより元気がないように見える。エレナの部屋の前まで送ると、本日最後の挨拶を口にした。

「……それじゃあ、おやすみなさい」

「……おやすみ、テル」

 後ろ髪引かれる思いでエレナを見送る。
 エレナも心残りだったのか、扉を開けてからもしばらくテルミットを見つめていた。

 エレナの眼差しを振り切って部屋に戻った。

 ベッドに寝転ぶと、はぁ、と息を吐く。

 久しぶりに横になる自室のベッド。懐かしいと思いながら、この広さを持て余してしまう。一人で寝ていた時は、どうやってこの空間を埋めていただろうか。

 問いに答える者かいるはずもなく、夜は更けていった。





 何度目かの寝返りをうつ。何度身体の位置を調節しても、収まりが悪い。

 今は何時くらいだろうか。もう夜中になってしまっているだろうか。眠気はあるのに眠れない。

 意を決して、ベッドから起き上がった。

 これは、エレナと寝たいわけではない。彼女なら、こういう時に何かいい知恵を貸してくれるかもしれないという打算と、もし寝ていたら最近すっかり慣れてしまっていたエレナのベッドに潜り込んでみたら眠れるかもしれないとか、そういうあれだ。

 断じてエレナに依存しているわけではない。

 自分に対する言い訳が完成したところで扉を開く。

「あ……」

「うわっ!?」

 思わずのけ反ってしまう。

 部屋の前にはエレナがいた。生まれたままの姿で寝るという彼女も、流石に全裸で屋敷を歩くことに抵抗があったのか、ベビードールを身に着けている。

 大事なところは隠れているとはいえ、半透明な布越しに、かわいいおへそが顔を覗かせる。

「や、やあ、こんな時間に奇遇だね」

「そ、そうですね」

「テルは、こんな時間にどうかしたのかい?」

「あ、えっと、喉が乾いたなって……」

 咄嗟に誤魔化すテルミット。

「エレナさんは?」

「今夜は眠つきが悪くてね。テルの布団なら、よく眠れると思って来たんだ。……もちろん、テルが嫌でなければだけど」

 どくん。と鼓動が早くなる。

 これは、テルミットから言ったわけではない。あくまて、エレナの提案を飲んでのことなのであって、断じて依存ではない。

 何より、こんなせつなげな表情をしている彼女を、放ってはおけない。

 結局、エレナの提案を受け入れることにした。





 自室のベッドでエレナと寝るというのは、新鮮なようで、なぜだか安心した。

 エレナの髪に鼻を押しつける。

「……なんだか、いいニオイがします」

「ここへ来る前に、少し香水をつけたんだ」

 布団の中でエレナを抱き締める。華奢な身体と密着して、別の意味で眠れなくなってしまいそうだ。

 テルミットの胸に顔を押しつけたエレナが、すんすんと鼻を鳴らした。

「テルのニオイがする」

「あっ、すみません。汗臭かったですよね」

「そんなことないよ。とても安心する」

 そのまま、テルミットの胸に顔を埋めた。

 儚げに見えた彼女を放っておけなくて、抱き締めたまま背中を撫でる。小さな身体。力を入れたら壊れてしまいそうだ。

 ふっと、どこか力んでいたエレナの力が緩んだ。

「よかった。嫌われているわけじゃなさそうだね」

「えっ!?」

 一瞬、エレナが何を言ったのかわからず、理解が追いつかない。

「急に距離を取られたものだから、てっきり嫌われてしまったのかと思ってしまったよ」

「そ、そんなことありませんよ!」

 不本意な誤解に、慌てて否定する。

「エレナさんのことを嫌いになるわけないじゃないですか」

「良かった。それじゃあ、なぜ急に距離を取ろうとしたんだい?」

 核心を突かれ、思わず口ごもる。ろくに何も言わなかったおかげで不安にさせてしまった負い目がテルミットを責め立てる。

「エレナさんのことは好きですよ。……でも、このままだと、エレナさんなしじゃ生きられない、ダメなやつになってしまう気がしたんです」

 エレナからの反応はない。さらに続ける。

「でも、やっぱりダメでした。一日中エレナさんのことが気になっちゃいましたし、エレナさんがいないと、夜もよく眠れなくて……」

 僕って情けないやつなんだなぁ、という言葉を飲み込む。

 腕の中で、エレナがもぞもぞと動いた。テルミットの腕から上半身だけぬけだすと、テルミットの頭を包容した。

 頬に押しつけられたささやかな膨らみ。ミルクのような香りが、テルミットの心を融かしていく。

 あたたかい。エレナの鼓動が心地いい。

 エレナの小さな手が、子どもをあやすようにテルミットの頭を撫でた。

「誰にも頼らないで、一人で生きていけるのが偉いわけじゃない。誰かに頼るというのも、強さの源になるんだ。テルだって、覚えがあるんじゃないかい?」

 エレナの言葉ではっとした。

 いつだったか、テルミットが騎士たちに立ち向かったとき、テルミットの胸中にあったのは、エレナを守りたいという想いがあった。

 そのおかげで、未だかつてない強敵に対して一矢報いることができた。

 あれは、自分の力だけではなく、エレナのおかげでもあったのだ。

 エレナを抱き締める腕に力が篭もる。

 自分の力だけではないというのに、なぜか誇らしさが湧き上がってくる。

「自分のためだけじゃない。誰かのために強くなれるのは、テルのいいところだよ。そりゃあ、テルの望む冒険者の有り様じゃないかもしれないけど、テルには自分のいいところを見失って欲しくないんだ」

「エレナさん……」

 テルミットの惚けた様子に、エレナがくすりと頬を緩ませた。

「というのは建前で、本当は寂しかったんだ。テルが構ってくれなくて」

「す、すみません」

 しゅん、と小さくなるテルミットの顔を掴むと、強引に上を向かせる。

 緋色の瞳と目が合うと、いいことを思いついたように目が細められた。

「そういえば、喉が乾いているんだったね」

 ちゅ。エレナが強引に唇を奪った。

 なす術もなく、口の中を蹂躙される。

 やがて、ぷはぁ、と唇を離すと、エレナの唇から糸が伸びた。

 艶の増した桃色の唇から目が離せない。

 エレナと交換した唾液をごくりと飲み込む。疲労が別の物に変換されていく感覚。

 喉の乾きは満たされたというのに、別のところが乾いてしまった。

 エレナのおかげで安眠できる場所になったというのに、彼女のおかげで眠れぬ夜になりそうだった。

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